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木之下徹の認知症とともにより良く生きる

介護・シニア

生きる価値を生むまなざし 認知症新時代のキーワード

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 厚労省は認知症施策について、2012年にある考え方(「 今後の認知症施策の方向性について 」)を示しました。「『認知症になっても本人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で暮らし続けることができる社会』の実現を目指す」というのです。

 その中で「認知症初期集中支援」という用語が目に飛び込んできます。この「初期」のかかる単語。すなわち「支援」なのか「認知症」なのかによって大きく考えるべきことが変わります。初期の「支援」なら、大変な状況の認知症の人々と一刻も早く出会うことが大切、と思うことでしょう。初期の「認知症」の人の話であれば、認知症の人自身の苦悩やこれから認知症になる人々の不安に向き合う必要があります。この文章を読む限り、初期の支援、の話のようです。これがいまの医療介護の日本の現実でしょう。

 ちなみに、イギリスのスコットランドの話。最近では テレビ でも放送されました。なんと、2002年に、ジェームズ・マキロップさんという人が中心になって、認知症の本人が運営する「スコットランド認知症ワーキンググループ」なるものを立ち上げました。スコットランド自治政府の認知症施策に大きく影響を与えています。

 スコットランドでは今や、認知症と診断されたその日からリンクワーカーによる支援を(政府の負担で)無料で受けることができます。リンクワーカーとは、認知症と診断された人が、これから受けることができる様々なサービスを整理して、実際に つな げる人のこと。このリンクワーカー。私もそれを読んだ当初、なかなかイメージできないでいました。

 昨年、マキロップさんが来日しました。ある人がリンクワーカーの説明を求めました。彼は「交通整理をするおまわりさんのごとくだ」、と言ったそうです。なるほど。その話を聞いて、  に落ちました。その人のニーズを聞き、そのニーズに応える支援者を整理する人。日本で言えばケアマネジャーのような役割。しかし、ケアマネジャーとの大きな違いは「介護」という立脚点に立つものではない。認知症の人、その人のしたいこと、その人のニーズにストレートに応えようとする。佐々木さんで言えば、カラオケサークルにまた繋げてくれる人を探す。あるいは、そうではない新たな繋がりをつくる手伝いをする人。そう私は理解しています。

 先ほどの「認知症初期集中支援」の話になぞって言えば、「初期の認知症」の人への支援、という視点が確立しているのです。日本でも2015年1月27日、認知症の人である丹野智文さんや藤田和子さんが首相官邸に招かれ、安倍首相と意見交換をしました。ここ数年ですが、日本でもやっと動き始めたのです。

 医療の話です。

 MCI(似た概念でこれ以外の呼び名もあります)という言葉も有名になりつつあります。軽度認知障害。SCI(似た概念でこれ以外の呼び名もあります)などという言葉もあります。主観的な認知障害。医学的には軽度認知障害や主観的な認知障害は、認知症ではない、という理解をします。

 当院には、そういう方々も受診されます。ご本人は以前と比べて、どうもおかしい、と思っている。いろいろと検査をする。しかし、明瞭な認知機能低下を見つけることができない。簡易検査。有名なところでは長谷川式簡易認知症スケール。満点。長谷川式で見つけることは難しい。しかし、それでも認知症。そういう方も、当院ですら少なからずおられます。当院での詳しい検査をやっても、1回の検査で確定できないこともあります。すべての認知機能の能力について、つまり、記憶する力、注意を向ける力、推論をする力、などが認知機能なのですが、いまの実際的な医療のレベルでは、すべてを くま なく調べるには至っていない。そういう道具立てが完備していない。これからは、いまの認知症の時代にふさわしいものを開発する必要があります。

 一方、そもそも認知症そのもののある重要な性質もあります。医療機関で行う検査は、多くは「その時」にその人の状態を判断するために行われます。認知症の神経心理検査(認知機能の様子を調べる検査)も、そうです。つまり、平均的な集団の検査結果と、検査された人の検査結果とを比べることで、認知症であるか否かを判断しようとするものです。

 しかし、認知症診断の本質に照らし考えると、その人の認知機能の「変化」が不可欠です。認知機能が高かろうが低かろうが、ずっと同じであれば、認知症とは診断されないのです。したがって、ある時点における認知症の診断とは、「平均的な集団との比較によって認知機能が低下している」という証拠をもって、その人の(確認できなかった)過去の認知機能が「変化」し今に至った結果だと思って間違いがない、と類推しているのです。

 上述の小難しい話。いまの時代、自分の認知症が気になり一人で受診する人々が認知症医療を理解する上では欠かせない内容です。なにせ自分の認知症、自分の人生の新たなステージのスタートの話なので。

 認知症の本人が、カラオケサークルに再び行く。首相官邸に招かれる。さまざまなメディアを通じて、意見発信を行う。国も医療も、またそれにふさわしい支援の形を模索する。 俯瞰ふかん してみればいまそれぞれの立場で、新たな認知症の時代に向かって、動き始めています。認知症そのものと敵対しても、他人ごとにして蓋をしても、これからますます強大な動きになります。抗しがたい。大きな波にのみ込まれるだけ。認知症の新たな時代。認知症の人自身が認知症とともにどう暮らすか。社会も認知症をうまく取り込み成熟する必要に迫られています。

 認知症の「問題」とされるテーマとして、原因疾患そのものから由来するものがあります。認知症医療を考える点では、大切です。例えば、発汗、呼吸、血圧調整など身体の失調や記憶、注意などの認知機能の低下に由来するもの。一方で、それ以外が原因で生じる、認知症の「問題」の多くは、人と人との関係性の問題に帰着できる。私はそう思っています。「あたかも病気に特有だと思えた周辺症状などない」という私の主張も、そういう認識(周辺症状といわれている多くは関係性に由来するもの)に基づきます。

 したがって、そういう問題を回避するという特効薬のような手段を見いだすことに注力するのではなく、まずはその原因を理解していくことが、いわゆる問題解決の根本的な糸口だとも思っています。

 もっと俯瞰すれば、自分ごとして認知症を考え、心構えることの大切さが見えてきます。いまの自分自身の人間関係を見つめることです。認知症に出会えたおかげで、私自身、周りの人々との関係性にまで「思い」が、そのことを知らなかった以前よりも、芽生えています。

 例えば、相手の問題点を見つけようとすれば星の数ほど見つかる。自分の問題点を棚上げして、自分の意に沿わせようと、人の欠陥を指摘し続ければ、どうなるのか。その先の説明はいりませんね。人が2人以上いれば、そこに人間関係が生じます。それが社会を生み、文化を育みます。すでにそこには、個人に還元できない「思い」が根付きます。

 その「思い」ってどのようなものなのか。まずは周囲の人々への自分のまなざしを今一度振り返ってみる。そして相手から自分へのまなざしを想像する。それだけで、多くのことを教えてくれるはずです。その個人の存在を超えた、関係性によって紡がれるものが、「人」として生きていく価値を生み出します。それは「親しみ」であったり、「喜び」であったり、「楽しみ」であったり、「慈しみ」であったり、「愛」であったり。それらで満ち あふ れていたら。その人は、なにものにも代えがたいものがある、と確信できるでしょう。

 それが認知症新時代のキーワードだと思うのです。

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kinohsita

木之下徹(きのした・とおる) のぞみメモリークリニック院長

 東大医学部保健学科卒業。同大学院博士課程中退。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し認知症の人の在宅医療に15年間携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリ―クリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。首都大学大学院客員教授も務める。ブログ「認知症、っていうけど」連載中 http://nozomi-mem.jp/

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