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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

標準治療って何? ~標準治療はどうやって決まるのか?標準治療の誤解~(上)

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20161107-027-OYTEI50013-N.jpg 都内のクリニックで、無許可で加工した免疫細胞を使い、治療したとして、厚生労働省が治療と細胞製造の停止を求める緊急命令を出したとニュースになりました(1)。

 このクリニックでは、がんに効果が期待できる新しい治療として、重篤な副作用が一切なく、体に優しいがん免疫治療を提供してきたと言います。これまでに、治療した患者さんの数は500例になろうということです。

 クリニックのホームページには、

  1. がん標準治療の枠にとらわれず、患者さん本位の治療
  2. 世界の最新研究動向を反映させた治療法
  3. がん三大治療の限界と免疫細胞治療
  4. 自分のがん細胞をDNAレベルで特定することで、免疫システムを働かせ、効果的にがんを攻撃

 などと書かれており、大変期待のある素晴らしい治療法であるような書きぶりです。

 ただし、費用を見ますと、自由診療で、保険が利かず、1回の免疫療法で300万円とあります。

 実際にがんになった患者さんや、ご家族であったら、ホームページの記載にあるような素晴らしい治療であるなら、何とかして受けてみたいと思ってしまうのではないでしょうか?

 たとえ、費用が高額であったとしても、
 「お金など関係ない、医師がやっているし、万が一でも効果が期待できるのなら、受けてみる価値はあるかもしれない」
 と思われてしまうのではないでしょうか。

 このようなクリニックを受診した患者さんのなかには、
 「高額だから、すぐには保険適用にはならないのだろう」
 などと言われた患者さんもいらっしゃいました。

 では、本当のところはどうなのでしょうか?

免疫クリニックでの免疫療法のエビデンスレベルは極めて低い

 このクリニックの医師が行った研究結果を医学文献検索サイト(PubMed)で検索しますと、一つの論文が見つかりました(2)。

 2004年に出された研究で、12人の悪性脳腫瘍患者さんに、この新しい免疫療法を施行したところ、4人に腫瘍縮小が見られた。重篤な副作用は見られなかった、というものでした。

 この研究結果は、12人中4人の患者さんに効果が認められたというものであり、悪くはない結果なのですが、医学研究の信頼性のレベルから言うと、5段階中4レベルになります(レベル1が最も信頼性が高い(参照:当コラム「 正しい免疫療法のすすめ(上) 」)。

なぜ、少人数の臨床研究ではダメなのか?

 12人中4人に効果があったのだから、良いのでは?と思われるかもしれませんが、

  1. 全身状態の良い患者さんばかりが集まった可能性(選択バイアスと言います)
  2. 長期的生存期間を示したものでない(測定バイアスと言います)
  3. 他の治療法でも効果があった可能性、他の治療法と比較していない(選択バイアス)
  4. 本当に効果があったかどうか、第三者の目が入っていない可能性(品質管理、品質保証が行われていない可能性)
  5. 患者さんの数が少なく信頼性に欠ける(統計学的エラーの可能性)

 などなど、科学的・医学的に、厳しく評価をすると、さまざまなバイアスや、統計学的な間違いの可能性があり、信頼性に乏しいデータと判断されます。

 つまり、この研究結果では、有効だと言い切るまでの信頼性に乏しく、今後、さらなる研究が必要であると判断されます。

 もっと具体的に言うと、もう少し患者さんの数を増やした臨床試験・臨床研究が必要になってきます。また、他のがん患者さんに効果があるかどうかの検証も必要です。

 2004年に出された研究ですから、その後に多くの研究がなされても不思議はないのですが、残念ながら、この研究結果以外は見つかりませんでした。

 ホームページには、500例の実績と書いてありますが、500例投与した結果がどうであったかの結果の報告はどこにもありませんでした。

現在進行中の臨床試験・治験は?

