精神科医・松本俊彦のこころ研究所
yomiDr.記事アーカイブ
人はなぜ薬物依存症になるのか
「ネズミの楽園」が教えてくれること
興味深い実験があります。1980年にサイモン・フレーザー大学のブルース・アレクサンダー博士らが行った、「ネズミの楽園Rat park」と呼ばれる有名な実験です。
この実験では、ネズミは、居住環境の異なる二つのグループに分けられました。一方のネズミは、1匹ずつ金網でできた 檻 の中に(「植民地ネズミ」)、そしてもう一方のネズミは、広々とした場所に雌雄十数匹が一緒に入れられました(「楽園ネズミ」)。
ちなみに、楽園ネズミに提供された広場は、まさに「ネズミの楽園」でした。床には、巣を作りやすいように常緑樹のウッドチップが敷き詰められ、いつでも好きなときに食べられるように十分なエサも用意されました。また、所々にネズミが隠れたり遊んだりできる箱や缶が置かれ、ネズミ同士の接触や交流を妨げない環境になっていました。
アレクサンダー博士らは、この両方のネズミに対し、普通の水とモルヒネ入りの水を用意して与え、57日間観察したわけです。その結果は実に興味深いものでした。植民地ネズミの多くが、孤独な檻の中で頻繁にモルヒネ水を摂取しては、日がな一日 酩酊 していたのに対し、楽園ネズミの多くは、他のネズミと遊んだり、じゃれ合ったり、交尾したりして、なかなかモルヒネ水を飲もうとしなかったのです。
この実験結果こそが、「なぜ一部の人だけが薬物依存症になるのか」という問いの答えではないでしょうか? それは、自分が置かれた状況を「狭苦しい檻」と感じている人の方が、「楽園」と感じている人よりも薬物依存症になりやすいということ、つまり、しんどい状況にある人ほど依存症になりやすいということです。
もちろん、「人間をネズミと一緒にするな」という反論もあるでしょう。しかし、国家レベルで見れば、薬物汚染が深刻な国は、きまって貧困や経済格差に 喘 ぐ、「暮らしにくい国」なのです。同じことが、個人レベルでも認められたとしても不思議ではない――私はそう考えています。
安心して「やめられない」といえる社会
「ネズミの楽園」実験には続きがあります。
アレクサンダー博士らは、檻の中でモルヒネ水ばかりを飲んでは酔っ払っていた植民地ネズミを、今度は、楽園ネズミのいる広場へと移したのです。すると、彼らは、広場の中で楽園ネズミたちとじゃれ合い、遊び、交流するようになりました。
それだけではありません。驚いたことに、檻の中ですっかりモルヒネ漬けになっていた彼らが、けいれんなど、モルヒネの離脱症状を呈しながらも、いつしかモルヒネ水ではなく、普通の水を飲むようになったのです。
この実験結果が暗示しているものは、一体何なのでしょうか?
私はこう考えています。それは、薬物依存症から回復しやすい環境とは、「薬物がやめられない」と発言しても、排除もされなければ孤立を強いられることもない社会、むしろその発言を回復の第一歩と見なし、応援してもらえる社会であるということです。
一言でいいましょう。
それは、安心して「やめられない」と言える社会なのです。
2 / 2
【関連記事】
意外でした
通りすがり
一度でも接触したらクスリ沼から抜け出せないと思っていましたが、そうではないんですね。 すごくわかりやすい文章で納得しました。 ただ、「やめられな...
一度でも接触したらクスリ沼から抜け出せないと思っていましたが、そうではないんですね。
すごくわかりやすい文章で納得しました。
ただ、「やめられない」と安心して言える社会ができるということは、それだけ薬物に手を出した人や依存症の人口が増えないとできないことなのでは?と思いました。
つづきを読む
違反報告
まとまっている
nisimura
よくまとまっている、読みやすい文章。 読み手の価値観を否定しない文面もGOOD
よくまとまっている、読みやすい文章。
読み手の価値観を否定しない文面もGOOD
違反報告
薬物になぜ手を出すのか?
ななし
そもそもなぜ違法薬物に手を染めるのか?
そもそもなぜ違法薬物に手を染めるのか?
違反報告