木之下徹の認知症とともにより良く生きる
介護・シニア
生きる価値を生むまなざし 認知症新時代のキーワード
もと大企業幹部、佐々木博さん(仮名、85歳)。何回目かの受診。かれこれ1年前からのお付き合い。
私は、当の本人にご自身の認知症の状況を伝えます。
1年前、佐々木さんはひとりで来院。
私「前々回、長谷川式は満点でした。しかし、前回の検査では○○○という所見が得られました」
佐々木さん「はあ」
私「従いまして現時点で判断すると、あなたはアルツハイマー型認知症です」
佐々木さん「はあ」
私「いまお伝えした検査結果。ここに書きました。お渡しします」
佐々木さん「あー。どうも」
遅延再生障害、すなわち記憶しづらさがあれば、口頭で伝えたことが記憶されづらい。当院には佐々木さんのように、一人で来られる人も増えています。その場合には、得られた検査結果、脳の磁気共鳴画像(MRI)の読影結果とか神経心理検査の結果と解釈、それと日常生活のアドバイスなどを紙にしてお渡ししています。
ただ、日常診療においては、この書類作成、結構時間のかかる行為。そもそも診療報酬体系に組み込まれていない。業務を圧迫し、いまの状況では受診者すべての人の要望に応えることができず、十分ではないのですが。それでも努力したいと考えています。愚痴というか、今後保険診療上においても必要になろうかと思い。
そして、2か月後のある日。
私「そういえば、佐々木さん。例のカラオケサークル。いま、どうされているのですか」
佐々木さん「あ、あー」
私「そうですかあ」
佐々木さん「いやあ。まあね」
煮え切らない。たぶん、もう行かなくなったのだろう。友達や地域の縁を自ら断ち切ってしまう人は多い。認知症と診断されたせいで、ずっと家に引きこもってしまう。そういう自分を友達に知られたくない。「普通」を装って振る舞うには、もう気力がない。
たしかに、いまの時代の「認知症」に関する雰囲気。あまり好ましいものではありません。真正面から「あなたは、アルツハイマー型認知症です」と言われると、きつい。
そう言われた本人。その人自身がもつ認知症のイメージ。たぶん、劣悪。
「そのうちに子供のことがわからなくなる」「暴言暴力が出現する」「さらには自分のこともわからなくなる」「同じ動作を延々と繰り返す」などなど。自分がそうなるのかもしれない。そう思ってしまう。
認知症を外から見てわかる、あるいは、簡単な対話をすればわかる、と思っている人は多いのかもしれません。たしかに、そういう認知症の人もいます。ともすると、いまの医療や介護の現場での主流の意識かもしれません。地域の認知症の勉強会でも、いわゆる「処遇困難事例」がメインのテーマとなっている現場に遭遇したこともあります。見るからに大変だし、実際に大変だし。
でも、いまや認知症、1000万人時代。この時代における認知症の人々の大多数の姿は、おそらくそうではない。見た目も対話もおかしくない。ふつう。ただ、ある能力に陰りを、しかも本人だけが感じている。認知症全体から見た場合、こっちが大多数。私はそう思っています。
傍 から見てわかりづらい。でもテレビであれば、エッジをきかせる。なにか際立つものを映像にしなくては、と製作者は思うはず。傍から見てわかりづらいものをそのまま映像にする。それは難易度が高い。なにかを失敗してくれないとテレビにできない。
先日も民放でまさに、なんども「意味なく」同じ場所を数えきれない程、行き来する認知症の人の映像が映し出されていました。これは事実でしょうし、家族は大変であることには全く異論がありません。可及的速やかなる「対策」が求められます。この場合の議論すべき方向性とは、そういう困窮状況の人々をどう救うか、といったセーフティーネット(安全網)の仕組み。たしかに、いまの日本は、セーフティーネットが充足しているとは思えない。私自身も、介護保険が始まるのと同時期に、主に認知症を診る在宅訪問診療を十数年間していました(いまもしていますが)。思い返せば、セーフティーネットの構成員だったように思います。十分にその役割を担いきれていたのかは別ですが。
この姿が「認知症」の実際の姿の代表である。そんな認識で「認知症」を考える。たしかにともに暮らす家族の苦悩の顔が浮かびます。
「心中を考えるか」
追いつめられ、孤立すれば思わずそんな言葉も頭をかすめる。それはそれは大変で大事な話です。
しかし、そういう視点によって(先の番組が編まれたのでしょうが)、もしかして、かえって姿を隠してしまう重大な苦悩があるように思うのです。それは認知症の人自身の苦悩そのものです。先の番組では同じ場所を何度も行き来する人のインタビューはありませんでした。さらには、これから認知症になる人々の不安です。
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