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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(42) 見過ごされている知的・発達・精神の障害

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 生活困窮や貧困の問題を考えるとき、見落とされがちなのは障害のことです。知的障害にあたる状態でも、障害の認定を受けていない人が大勢います。障害が見過ごされていることが多いのです。知的能力が境界域(ボーダー層)で障害とされないレベルの人も相当います。発達障害、精神障害についても似た状況があります。生活保護や生活困窮者支援を現場で担当する職員に聞くと、そういう人たちに日常的に出会うと言います。

 軽度の知的・発達・精神障害の人たちは、社会生活でうまくいかない場合があるほか、就職を望んでもなかなか採用されないこと、働いても長続きしないことがあります。これは能力の個人差に加え、産業構造の変化も関係しています。単純労働や職人的な仕事が減り、求人の多くがコミュニケーションや複雑な判断を要する仕事になってきたからです。自分の生活費を稼げないのは努力不足だ、働く能力があるのに生活保護を受けている、などと簡単に自己責任にできるような問題ではないのです。

知的障害とは、どういうものか

 知的障害の原因は様々です。染色体や遺伝子の異常、母胎環境の異常といった生まれつきの場合が約8割とされますが、出産時のトラブル、生後の感染による脳炎、外傷、窒息、虐待などでも生じます。

 知的障害のある人は、障害者手帳(療育手帳)や障害福祉サービスの対象になり、障害の程度が一定以上なら障害年金を受けられます。このうち療育手帳は、知的障害者福祉法にも児童福祉法にも規定がなく、1973年の厚生事務次官通知に基づき、都道府県または政令市が規則や要綱によって、障害と判定した人に発行しています。東京都は「愛の手帳」という名称で4段階に分けていますが、自治体によって重いほうからA、B1、B2の3段階だったり、A、Bの2段階だったりします。おおむね18歳未満までに生じた障害が対象になるようです。

 知的能力とは何かを定義するのは難しいことです。そこで開発されたのが知能指数(IQ)を算出する検査です。よく使われるウェクスラー型知能検査では、同じ年齢の母集団の平均得点を100とし、本人の得点がそこからどれぐらいずれているかを示します(田中ビネー知能検査でも成人では同様の算出方法を用いる)。ただし、知能指数の検査だけで知的能力の総体は測定できません。身体運動能力の総体を算出できるテストがあるかというのと似た話でしょう。

 実際の障害の判定では、知能指数だけでなく、生活の状況や介護の必要度なども加味して総合的に判断します。その際、重度のIQの目安は国が35としていますが、軽度のIQの目安は、75程度以下としている自治体もあれば、70程度以下とする自治体もあります。障害とされる範囲が地域によって違うのは妙なことです。なぜ国レベルで法律に基づいて統一した基準を作らないのか、不思議です。

東京都心身障害者福祉センター「愛の手帳」の判定の目安(18歳以上の場合)

区分知能指数社会生活具体的には、たとえば
4度
(軽度)
おおむね
50~75
簡単な社会生活の決まりに従って行動することが可能日常生活に差し支えない程度に身辺の事柄を理解できる。新しい事態や時や場所に応じた対応は不十分。日常会話はできるが、抽象的な思考が不得手で、こみいった話は難しい
3度
(中度)
おおむね
35~49
何らかの援助のもとに社会生活が可能ごく簡単な読み書き・計算ができるが、それを生活場面で実際に使うのは困難。具体的な事柄の理解や簡単な日常会話はできるが、日常生活では声かけなどの配慮が必要
2度
(重度)
おおむね
20~34
社会生活には個別的な援助が必要読み書きや計算は不得手だが、単純な会話はできる。生活習慣になっていることであれば、言葉での指示を理解できる。ごく身近なことは身振りや2語文程度の短い言葉で自ら表現できる。日常生活に個別的援助を必要とすることが多い
1度
(最重度)
おおむね
19以下
生活全般にわたり常時、個別的な援助が必要言葉でのやり取りやごく身近なことの理解も難しい。意思表示はごく簡単なものに限られる

知的障害者は、療育手帳を持つ人の数倍いるはず

貧困と生活保護(42) 見過ごされている知的・発達・精神の障害

 療育手帳交付台帳の登載人数は2015年3月末で、97万4898人。14年10月の推計人口1億2708万人を分母にすると、0.77%です。年齢層別で見ると、18歳未満の手帳交付者は24万6336人(人口比1.24%)、18歳以上は72万8562人(人口比0.68%)です。

 一方、十分に大きな集団で知能検査をすると、その得点の分布は「正規分布」という釣り鐘に似た形のグラフになります=図。ウェクスラー型知能検査で、ばらつきの程度を示す標準偏差は15なので、統計学的な理論値は、IQ70以下なら人口の2.28%、75以下なら4.78%になります。単純計算すると290~607万人、現状の3~6倍が手帳を取得してもおかしくないわけです。

 知的障害レベルでも療育手帳を持っていない人が非常にたくさんいることは、確実です。年配の人の場合、かつては特別支援教育も不十分で、周囲も本人も知的障害と思わずに過ごしてきたケースが多いのでしょう。若い世代でも、普通に高校を卒業して、30代になって知的障害ではないかと言われ、療育手帳を取った人もいます。なかには大学卒でも知的障害と思われる人がいます。

 さらに、知的障害の判定は人工的な線引きにすぎません。人の能力の分布は連続的なので、それより少し上の層の人たちも、社会的にある程度、不利になりやすいわけです。そういう層を、明確な定義はないものの、IQ80または85までを目安に「知的ボーダー」と呼ぶことがあります。理論的にはIQ80以下は人口の9.12%、IQ85以下だと15.9%にのぼります。同じ学年の1割前後が知的能力の面で不利というのは、実感とかけ離れたものではないでしょう。

知的障害の人の特性と生活困窮

 知的なハンディキャップのある人も、感情は一般の人と変わらず、プライドもあります。軽度の知的障害の人の場合、日常会話は普通にでき、筆者の経験上も、少し話したぐらいでは障害とわかりません。運転免許を取る人も少なくありません。根気のいる単調な作業は得意な人が多いようです。

 一方、たくさんのことを長く覚えていることや、抽象的な概念、複雑な思考は苦手で、言葉の表現力が乏しいのが一般的です。計画立てた生活や計画的な金銭管理も苦手です。悪徳商法など他人にだまされやすい傾向もあります。そうしたことが、就労時の不利やトラブルに加え、生活面での困窮にもつながりやすいわけです。計画性の不足や劣等感を背景に、パチンコやギャンブル、酒などにはまってしまうこともあります。

 一部には万引きをはじめとする刑事事件を繰り返す人もいて、刑務所の受刑者には、知的障害の人がかなり多いことが指摘されています。しかし、ほとんどは療育手帳を持っていません。本来は刑罰以前に、障害への気づきと福祉的支援が必要な人が多いのです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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