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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

糖尿病・人工透析は自己責任か?――清野裕ドクターに聞く(上)

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糖尿病・人工透析は自己責任か?――清野裕ドクターに聞く(上)

清野裕さん

 11月14日は世界糖尿病デーです。

 糖尿病にはいろいろな誤解・偏見がまとわりついています。今年9月には、長谷川豊というアナウンサーが、糖尿病から腎不全になった人について「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ! 無理だと泣くならそのまま殺せ!」という文章をブログなどに書きました。彼は多数の抗議を受け、テレビ番組を降板になりましたが、それに似た自己責任論は、昔からしばしば見受けられます。

 糖尿病とは、どういう病気なのか。ライフスタイルと病気の関係をどう理解すべきなのか。

 世界的な糖尿病研究者で、日本糖尿病協会理事長の 清野(せいの)(ゆたか) さん(75)(関西電力病院総長、京都大学名誉教授、日本病態栄養学会理事長)にインタビューしました。2回に分けて掲載します。

東アジア人は糖尿病になりやすい

 ――糖尿病はたいへん多い病気ですが、「肥満の人がなる」「ぜいたく病」「不摂生・暴飲暴食」といった否定的なイメージが根強く存在します。実際の発症の要因は何でしょうか?

  清野 :患者の9割を占める2型糖尿病について言うと、かかりやすい体質と、生活習慣など環境因子の両方が関係しています。もともと 膵臓(すいぞう) が出せるインスリン(血糖を減らすホルモン)の量が少ない人がいる。少ないだけではすぐに発症しないけれど、食事や運動不足など環境の作用が働くと、血糖値が上がる。太っている場合もインスリンの需要量が大きくなるので、それに見合うインスリンが膵臓から出ない場合は、血糖値が上がります。

 ここで大事なのは、民族差があること。東アジア人は白人に比べ、膵臓からインスリンを出す能力が低い。だから体重がちょっと増えても糖尿病になる。白人はかなり肥満にならないと糖尿病にならない。BMIという体格指数(25以上が肥満)で見ると、白人で糖尿病の人は平均32ぐらいあり、日本人の糖尿病患者は24.5ぐらいにとどまります。日本人の糖尿病の6割は、非肥満型なんです。

 別の数字で言うと、米国ではBMIが30以上の超肥満の人が人口の30%もいますが、日本人は3%と少ない。だけど糖尿病の有病率は一緒です。白人のほうがビールを飲んで、いっぱい食べている人が多いのに、それほど糖尿病にならない。東アジア人は生活習慣が悪いわけではないのに、糖尿病が多い。それで私は、アジア型の糖尿病という見方を提唱したんです。

同じような生活習慣でも、糖尿病になる人とならない人に分かれる

 ――日本人の中でも、個人差がありますよね。

  清野 :そうです。糖尿病になった人と、なっていない人の生活習慣を比べても、あまり差はないんです。つまり、同じような生活習慣でも、糖尿病になる人とならない人に分かれる。糖尿病になった人は生活習慣が悪いということではない。だから、本人が悪い・本人のせいだ、とは言えません。同じように生活して、糖尿病になった人はとがめられて、ならない人はとがめられないとしたら、おかしいと思う。

 また加齢は重要な因子で、75歳以上になると、2人に1人が糖尿病またはその予備軍レベルです。私は国民の半分ぐらいが糖尿病になりうる体質だと考えています。それぐらいポピュラーな病気で、他人の病気と思っていたら、明日は我が身かもしれないんです。

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 ――体質と、生活習慣などの環境因子は、どちらが重要でしょうか?

  清野 :図を見てください。右半分は、遺伝的素因(生まれつきの体質)のある人たちです。遺伝子異常だけで発症する人が2~3%いる。それ以外は遺伝的素因に環境因子が加わって発症します。インスリンの出方が遺伝的素因、出たインスリンがどれぐらい効くかが環境因子と考えてよいでしょう。遺伝的素因が濃厚でも、生活がきっちりしていたら発症しない。反対に遺伝的素因が薄くても、生活習慣が非常に悪ければ、早く発症する。どちらが重要かではなく、100%から0%まで個人差の幅があります。

 左半分は、遺伝的素因がゼロの人たちです。こちらに国民の半分ぐらいが入る。いくら環境因子が悪くても糖尿病にならない。どんなに飲んで食って太っていても、血糖値が正常なんですよ。

 ここで遺伝的素因というのは、自分が持っているいくつかの遺伝子のタイプによって、なりやすさの個人差があるという意味です。遺伝とか体質とか言うと差別につながりやすいので、表現に苦労します。血縁者に糖尿病の人がいると、なりやすい傾向がありますが、親から直接、遺伝する病気ではない。高血圧でも似たようなことです。

生活の欧米化で、発症する人が増えた

 ――日本で糖尿病が増えたのは、どうしてですか?

  清野 :やはり生活が欧米型になったからです。日本人は全般にインスリンを出す能力が低いところに、生活様式が変わってきた。高脂肪で安価でエネルギーの高い物が食べやすくなった。座りきりの生活が多くなった。夜型の生活が多くなった。

 そういう生活習慣の変化は、国民のほとんど全部がそうなんです。揚げ物やあぶら物は、糖尿病になった人だけでなく、一般の人もいっぱい食べている。糖尿病にならない人は昔ながらの粗食というわけではない。30~40代で欧米型の肥満になって糖尿病を発症する人もいるけれど、数は少ない。

 生活習慣がどれぐらい発症に影響するかは個人差がある。高血圧になりやすい素因のある人は高血圧になりやすいし、脂質異常の素因のある人は高脂血症になりやすい。糖尿病もそういうことです。

 糖尿病になりやすそうな人の場合、あらかじめライフスタイルをできるだけ改善すれば、発症を遅らせることができる。私たちが強調しているのは、そのことです。とくに高血圧や肥満のある人はなりやすいので、健診を受けて、もし糖尿病の手前の境界型とか言われたら、できるだけ食事療法、運動療法をやってほしい。早く対処すれば透析などに進みません。その意味で、ある程度、努力は必要です。

食生活と民族の体質の進化

 ――食事の影響は、食べる量だけの話ではないですよね。

  清野 :質も重要です。穀類中心の食事だと、血糖値を下げるインスリンの働きはすごくいい。日本人は弥生時代以降、炭水化物の多い食生活で、インスリンがちょっと出れば、働きをじゃまする脂肪が少ないから、糖の代謝がうまくいってた。昭和30年代までは。コメをたくさん食べて、おかずはちょっとだけ。エネルギーの8割が炭水化物だった。肉はめったに食べず、脂肪摂取量は今の20分の1だった。

 高度成長期に入って肉を食べるようになり、炭水化物は減る。いろんな物を食べたおかげで低栄養は減った。抵抗力がついて感染症も減り、長寿になった。だけど国民全体が過剰栄養の傾向になり、その結果、インスリンの出にくい体質の人が糖尿病になることが増えたわけです。

 人類史をたどると、アフリカを出た現世人類が何万年か前に、シリアあたりでヨーロッパとアジアに分かれた。ヨーロッパは牧畜もやって肉を食べる。すると、インスリンの分泌がたくさん必要な食生活に耐える人だけが生き残った。一方、アジアの多くは農業中心になり、肉をあまり食べない。インスリンが効率よく働くので、たくさん分泌する必要がない。だからインスリンをあまり出さない民族に進化していった、というのが私の説です。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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