小泉記者のボストン便り
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オバマ大統領夫妻の恩師がアルツハイマー病を公表 米国でも深刻な認知症の課題
今回は、今年7月にアルツハイマー病であることを公表したハーバード大学法科大学院のチャールズ・J・オグリツリー教授(63)へのインタビューです。アメリカでは大統領選の投開票日が11月8日に近づき、話題は選挙一色になっていますが、オグリツリー教授は、オバマ大統領、ミシェル夫人の恩師でもあり、黒人などマイノリティーの権利擁護に力を注いできたことでも有名です。教授の告白には、認知症の患者や家族を支援する団体からも歓迎の声があがっています。どうして公表することにしたのか、経緯を伺いました。
根強い偏見 できることがたくさんあると示したい
「まだアルツハイマーを含めた認知症への社会の偏見は強い。自分が病気になっても諦めない姿勢を見せることで、この病気のスポークスパーソン(代弁者)になろうと決めたんだ。人々にむやみに恐れないでと伝えたい」。オグリツリー教授は、公表した理由をそう力強く話します。教授が初期のアルツハイマー病と診断されたのは、今年初めのことでした。2か月に一度の定期的な健康診断で医師からアルツハイマーの可能性があると指摘され、その後診断を受けたオグリツリー教授は、「自分ではなんの兆候もなく、本当に驚いた。自分はまだアルツハイマーになるには若すぎると思った」と振り返ります。まもなく薬による治療が始まりましたが、「自分はこれまで司法の世界で困難があっても前に進み続けてきた。病気になったからといって、諦めるわけにはいかない。できることがたくさんあるということを示したいと思ったんだ」と話します。大学の仕事や本の執筆はこれまで通りに続けていくことにしています。
オグリツリー教授は、1985年から同大法科大学院で 教鞭 をとっています。教え子の中には、オバマ大統領やミシェル夫人をはじめ、米国で著名な法律家も数多くいます。弁護士としての活動では、91年、最高裁判事に指名された判事のセクハラ疑惑を米上院で告発したアニタ・ヒルさんの代理人も務めました。
教授は、今年7月に、フィラデルフィアで開かれたキリスト教の黒人系教会「アフリカン・メソジスト監督教会」(African Methodist Episcopal Church)の集会でのスピーチの中で、病気を公表しました。「病気になったが、私は希望を持ち続けている」と聴衆に語りかけると、演説後、認知症の家族がいるたくさんの人たちに囲まれ、「どうもありがとう。とても勇気が出た」と声をかけられたといいます。「家族には反対されたが、公表をしてよかったと思った」と話しました。
教授の病気の公表を受け、オバマ大統領も(地元の新聞社を通じて)「診断を聞いてとても悲しかったが、チャールズの勇気ある対応に感動した。彼は経験を共有し、病気に注目を集めることで、これまでの人生でしてきたように、人助けをしようとしている。ミッシェルと私はチャールズのことを誇りに思う」とのコメントを出しました。
認知症の患者や家族を支援するアルツハイマー病協会マサチューセッツ・ニューハンプシャー支部のニコール・マクグリンさんは、「オグリツリー教授のような社会的影響力がある人が病気を公表する意味は大きい」と歓迎します。
患者の孤立、介護の負担……五本柱の国家戦略を策定
米政府などの資料によると、全米でアルツハイマーの患者は500万人以上とされ、2050年には、1380万人になるとの推計もあります。患者数の増加を背景に、11年1月にオバマ大統領が「国家アルツハイマープロジェクト法」に署名、治療法研究やケアの質向上など五本柱の国家戦略を12年5月に策定しました。国家戦略では、現状の問題点として、介護をする家族などに大きな負担がかかっていることや、病気への偏見や誤解によって患者本人や家族が孤立を感じがちであることなどが挙げられ、それらの改善を目指しています。
マクグリンさんは、「認知症を公表する人も増えてはいるが、まだ社会には偏見も根強くあり、病気を隠したいと思う人も多い。当事者の声を聴きながら対策を進めることが必要」と話します。
米国で介護を支えているのは、施設ではなく、家族が中心です。米議会予算局の資料によると、10年に長期的な介護を受けていた65歳以上の高齢者の8割は施設ではなく、在宅で介護を受けています。この理由について、介護問題に詳しいハーバード大学医学大学院のデイビッド・グラボウスキ教授は、「米国では施設の利用料金は低所得者や高齢者向けの公的な保険でカバーされる範囲も少なく、一部の高額な施設を除いて多くの介護施設は人手不足で質が低いという問題もある。ほとんどの人は住み慣れた地域でケアを受けたいと願っている」と話します。グラボウスキ教授は、国家戦略について「治療法の研究などでは、一定の進歩があったと思う」と評価する一方で、「ケアの質の改善や、介護をする家族の負担軽減などまだまだ課題も山積している」と指摘します。
少し古い調査ですが、ニューヨークのシンクタンク「メットライフ」が1999年にまとめた「仕事と介護のバランスに関する調査」によると、介護者が仕事と両立をするためにとった対応策で、最も多かった回答は、「休暇をとった」(64%)で、「労働時間の短縮」(33%)、「フルタイムからパートタイムに変えた」(20%)、「仕事を辞めた」(16%)と続きました。グラボウスキ教授は、「介護で経済状況が悪化する世帯もあり、精神的、身体的な問題を抱える介護者も多い。休暇を取りやすくするなど家族を支援する施策が急務だ。また、地域や施設でのケアの質を上げるため、公的な資金をもっと投入すべきだ」と指摘します。
当事者の声を生かした施策を
日本でも、認知症の人は現在の520万人から2025年までに700万人に増加すると推計されています。介護離職も年間10万人に上り、深刻な問題です。15年に策定された国家戦略「新オレンジプラン」には、地域での見守り体制の整備や、介護者の負担軽減、政策の立案・評価に認知症の人や家族が参加することなども盛り込まれています。
オグリツリー教授は、「アルツハイマーの治療についての研究は米国内だけではなく、世界中で行われているが、すぐに解決策は見つからない。それでも私は希望を持ち続けている。私は自分が失うもののことばかりを考えて病気について文句を言うのではなく、この病気を受け入れ、今あるものに感謝することに決めている。病気への理解が深まり、この病気をもつ人たちが暮らしやすい社会になるように、できることをしていきたい」と話します。オグリツリー教授のように勇気をもって病気を公表する人たちの声を世界中で生かして、認知症施策を進めていかなければならないと思いました。
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