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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(43) 生活保護費は自治体財政を圧迫しているか?

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 2000年代に入って生活保護の利用者が大幅に増えたことで、財政負担が大変だ、という見方があります。財政が圧迫されていると強調している自治体もあります。どこまで本当でしょうか。

 多くの地方自治体にとって、生活保護の実質的な財政負担は、それほど大きくありません。保護費の4分の3は国が負担します。残り4分の1が自治体負担ですが、自前の財源で足りない場合は総務省から出る地方交付税でおおむねカバーされます。

 そして地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護の利用者が減っても増えても、財政負担には、ほとんど影響しません。生活保護費はむしろ、国からお金が来て消費に回ることによって、地域経済にプラスになっているという見方もできます。

保護費の4分の3は国が負担する

 福祉事務所を設置して生活保護の実施にあたるのは、すべての市、東京の23特別区、一部の町村(町村の福祉事務所は任意設置)です。それ以外の郡部は、都道府県が福祉事務所を置いて実施します。今後の説明の都合上、これらを実施自治体と呼ぶことにします。

 実施自治体が支出した保護費のうち、4分の3は国が後から負担します。したがって実施自治体の負担は4分の1です。生活保護施設(救護施設、更生施設など)の入所者のための事務費も同じ分担割合です。ただし、居宅のない状態で入院中・施設入所中の人の保護費は、政令市・中核市を除いて、市町村の負担にならず、代わりに都道府県が4分の1を負担します(国の4分の3負担は同じ)。

 生活保護は、国家責任で生存権を保障する制度で、自治体の本来の仕事(自治事務)ではなく、国からの法定受託事務です。もともと国の負担割合は80%だったのが、1985~88年度は70%に下げられ、89年度から75%(4分の3)になった経緯があり、全国市長会など地方関係団体は、全額を国庫負担にすべきだと主張しています。

4分の1相当額は、地方交付税の算定基礎になる

 保護費の4分の1は、まるまる実施自治体の持ち出しになるのか。多くの場合、そうではありません。

 地方交付税という制度があります。自治体の基本的な事務・事業にあてる自前の財源が不足する場合に、総務省から交付されます。いったん国が集めた税金のうち一定割合を、自治体の財政力の弱さに応じて配分し、アンバランスを調整するしくみです。自治体が受け取った地方交付税は、使い道の制限がなく、自前の税収と同じように一般財源として使えます。

 地方交付税の算定にはまず、その自治体のいろいろな指標を用いて、分野ごとの標準的な費用を積み上げ、「基準財政需要額」を算出します。市町村の場合、消防費、土木費、教育費、厚生費、産業経済費、総務費などの標準的な額を、人口、世帯数、面積、児童生徒の人数、道路延長、港湾係留施設の延長、都市公園面積、農家数といった指標から計算します。

 一方で「基準財政収入額」を算出します。これは、標準的な税率で課税した地方税収入の75%に、地方譲与税(国が集めた税金のうち地方に配る分)、各種の交付金などを加えた額です。

 そして、基準財政需要額(標準的に計算した必要費用)より基準財政収入額(標準的に計算した収入)が少なければ、その差額が地方交付税として交付されます。16年度は総務省から15兆6983億円の普通交付税が配分されます。別に3兆7880億円の臨時財政対策債の発行が認められます(自治体が地方債を発行して借金するが、その償還費用は基準財政需要額に算定されるので、後払いの地方交付税のようなもの)。

 生活保護費も、基準財政需要額の算定基礎に入っています。大まかな考え方としては、保護費の地方負担分(4分の1)を、自前の収入プラス地方交付税でまかなえるようにしているわけです。ただし標準的な保護費の計算方法は、人口を基本にしつつ、前年度と前々年度の扶助別の被保護者数、生活扶助の延べ人数、級地、寒冷区分など各種の補正をして単位費用を掛けるので、おそろしく複雑です。その自治体の状況をある程度は反映するものの、あくまでも標準化した金額なので、実際の4分の1負担額とはズレ(算入の過不足)があります。保護世帯の人数構成や、個別の扶助の金額を加味する計算式になっていないのも、ズレの要因のようです。