 では、現在、研究をしているので、まだ結果が出ていないのではないか?と思われるかもしれません。

 現在、日本で行われている臨床試験は、UMIN臨床試験登録(3)や、JAPIC臨床試験情報(4)(企業治験が主体)で、世界で行われている臨床試験は、ClinicalTrials.gov(5)で探すことができるのですが、この第5世代と呼ばれている新しい免疫療法は登録されていませんでした。

 以上から、第5世代の最新免疫療法などといって、インターネットで大々的に広告されている免疫療法は、12例の患者さんのデータのみの、医学的には極めて信頼性の乏しいデータしかない治療法ということになります。

 この程度のレベルの研究結果では、脳腫瘍の患者さんはおろか、他の患者さんにも、とても勧められるだけのエビデンス(科学的根拠)のある治療法とは言えません。

怪しい免疫療法がはびこる理由は?

 なぜ、このような段階の治療が、実際に“期待される新治療”として紹介されてしまうのでしょうか?

 その理由は、二つあります。

 一つ目は、このまま研究を続けていても、莫大な費用がかかり、現段階で自由診療として提供する方がメリットが大きい。

 二つ目は、日本では、このようなエビデンスが確立されていない治療を自由診療で行うことに規制が乏しい。

 一つ目の理由として、「メリットが大きい」のは、患者さんのメリットではありません。このような治療を提供する医療機関や企業ということになります。

新治療が開発されるまでの遠い道のり

 下の図をご覧ください。これは、米国会計検査院が報告したリポート(6)によるものですが、新しい治療法が見つかってから、ステップ1、2として、前臨床試験(細胞、動物実験での基礎研究)が終了するまで6.5年、ステップ3として、臨床試験(人間に投与して効果があるかどうか確かめる研究)が開始、終了するまで7年、ステップ4として、米国の審査機関(FDA)が審査を終了するまで1.5年、トータルで、15年かかると言われています。

 実際に、1万の化合物が発見されたとしても、成功するのは、そのうちの一つ、1万分の1の確率となります。

 図 新薬が開発されるまでの道のり

20161107_k2

 このように、新薬が開発されて、標準治療として承認されるまでに、長い年月が必要になるということです。

 逆に、長い時間をかけて、厳密に評価がなされなければ、患者さんに安全で有効な治療として提供できないということです。

 特に、臨床試験が重要になってきます。基礎実験で非常に有効性が期待された薬剤が実際に人間を対象とした臨床試験でうまくいかないなどということはよくある話です。

 臨床試験は、人間を対象とする研究のため、慎重に行われなければいけません。

 臨床第1相試験とは、毒性試験といって、副作用がどれくらいなのかを調べ、人間への至適投与量が決定される臨床試験です。

 臨床第2相試験とは、第1相試験で決められた投与量で、100~500人の患者さんに投与し、短期的な効果(腫瘍縮小効果や、短期的な生存期間など)を調べる臨床試験です。

 臨床第3相試験とは、第2相試験でふるいにかけられ、ある程度の有効性が認められた治療法が、長期的な効果(がん治療では、無増悪生存期間や、全生存期間など)を調べる臨床試験です。

 臨床第3相試験では、新治療と、これまでの標準治療と比べてどちらが有効なのかを調べるため、これまでの標準治療とランダム(無作為)に割り付けられ、両者の長期的効果を比較するので、ランダム化比較試験とも呼ばれます。

 このように、臨床第3相試験が行われて初めて治療法が本当に有効かどうか決まるのです。

 上述した第5世代免疫療法は、臨床第1相試験レベルに相当しますので、まだまだ初期段階のレベルの研究結果と言えます。

臨床第3相試験の勝者は、オリンピックの金メダル

 スポーツの試合に例えると、基礎研究が予選だとすると、臨床試験が本選になります。そして、臨床第2相試験が準々決勝、準決勝になり、ここまでふるい落とされた最有力候補が決勝を迎えることになるのですが、決勝の相手は、これまでずっと優勝を重ねてきた標準治療となります。

