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性とパートナーシップ

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パートナーシップを守るのにどこまで「我慢」が必要ですか?

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  1. パートナーシップを守るのにどこまで「我慢」が必要ですか?

 私事ですが、先週は父の十三回忌のため、家族で九州に行っていました。

 父のことは、ヨミドクターでも亡くなった時のことを こちら に書いたり、以前書いていた連載コラム「高齢者の性」でも クリスマスの思い出 を書いたりしたことがあります。

 両親はとても仲のいい夫婦で、父が亡くなった直後は、母(69)はうつ状態でご飯も食べられなくなってしまい大変だったのですが、12年 () った今はすっかり元気になりました。

 「そりゃもちろん、時折どうしようもなく、さみしくなる時もあるよ。でも、私が楽しんで生きないとお父さんも悲しむから」と仕事を続けながら、趣味の韓国語教室(韓流ドラマが大好きなのです)や歌の教室、水泳に通い、毎日をアクティブに過ごしています。

 

 その母を見ていると、父の死後、元気になってからは明らかに人付き合いに広がりができました。職場の同僚や自分の子どもよりも年下の後輩たちに誘われては食事に出かけたり、人生相談に乗ったりして、帰宅するのが深夜になることもあるようです。

 父は九州男児で、「女が家事をすべし」という古い価値観の人でしたから、定年退職後に家にいても、「女性が深夜まで飲み歩くなんてもってのほか。もし飲み会があるなら、夕飯の準備をしっかりして、少なくとも10時までには帰るべし」と言うような人でした(私が妻ならとても我慢できませんが……)。

 母は、十三回忌で懐かしそうに父の思い出話をし、「長生きしてほしかった」と語りながらも、「お父さんが生きていたら、今みたいに自由には過ごせなかっただろうね」と笑いました。

 

 とここまでは前置きなのですが、私は今回、父母のことをきっかけに、カップルはどこまで互いや家庭のために、「我慢」をすべきなのかなと改めて考え込んだのです。というのは、「性とパートナーシップ」の記事に寄せられたコメントを読むと、多くの方が「夫婦関係や家庭を維持するには、我慢が必要」と感じている印象を受けます。そして、登場人物を倫理的に非難するようなコメントは特に、この「我慢」を過剰に強いているように思えてならないのです。

 

 特に、お子さんがいる家庭の場合は、「子供のために、親は自分が今抱いている望みや楽しみを我慢すべき」という圧力があるように感じます。外出でも旅行でも、夫婦の時間や友達との時間、趣味やおしゃれを楽しむことでも。そして、その圧力は父親よりも母親に対して強いですね。

 また仕事や家事についても、どう考えても働き過ぎなのに、「男なら女房子供を養うために、それぐらい我慢すべきだ」「妻も家事育児を中心になって引き受けて、支えるべきだ」という昔ながらの性別役割分業の価値観による圧力が、共働きであっても、のしかかっている印象を受けます。

 

 もちろん、違う人格を持ち、異なる育ち方をしてきた二人が共に生活を築くには、相手に歩み寄り、我慢が必要なこともあるでしょう。人生設計や衣食住の問題、仕事と家庭の時間のバランス、子育てや親の介護など、話し合ってすり合わせが必要なことは数限りなくあると思います。そして、その中にセックスの問題もある。片方が重要でないと考えても、もう片方が生活になくてはならないものと感じているならば、やはり、これは話し合いや歩み寄りが必要なのだと思います。

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性とパートナーシップ201505_120px

岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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8件 のコメント

制約があるからこそ

小鳥すずめ

自由を感じます。いつも一緒にいるからこそ孤独も感じます。信頼できるパートナーが居れば、1人の時間は独身「ごっこ」として楽しく過ごす事が出来る。な...

自由を感じます。いつも一緒にいるからこそ孤独も感じます。信頼できるパートナーが居れば、1人の時間は独身「ごっこ」として楽しく過ごす事が出来る。なるべく考え方の転換をする事と、世の中のマジョリティに敏感になり過ぎないようにしています。

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どの事例もわたし自身に起こるか親族に起こるか友人に起こるか子供の家庭に起こるかはわからないです。各事例でその当事者がどう対処したかの情報が参考になります。せっかくの事例なのでありがたく読ませてもらっています。いくつものブログがありますが、ひとつひとつに於いて自分だったらどうするかを考えています。
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みみ

自由を奪われたらどんなにお金があっても一緒にはいられません。 人間の尊厳を傷つけられても一緒にはいられません。 自由を奪われたら私はきっと檻に閉...

自由を奪われたらどんなにお金があっても一緒にはいられません。
人間の尊厳を傷つけられても一緒にはいられません。

自由を奪われたら私はきっと檻に閉じ込められた野生動物のように暴れ、怒り狂うと思います。決して自分の自由を奪うものを許さないと思います。

夫と一緒に暮らすのも私の意志。
夫を愛するのも大切にするのもそうしたいからそうしている。
家族を愛することもそうしたいからそうしている。
夫唱婦随でも婦唱夫随でもない。

小さな子供達のために夜遊びを自粛する、欲しいものを我慢して子供達の学費を貯金するのは私の意志。自分の大切な時間を家族に費やすのも自分の意志。自分の中でいくつか諦めるざるえないこともありましたがそれを選んだのは自分。

夫からの圧力でもなければ、世間のルールとか常識とか、神様に言われたからではなくて、すべて自分の意志で選び、こうして夫と生きてきたのです。

妻ならこうあるべきだとか、家庭という檻に縛り付けられたなら私はどんなにお金があってもダメです。反対に私も彼の自由と尊厳を傷つけることはしたくありません。結婚という制度の中に守られたいから一緒にいるのではありません。私たちが一緒にいたいと思うから、だから一緒に暮らしているのです。

彼はいつでも私のもとを去る自由があるのです。
私もいつでも彼のもとを去る自由があるのです。
だからお互い壊れやすいものを壊さないように大切に大切にしているのです。

はたからは、本当にトラディショナルな当たり前の夫婦に見えると思います。
でも、内情はもっともっと刺激的で、なおかつ暖かく、居心地のよいものなんですよ。何よりもお金では得られないような素晴らしいものをたくさん得ることができたと思っています。今後のことはわかりませんが、、、、。

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