 それとは別に、ケースワーカーの人件費など福祉事務所の運営費用も、基準財政需要額の算定基礎に入っています。

 少数ですが、財源が豊かで地方交付税をもらえない自治体(不交付団体)もあり、それらの自治体では、保護費の4分の1負担分は自前の収入だけでまかないます。

 16年度の場合、都道府県では東京都だけが、都と23特別区を合算する形で不交付団体です。都は、都が集めた固定資産税、法人住民税、特別土地保有税の一定割合を、各区の財政状況に応じて調整配分しています。市町村では、交付団体が1642にのぼり、不交付団体は76です(総務省資料を参照)。政令市は川崎市だけで、ほかは首都圏、愛知県と、自動車工場や原子力施設の立地市町村が目立ちます。

大阪市の場合の生活保護の収支

 一般的な説明だけではわかりにくいので、保護費の支出が全国で最も多い実施自治体である大阪市の場合を取材しました。2014年度の決算で、生活保護関係の収支は、以下のようになっています。

A:歳出額 3062億円=扶助費2916億円+人件費115億円+その他事務費31億円

B:歳入額 2221億円=国庫支出金2170億円+その他諸収入等51億円

 AからBを引くと、C:地方負担額(一般財源支出額)=841億円

D:基準財政需要算入額 791億円=扶助費663億円+人件費124億円+その他事務費等4億円

 CからDを引くと、E:算入不足額=50億円

 実際の市の負担額に比べ、総務省の計算式による標準的な費用は50億円ほど少なく、その分が余分な持ち出しになりました。算入不足額は年度によって差があり、かつては100億~200億円前後にのぼっていました。近年は12年度57億円、13年度67億円でした。市財政局は、入院を含めた医療扶助費が大阪市ではやや多めであることが、算入不足の主な原因だと分析しています。

 大阪市の算入不足額は、他の自治体に比べて大きいとみられます。算入の過不足は自治体によって異なり、プラスになっている自治体もあります。

 一方、他の事業分野を含めた大阪市全体の地方交付税の計算は、次の通りです。

F:基準財政需要額 6056億円

G:基準財政収入額 4939億円

 FからGを引くと、財源不足額(地方交付税額)=1117億円(うち臨時財政特別債759億円)

 基準財政需要額に対する基準財政収入額の比率(G/F)=H:財政力指数=81.6%

 裏返すと、基準財政需要額の18.4%が地方交付税として総務省から入るわけです。財政力指数は自治体によって大きな差があります。財源が乏しくて地方交付税をたくさんもらう自治体もあれば、基準財政需要額より基準財政収入額のほうが多くて不交付団体になる自治体もあります。

 次に、大阪市が自前の収入から生活保護費(扶助費)にあてた額を試算すると、以下のようになります(本来は、基準財政需要額の実情が事業分野ごとに違うので、単純にこういう計算はできません)。

 D(基準財政需要算入額)のうち扶助費663億円×H(財政力指数81.6%)+E(算入不足額50億円)=591億円

 14年度の大阪市の予算(当初予算+5月補正予算)では、一般会計の歳出1兆6814億円のうち生活保護費が2944億円(17.5%)を占めており、ものすごく大きな印象を与えますが、国から出るお金があるので、自前の財源からの実質的な出費は591億円ほどだったわけです。

 かつて、保護費の額と市税収入の額をそのまま比べて、大変な財政圧迫だと強調する記事が何度かありましたが、財源のことを無視して比較するのはナンセンスです。

保護を受ける人数を減らしても、財政効果はない

 ここで、きわめて重要なことがあります。地方交付税を受け取っている自治体の場合、生活保護を受ける人の数を減らしても、財政効果はほとんどないという点です。

 たとえば、何らかの方法で締めつけて生活保護の利用者を減らし、保護費を100億円削ったらどうなるか。4分の3は国の負担なので、75億円が国から来なくなります。そのうえ、4分の1負担分に見合う基準財政需要額も減るので、自前の税収など(基準財政収入額)が変わらなければ、地方交付税がまるまる減ります。変化があるのは、基準財政需要額の算入の過不足にかかわる部分だけです。

 反対に、保護の利用者が増えたらどうか。保護費の4分の3は国が出し、4分の1に見合う基準財政需要額が増えます。保護の人数の増減が基準財政需要額に反映されるのは、実際より後の年度になるという時間差の問題はありますが、基本的には、算入の過不足部分を除いて財政負担は増えません。

 福祉事務所には、自治体の財政負担に影響すると思って、保護の利用を抑え込もうと躍起になっている職員もいますが、保護利用者が減ろうが増えようが、地方交付税を受け取る自治体の財政はほとんど左右されないのです。一方、地方交付税の不交付団体の場合は、4分の1分の影響を受けます(財政にゆとりのある自治体です)。

 自治体の税収が伸びないこと、生活保護以外を含めた地方交付税全体の額がしだいに抑えられる傾向にあることなどにより、自由に使える財源が増えず、財政運営が厳しい自治体が多いのは確かです。そういう中で保護費の金額が大きいため、矛先を向けるのかもしれません。しかし、地方交付税を受け取っている自治体に関する限り、生活保護費が財政を圧迫していると声高に叫ぶのは、財政のしくみをよく理解していないからではないかと思います。

消費支出は地域経済を支え、税収にもはね返る

 さて、自前の財源を含めて、自治体が保護費の一定部分を実質負担したら、それは損でしょうか?

