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性とパートナーシップ

yomiDr.記事アーカイブ

パートナーシップを守るのにどこまで「我慢」が必要ですか?

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 私がこの連載を取材していて学んだのは、一言で「セックスレス」「パートナーとの不仲」「婚外の恋愛」と言っても、そこに至るまではいろいろな過程があり、登場人物の組み合わせの数だけ個性的な問題があるということでした。であるならば、その二人がパートナーシップを築いていくためには、外部に普遍的な基準があるわけではなく、二人のルールを二人で作ることが必要になります。世間ではこうだ、多くの人たちはこうだ、法律上はこうだという「世間のルール」を登場人物の皆さんもよくご存じでしたが、自身やパートナーがそれに納得しないまま従うむなしさを訴え、どこかにはき出したくて取材に応じてくださったような気がしています。

 

 セックスに限らず、パートナーシップに絡むどの問題でもそうですが、片方が話し合いにも応じず、もう片方が我慢することで成り立っている関係は、健やかなパートナーシップと言えるでしょうか? 「別れればいいじゃないか」というのは簡単ですが、幼い子供がいたり、経済的な理由があったり、パートナーへの愛情が捨てきれなかったりして、その関係を投げ出すことができない場合に、いろいろともがく人たちを取材してきました。

 

 この連載では、性の不一致の問題はパートナーシップにもかなり影響を与えるという問題意識で続け、取材する中で気を付けてきたことは、公共の福祉に反しない限りの言動については、私が価値判断をしない、ということです。歩み寄りが難しいと判断したものの、様々な理由で離婚はせずに、婚外にパートナーや性的な相手を見つけている(見つけようとしている)人を何人か紹介してきましたが、自身の心を守り、相手の思いも尊重するための「工夫」のようにも受け止めてきました。

 

 間もなく70回を数える連載を続けてきて改めて疑問に思うのは、世間や相手に合わせて、自分の奥底にある思いにふたをし続けて成り立つ「パートナーシップ」は健全なのかということです。我慢していれば、世間的には波風も立たず、誰も傷つけないかもしれませんが、その人の生きる活力をじわじわと奪っていく可能性があると取材の中で感じました。自分の思いを殺し続けて、うつになる登場人物も何人かいました。

 精神を病むまで悩むことはとてもつらいことですが、ある意味、まだ「自分」を本当には失っていない人なのかもしれません。私が本当に怖いと思ったのは、世間やパートナーに合わせて自分を押し殺していった結果、自分が本当に何を望んでいるのかわからなくなること、そして周囲からは穏やかで幸せな家庭と見られていても、自分だけは自分の人生を肯定できなくなってしまうことです。もしかしたら、世間や相手に合わせることに何の疑問も抱かずに、誰のものなのかわからない人生を何となく生き抜いてしまうことが一番怖いことかもしれません。

 

 この連載で何度も書いていることですが、何が自分の人生にとって大切かを見極めるのは孤独な闘いです。世間の望む通りにしても、ただ相手に合わせて我慢するだけでも、自分の欲しいものが得られるかどうかわかりません。1回しか生きられない自分の人生をいかに幸せに生きるかは、自分に責任があるのだと思います。パートナーとの生活を守るために、どこまで我慢するか、どこまで自分を貫くかは、自分にしか決められないことではないでしょうか?

 

 今回は、とても厳しい言葉を登場人物に向けているコメント欄を日々読んで、感じたことを書いてみました。

 

 ところで、私の母親は、「もちろん父さんが生きていた方がよかった」と言っていますよ。「どんな時でも自分の絶対の味方で、何でも話し合える相手だったから。そのために今の自由がある程度制限されても、何か工夫して折り合いを見つけたと思う」とのことです。

 

 皆さんは、ご自身のパートナーシップのために何を我慢されていますか? そして、どんなことは我慢できませんか? 皆さんがそのようにして守りたいと思っているパートナーシップは、あなたに何をもたらしてくれますか?

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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8件 のコメント

制約があるからこそ

小鳥すずめ

自由を感じます。いつも一緒にいるからこそ孤独も感じます。信頼できるパートナーが居れば、1人の時間は独身「ごっこ」として楽しく過ごす事が出来る。な...

自由を感じます。いつも一緒にいるからこそ孤独も感じます。信頼できるパートナーが居れば、1人の時間は独身「ごっこ」として楽しく過ごす事が出来る。なるべく考え方の転換をする事と、世の中のマジョリティに敏感になり過ぎないようにしています。

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自分だったらどうするか

情報収集

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どの事例もわたし自身に起こるか親族に起こるか友人に起こるか子供の家庭に起こるかはわからないです。各事例でその当事者がどう対処したかの情報が参考になります。せっかくの事例なのでありがたく読ませてもらっています。いくつものブログがありますが、ひとつひとつに於いて自分だったらどうするかを考えています。
自分の人生は環境に合わせて細かく方向をその都度修正できる過ごし方がいいと思っています。

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自由です。

みみ

自由を奪われたらどんなにお金があっても一緒にはいられません。 人間の尊厳を傷つけられても一緒にはいられません。 自由を奪われたら私はきっと檻に閉...

自由を奪われたらどんなにお金があっても一緒にはいられません。
人間の尊厳を傷つけられても一緒にはいられません。

自由を奪われたら私はきっと檻に閉じ込められた野生動物のように暴れ、怒り狂うと思います。決して自分の自由を奪うものを許さないと思います。

夫と一緒に暮らすのも私の意志。
夫を愛するのも大切にするのもそうしたいからそうしている。
家族を愛することもそうしたいからそうしている。
夫唱婦随でも婦唱夫随でもない。

小さな子供達のために夜遊びを自粛する、欲しいものを我慢して子供達の学費を貯金するのは私の意志。自分の大切な時間を家族に費やすのも自分の意志。自分の中でいくつか諦めるざるえないこともありましたがそれを選んだのは自分。

夫からの圧力でもなければ、世間のルールとか常識とか、神様に言われたからではなくて、すべて自分の意志で選び、こうして夫と生きてきたのです。

妻ならこうあるべきだとか、家庭という檻に縛り付けられたなら私はどんなにお金があってもダメです。反対に私も彼の自由と尊厳を傷つけることはしたくありません。結婚という制度の中に守られたいから一緒にいるのではありません。私たちが一緒にいたいと思うから、だから一緒に暮らしているのです。

彼はいつでも私のもとを去る自由があるのです。
私もいつでも彼のもとを去る自由があるのです。
だからお互い壊れやすいものを壊さないように大切に大切にしているのです。

はたからは、本当にトラディショナルな当たり前の夫婦に見えると思います。
でも、内情はもっともっと刺激的で、なおかつ暖かく、居心地のよいものなんですよ。何よりもお金では得られないような素晴らしいものをたくさん得ることができたと思っています。今後のことはわかりませんが、、、、。

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