 これまでの優勝者に勝った者のみが、新たな優勝者、新たな標準治療となります。

 この例えで言うと、新たな優勝者は、オリンピックの金メダルを取るくらいに難しいと言えます。

 ところが、オリンピックの試合をするのにもやはり資金が大切です。

 実際に、数百~数千例の臨床3相試験を行うためには、数十億円がかかると言われます。

 最近の臨床試験は、国際規模で行われますので、各国に薬剤を配布したり、各国の規制当局への届け出をしたり、病院の倫理委員会への届け出をしたりすることなどに大変手間がかかります。また、実際の患者さんのデータを第三者の機関が観察したり、訪問監査したりして、データの信頼性を担保することをします。そのため、人件費がかかるのです。

 このように、ある治療法をきちんと評価するためには、きちんとした臨床試験を実際に行うことが必要なのですが、それには、莫大な費用と手間がかかります。

 このような臨床試験をしないで、患者さんに投与でき、利益も得られるとしたら、その方が、医療機関や企業はメリットが大きいということになります。

 参考

  1. 無許可施設で加工した細胞で治療、医療法人に停止命令. ヨミドクターニュース 2016年11月1日.
  2. Kikuchi T, Akasaki Y, Abe T, Fukuda T, Saotome H, Ryan JL, et al. Vaccination of glioma patients with fusions of dendritic and glioma cells and recombinant human interleukin 12. Journal of immunotherapy. 2004;27(6):452-9.
  3. UMIN臨床試験登録システム.
  4. 臨床試験情報 JAPIC Clinical Trials Information.
  5. ClinicalTrials.gov.
  6. New Drug Development: Science, Business, Regulatory, and Intellectual Property Issues Cited as Hampering Drug Development Efforts. GAO-07-49, US Government Accountability Office. Nov 17, 2006.
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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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2件 のコメント

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抗癌剤の開発

予備軍

<臨床第1相試験とは、毒性試験といって、副作用がどれくらいなのかを調べ、人間への至適投与量が決定される臨床試験です。> 素朴な疑問ですが、副作用...

<臨床第1相試験とは、毒性試験といって、副作用がどれくらいなのかを調べ、人間への至適投与量が決定される臨床試験です。>

素朴な疑問ですが、副作用の強いと思われる(つまり毒性の強いと思われる)抗癌剤でも、第1相試験は実施されるのでしょうか。
第1相試験は、健康なボランティアを使って実施される試験だと思います。欧米では、お金を払って低所得者層の健常なボランテイアを募集するそうですが、日本でも、大学等で募集を見かけることがあります。抗癌剤と分かっていてボランテイアをする人はあまりいないと思うのですが、実情はどうなんでしょうか。

もし、抗癌剤は例外的に第1相試験は実施しないで、最後の手段的に直接患者さんに投与されるとするなら、これまた、エビデンスの低い薬剤とのレッテルを貼られても仕方ないような気がします。

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免疫療法クリニックのビジネスモデルとは?

新城拓也

こういう記事を読むといつも思うのですが、医師自身が自由診療免疫療法クリニックを開業、作るわけではないのです。 1. ラボ、技術を含めた免疫療法ク...

こういう記事を読むといつも思うのですが、医師自身が自由診療免疫療法クリニックを開業、作るわけではないのです。
1. ラボ、技術を含めた免疫療法クリニックに、医師が雇われる。
2. 開業医が、ラボ、技術を含めた免疫療法技術の提供に契約する。
の二つのパターンがあるのです。
つまり、免疫療法クリニックで働く医師、開業医は、標準療法を提供する医師とは全く違う動機と考えで働いています。
免疫療法に関わる医師を、どうやって経営側は取り込んでいるのか、どうやって心を奪い洗脳しているのか、どういうビジネスモデルなのかを探らなくてはなりません。
私も開業前にあちこちの自由診療免疫クリニックを見学させてもらい、実際どういうものなのか、治療としてだけでは無くビジネスモデルとして考えるところがありました。
こういう視点から書かれたものを読みたいです。正義との刀だけではこの問題は深まらないと考えています。

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