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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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がん治療に漢方は効くのか?

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 先日、ある週刊誌の「漢方の日本の名医15人」に載せていただきました。その中で「がんと漢方」という点でご評価をいただきましたので、今日はそんな視点から書き下ろします。

 

漢方だけで治る?

 まず、「漢方だけでがんを治そう」という戦略は 馬鹿(ばか) げていると思っています。そんな患者さんも少なからず僕の外来にいらっしゃいます。そんな時には華岡青洲のお話をします。華岡青洲は江戸後期における漢方の名医でした。1780年に生まれて1835年に亡くなっています。世界的な業績と言われるものは、1804年にチョウセンアサガオやトリカブトなどの生薬を用いて全身麻酔を行っていることです。それが世界最初の全身麻酔だとも言われています。そして実際に患者さんに全身麻酔を行うための人体実験として、奥さんや母親に協力してもらったことなどが、「華岡青洲の妻」という有吉佐和子さんの小説になっています。

 「先生、がんと言われて、手術が予定されています。手術をしたくないので、漢方だけで治る方法はありませんか?」と言われると、以下のように、話を続けます。「華岡青洲は江戸時代の超有名な漢方医だったのですよ。その華岡青洲が乳がんの患者さんに全身麻酔を行いました。そして、乳がんを摘出したのです。漢方だけで乳がんが治るのであれば、華岡青洲は全身麻酔の開発などする必要がないですよね」「まず西洋医学的に理にかなった方法での治療を最優先で受けて下さい。その前後に漢方で精いっぱいサポートさせてもらいますね」と続けます。「実は漢方は補完医療としては素晴らしいですよ」と言い添えます。また、「漢方薬は外科手術や放射線治療、化学療法の副作用の軽減に、相当有効なのですよ」ともお話しします。

 

エビデンスに基づく治療かどうか

 理にかなった方法とは、エビデンスがあるという意味です。エビデンスとは、その治療の有る無しによって統計的に明らかな差があるということです。エビデンスに基づく医療という考え方は大切です。特に失うものが多いときや、副作用が激しいときには、なおさらです。全身麻酔を施されて、がんを手術的に取り除くには、正常な組織もある程度、切除する必要があり、また、体にいろいろなダメージが生じます。でも、そんなマイナスがあっても、行わないよりは (はる) かに良いことがあるので、手術が選択されるのです。

 また、抗がん剤もそうです。副作用がある抗がん剤治療をあえて行うのは、その抗がん剤を使用したときと、使用しないときで明らかに差があるからです。抗がん剤の副作用と、一方でそれによる利点を勘案して治療を選べばよいのです。失うものや副作用が多ければ、「そんな (つら) い思いをすると、どれだけ良いことがあるのですか?」と尋ねたくなります。そして、納得するまで尋ねるべきなのです。効果がない抗がん剤治療を行うことはやめましょう。また最初は効果があっても、その後、効果がなくなった抗がん剤を継続することもやめましょう。体を痛めつけるだけです。

 

「些細なこと」も大切

 がん治療でエビデンスがあるものは外科治療、放射線治療、そして化学療法です。しかし、それらがいつも有効ではありません。ある特定の場面で明らかに有効という結果(エビデンス)が過去の臨床研究から得られているのです。一方で、エビデンスには表れないが、経験豊富な臨床医が「良さそう」だと思っている治療や養生がたくさんあります。それを僕は「 些細(ささい) なこと」と呼んでいます。最近の僕の講演会での大切なメッセージは、「些細なことの積み重ねも大切」というフレーズです。

 統計的に有意差があれば、そこにはエビデンスがあるのです。がんが消失して、全く健康人と同じ人生を歩む結果もあるでしょう。一方で、最終的には、がんで亡くなるけれども、ほんの少し生存期間が延長する治療もあるでしょう。ともに統計的に差があれば、エビデンスありとの結論になります。どの程度、元気に生きられる期間が延びるのかという視点が、エビデンスがある治療では、より重要なのです。

 がん治療では、漢方も「些細なこと」になります。つまり、がん治療に対する漢方の有用性に、明らかなエビデンスが少ないからです。一方で漢方には外科治療のように、体のある一部を切除するようなダメージはありません。化学療法のような激烈な副作用もありません。ですから、明らかなエビデンスが少なくても、経験的に有効と思う範囲で使用すれば「悪いことはまずない」のです。そして、漢方は保険診療で認められています。だからこそ、漢方を補完医療のひとつとして使用することに意味があり、また使用するとその効果を医師も患者さんも実感するのです。

 

漢方以外の「些細なこと」は?

 漢方以外で、がんの治療で「些細なこと」だけれども行った方がいいと僕が思っていることは、体を温める、炭水化物は取り過ぎない、タンパク質をしっかり取る、適度な有酸素運動を毎日行う、ストレスは発散する、希望を持つ、などです。どれも明らかなエビデンスがあるとは思えませんが、でもこれらを総合的に行うと、がんから解放される人がたくさんいるのです。がんと一緒に( 担癌(たんがん) 状態で)元気に過ごす人もいます。

 がん治療に対する「些細なこと」で大切なのは、副作用がほとんどないか、少ないこと、そして金額が妥当なことです。一つ間違うと、あまり有効ではないのに、超高額な治療費を要求する施設もあります。しっかりと納得して有効と思われる「些細なこと」を積み重ねてください。そんな努力をすると奇跡がたくさん起こります。少なくとも僕の周りではたくさん起こっていますよ。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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