 その際、考える必要があるのは地域経済です。生活保護費は基本的にためこまれず、ほとんどが医療費、家賃を含めた消費支出に回ります。一般世帯に比べ、食費の比率が高めで、大半が地元で使われます。したがって、地域経済への直接的なプラス効果が高いのです。地域によっては、生活保護利用者がいるおかげで成り立っている商店、飲食店、賃貸家主、医療機関もあります。たとえば大阪市西成区は人口比の保護率が24%(16年6月)と極めて高く、もし生活保護の人がいなくなったら、バタバタと店がつぶれて、西成区の経済は危機的になるでしょう。

 大阪市の14年度の決算ベースの保護費2916億円のうち、市が実質負担する591億円を引いた2325億円は、国のお金です。市が591億円を出すことによって、国から2325億円を引っ張ってきて、計2916億円を地域に落としたという解釈もできます。これは、国から補助金が出る公共事業が地域にもたらす経済効果を強調するときに、しばしば使われる論理と同じです。

 地域経済にプラスになれば、税収にもはね返ります。生活保護利用者が使ったお金は、商品やサービスを売った側の収入になるからです。仮に保護費総額2916億円に個人市民税の所得割の税率6%を掛けると、175億円になります。実際には、法人を含めて多段階のお金のやりとりが生じます。また消費税8%のうち1.7%は地方消費税(都道府県税)で、その半分は市町村に配分されます。

 経済効果や税収はねかえりの具体的な見積もりは筆者の手に余りますが、市が591億円を出しても、市税などの収入として戻ってくる分が、けっこうあるわけです。以上のことは大阪市以外の自治体や、地方交付税の不交付団体にも言えることです。もちろん、保護を受けていた人が就労などで経済的に自立して買い物をできるようになるなら、それにこしたことはありません。

国の社会保障費の中で生活保護費の大きさは

 国の財政から見ると、どうでしょうか。16年度の当初予算で、生活保護費の総額は3兆8281億円、そのうち国(厚労省)の負担分は2兆8711億円の見込みです。社会保障関係の一般歳出31兆9738億円に対する比率は9.0%となっています。1998年度当初予算の生活保護費の厚生省負担額が1兆1106億円、社会保障関係費に対する比率が7.5%だったのに比べ、大幅に増えてきたのは確かです。これは、巨大な額でしょうか。

 当初予算の社会保障関係費(国支出分)の内訳を、表に示します(財務省の資料をもとに、生活保護費を独立させる形で区分を変えた)。生活保護費は国が4分の3を負担するのに対し、年金・医療・介護・雇用・労災は社会保険制度が中心なので、ここに出ている国支出額は、その分野の費用全体の中では、一部です。

<2016年度当初予算の社会保障関係費(国支出分)>
年金給付費11兆3130億円35.4%
医療給付費(医療扶助を除く)9兆9068億円31.0%
生活保護費等2兆9117億円9.1%
介護給付費(介護扶助を除く)2兆8623億円9.0%
社会福祉費(障害者福祉など)2兆5335億円7.9%
少子化対策費2兆0241億円6.3%
保健衛生対策費2865億円0.9%
雇用労災対策費1360億円0.4%
計(社会保障関係費) 31兆9738億円 100.0%

*生活保護費等には中国残留邦人支援費、施設事務費、指導監査費を含む

 生活保護費の半分近くは医療扶助なので、住宅扶助、教育扶助、高校就学費を含めて保護利用者の暮らしにあてられるのは、残り半分の1兆5000億円ほどです。

 貧困層が拡大する中、公的年金や社会手当の給付を削ったり、医療や介護の自己負担を増やしたりすると、最低生活ラインを割り込む世帯が多くなり、生活保護が増えます。そういう社会保障制度の中の相互影響も考えないといけません。諸外国とも比べてみる必要があります。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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