文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

医療・健康・介護のコラム

余命に関する誤解(下)~標準治療の功罪~

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「余命1ケ月の花嫁」

 という映画がありますが、

 このもとになったのは、国立がんセンター中央病院(現:国立がん研究センター中央病院)に入院された患者さんのエピソードです。この患者さんのドキュメンタリーをTBSで放送したところ、反響を呼んだため映画にしたものです。

 映画は大成功、それに関した本もベストセラーになるなど、ビジネス的には大成功をしたものと思われます。

 映画の中にも出てきますが、余命の話は本人に告げられたのではなく、家族に「最悪の場合、1か月」と話されたものです。

 この映画が大反響を呼んだ結果、ますます医療現場では、

 「国立がんセンターでも余命告知をしているのだから、余命○か月、と患者さんに告げるようにしている」

 という医師が増えたように思います。

 また、TBSは、この映画をきっかけに、若年者に対して乳がん検診のキャンペーンをするなど、誤った情報を流してしまったこと(2)は大変残念に思います。

生存期間中央値は余命ではない

 進行がんの生存期間を表現する際に、生存期間中央値がよく使われます。

 中央値とは、文字通り、”真ん中のデータ”です。

 100人の患者さんの生存期間のデータがあったとすると、50番目の患者さんの生存 した期間のデータになります。

 平均のデータではありません。

 なぜ、平均値を使わないのか?というと、がん患者さんの生存期間は、平均値の付近に集束するような正規分布にならないからです。

 がん患者さんの生存期間のデータは、ばらつきが大きく、正規分布になりません。

 早いうちに亡くなる患者さんもいれば、長く延命できる患者さんまで、幅広く存在するということになります。

 つまり、生存期間中央値6か月というデータがあったとしても、6か月の時点で、たくさん患者さんが亡くなったということを示しているわけではありません。

 医師が言う余命は、中央値のことを言っている場合があります。

 私のよく知っている有名な肺がんの専門医も、診断の時に、

 「平均的な余命が1.5年から2年くらい」と言うようにしているとのことです。

 専門医ですら、平均値と中央値の意味をよく知らない、また、知っていても、患者さんに説明するのが面倒くさいからと、

 「平均で、○か月」「だいたい、○か月」

 などと言ってしまう場合があるようです。

 患者さんは、たとえ、“中央値で○か月”、のように言われた場合も、冒頭の患者さんのように、数字だけが一人歩きして、“自分の命は、あと○か月”と勘違いしてしまうのではないでしょうか。

患者さんから、「私の余命は?」と聞かれたら

 では、患者さんから、

 「余命はどれくらいでしょうか?」

 と聞かれた場合、実際にどのように答えたらよいのでしょうか?

 余命は、○か月というように、平均で言えるものでもなく、断定的に言ってよいものでもありません。

 また、

 「誰にもわからないものです」

 と言うのも、患者さんの質問をはぐらかしているように思います。

 患者さんが余命を聞きたい理由は、

 “今後どうなってしまうか心配だから”

 不安な気持ちで、つい聞いてしまうのではないでしょうか?

 そのような場合、我々がまずすべきことは、

 「今後のことが、心配なのですね」

 「誰でもそのように不安な気持ちになると思います」

 「今後のことで、何か気がかりなことはありますか?」

 のように、

 患者さんの言葉の背景にある”不安な気持ち”を探索し、共感していくような姿勢ではないでしょうか。

 このように患者さんに問いかけますと、

 「実は、先生……」

 と、色々なことを話してくださいます。

標準治療の功罪

 ガイドラインが整備され、標準治療がどこの病院でも行われるようになった現代で、

 「標準治療は終了しました。もう治療はありません」

 のように、患者さんに一方的に告げることは、患者さんにとっては、絶望的な言葉に聞こえます。

 その上、

 「余命○か月」

 と言われてしまっては、患者さんは、ダブルパンチを受けることになり、立ち上がることすらできなくなります。

 進行がん患者さんで、標準治療で治療がうまくいかなくなってきた場合、今後について患者さんと話し合っていくことは、主治医にとっても、また患者さんにとってもつらく、困難なことだと思います。

 かといって、そのような対話を避け、

低用量抗がん剤をやったり、

効果がほとんど期待できないような抗がん剤治療を安易に続けたりすることは、

患者さんの本当の意味での“希望”になるものでもありません。

 医師が現実から逃げたら、患者さんは、路頭に迷うばかりです。

 つらい現実に医師である我々がまず、そこから逃げないで、真剣に考えていくことが大切だと思っています。

参考

1.Morita T, Akechi T, Ikenaga M, Kizawa Y, Kohara H, Mukaiyama T, et al. Communication about the ending of anticancer treatment and transition to palliative care. Ann Oncol. 2004;15(10):1551-7.

2.TBS「余命1ヶ月の花嫁・乳がん検診キャラバン」の内容見直しを求める要望書提出について

2 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点の一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事