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ケアノート

医療・健康・介護のコラム

[清水健さん]読者の共感…出産とがん治療に揺れて

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清水さん 「僕は代弁者に」

[清水健さん]読者の共感…出産とがん治療に揺れて

「ママのことを息子にどのように伝えていくか、悩みながら成長を見守りたい」と話す清水さん=守屋由子撮影

 読売新聞「くらし健康」面(10月9日)で紹介した読売テレビアナウンサー清水健さん(40)の「ケアノート」に、読者から多くの手紙やメールが寄せられた。出産か、がんの治療かを悩んだ清水さん夫婦の姿に、自分の家族を重ねた人が多かったようだ。

 清水さんは昨年2月、妻・奈緒さん(当時29歳)を乳がんで亡くした。妊娠直後にがんがわかり、清水さんは治療と出産の両方に挑んだ妻を支えた。

 1歳の時に当時24歳だった母親をがんで失ったという東京都の女性(37)は、「母がいないことで、寂しい時も苦しい時もあった」とつづった。

 支えになったのが祖母の日記。入院中の母の様子が記されていた。「見舞いに来た赤ん坊の私を見て母がうれしそうだったと書いてあり、『私は望まれて誕生した』と思えた」。その経験から「清水さんが伝える奈緒さんの思い出は、息子さんの支えになるはず。これからも奈緒さんのことを話してあげてほしい」と語った。

 神奈川県の男性(80)は、自身も30年前に乳がんで妻を亡くしたとファクスを寄せた。「妻も奈緒さんと同様に、家族のことを心配していました」。妻の死後、当時小学生だった次女のことを心配したが、明るく振る舞う姿に勇気づけられたという。しかし後になって、次女は妻から「パパの言うことをよく聞いて勉強するように」と諭されていたと知った。「記事を読んで清水さんの生き方に共感を覚え、涙が出ました」

 妊娠の喜びと、がんが判明する苦しみがほぼ同時に押し寄せた清水さん夫婦を思いやる人も。昨春亡くなった母のがんが分かった時、自身が妊娠中だったという神戸市の主婦(36)は「妊娠の喜びと母のことが余りにも対照的で、ただただ不安だった」という。出産後に体調を崩し、母に愚痴をこぼしてしまったことなど後悔は多いといい、「がんに関わるニュースを見るのがつらい。情報発信の側にいる清水さんはすごい」とメールに記した。

 読者からの反響について、清水さんは「みなさんの声を支えにして、つらい思いを言葉にできずに病気と闘う人の、代弁者になれれば」と話す。今は2歳になったばかりの息子の育児に奮闘する毎日だ。「『ママはどこにいるの?』と聞くと、僕が教えた通りに自分の胸を指します。これからどんな言葉や表情で妻のことを伝えていけばいいのか。悩みながら、成長を見守りたい」と語る。

悲しみへの接し方

 親を亡くした悲しみ(グリーフ)を抱える子どもに、周囲はどのように接すればよいのだろうか。

 親をがんで亡くした子どもを支援するNPO法人「AIMS(エイムス)」(東京)の代表理事・高井伸太郎さんは「元気そうだから大丈夫とは思わないで」と強調する。残された親を気遣ったり、友達に特別扱いされることを嫌がったりして、普段通りに振る舞う子どもも多いという。「気持ちを処理できなくなることがある。複雑な思いを理解して」と高井さん。同じ境遇の子どもと過ごし、気持ちを癒やす方法もあるという。

 突然の事故などとは異なり、がんは闘病生活の間に親子で向き合う時間を持てる場合がある。北里大学看護学部教授の小島ひで子さん(小児看護学)は「理解度に合わせ、子どもにも状況を説明してほしい。疎外感を持たずに、その後の精神状態が安定しやすい」。いつ何を伝えるか迷ったら、医療スタッフに相談するといいそうだ。

 「残された一方の親自身が、自分を大事にして」と話すのは、民間の支援団体「グリーフサポートせたがや」(東京)の田辺恵美子さん。配偶者を失った悲しい気持ちを我慢せず、周囲に頼ることも大切だという。社団法人「日本グリーフケア協会」(東京)会長の宮林幸江さんも「周囲の人も『頑張って』ばかりでなく、食事や子どもの面倒など、できる援助を伝えることが大切」と助言する。

→医療大全「乳がん」
/iryo-taizen/archive-taizen/OYTED551/

→病院の実力「乳がん」
/byoin-no-jitsuryoku/archive-jitsuryoku/?has-enquete=has-enquete&disease=OYTED551

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