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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第59話 10月11日は、ナショナル・カミングアウト・デイ

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ワシントンマーチをきっかに制定

 先週10月11日は、ナショナル・カミングアウト・デイ。日本では(当事者も含めて)あまり知られていないかもしれませんが、1988年に米国ではじめて呼びかけられ、今年で29回を数えます。

 現在カミングアウト・デイを主宰するのは、アメリカの人権団体ヒューマン・ライツ・キャンペーン(HRC)財団。同財団はLGBTを始めとする性的マイノリティーの人権擁護に取り組んでおり、雇用や商品開発についてLGBTフレンドリー視点での企業格付け「コーポレート・イクオリティー・インデックス」を発表していることでも知られています。

 時は1987年10月11日、レズビアン・ゲイの権利を求める第2回ワシントンマーチが開催され、50万人もの人びとが集結。この余韻のなか、集まった活動家から、性的マイノリティーを攻撃する動きに反撃するためにもカミングアウトを祝う全国的な記念日を制定するというアイデアが生まれました。そして、ワシントンマーチゆかりの10月11日が、その日に選ばれたというわけです。

 カミングアウト・デイには、学校やコミュニティーなどさまざまな場所で、展示や集会、パレードなどイベントが行われ、身近な場所に、そしてどこにでも、性的マイノリティーがいることを訴えかけています。

 また、多くの著名人がこの日に賛同し、あるものは応援のメッセージを発し、あるものは自身もゲイやレズビアン、トランスジェンダーであることをカミングアウトし、多くの当事者への励ましと社会への啓発の役目を果たしています。2002年に発売されたチャリティーCDには、シンディー・ローパー、クイーン、k.d.ラング、ジェイドエステバン・エストラーダ、サラ・マクラクランらが参加しています。

キース・ヘリングがシンボルマークを描いたカミングアウト・デイのバッジ

キース・ヘリングがシンボルマークを描いたカミングアウト・デイのバッジ

 私も1992年にサンフランシスコを友人たちと訪れたときもらったカミングアウト・デイのバッジを、いまも大事に持っています。自身もゲイであり、のちにエイズにたおれたキース・ヘリングが描いたシンボルマークですね。

 HRCのカミングアウト・デイHP

相手との関係を紡ぎなおす長いプロセス

 自分がゲイやレズビアンであるなど性的指向に関すること、あるいはトランスジェンダーなど性自認に関することを他人に伝えることをカミングアウトと呼んでいます。

 ただ、この言葉の日本での使われ方を見ていると、たんに「秘密(それも世間的には知られたくない秘密)の告白」といった意味で流通しているのは気になる点です(そんなバラエティー番組もあったと記憶します)。前節で紹介したように、元来は性的マイノリティーを攻撃する勢力へ対抗するための、もっとアクティブな用語だったのですから。

 カミングアウトは、まずは「自分へのカミングアウト」があるといわれます。この言葉はcoming out of closet(クローゼットから出る)を詰めたもので、人に言うことがカミングアウトの本義ではなく、自分自身の性的指向や性自認を認め、それを受け入れ、自分で自分を肯定する段階がまずあります。自分自身を取り囲んでいたクローゼット(押し入れ)の暗黒から、まずは自分を解き放つのです。

 自分とおなじ仲間に会ってみる、コミュニティーと言われる場(バーやサークル、イベントなど)へ出かけてみるなどは、その流れのうえにあります。

 そのうえで、他人(おもに異性愛の)へそれを告げる・告げないは、人それぞれの判断です。

 もし告げた場合、カミングアウトされたほうから「なんでそんなプライベートなことを言うの?」という反応があるでしょう。性は、それほど「プライベート」なこととしか思われていないのです。

 しかし、言わなければ社会は人を異性愛の前提で扱い、「異性の恋人はいるの?」「それはどんな人?」「結婚は?」「子どもは?」「結婚しないと寂しいでしょ」「結婚しないのはどこか病気なの?」と際限なく追いかけてきます。その場を取り繕うとついた小さなウソが、転がるうちに制御しきれぬ大きなウソになって自身を押しつぶす経験をした人も少なくありません。

 性的少数者には現在もあまりにも誤解が大きく、ゲイといえば女装、レズビアンといえばポルノといったステレオタイプなイメージがなお根強いのは確かです。そのため親は怒って勘当を言い渡したり、逆に自分の育て方に間違いがあったのかと自責の念にかられたりする場合もあります。しかし、リスクを冒してまで告げるのは、「私はあなたが思いこんでいるような異性愛ではないけれど、それを踏まえてあなたとの関係を結びなおしたいのだ」というメッセージにほかなりません。

 カミングアウトは一度で終わるものではなく、相手との関係を紡ぎなおす長いプロセスと言われるゆえんです。

母へ、そして弟たちへの、カミングアウト

 私自身のカミングアウト経験は、学生時代から対外的に活動していたため、学園祭や集会で講演したり雑誌に寄稿したりするなどの社会的カミングアウトが先行するという、多少「いびつ」なかたちで始まりました。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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1件 のコメント

シスコでアウト、アメリカ人の反応

カイカタ

私は、家族にはいっさいしておらず、今後もするつもりはないですし、友人や知り合いにもするつもりはありません。そもそも、プライベートなことですし、ち...

私は、家族にはいっさいしておらず、今後もするつもりはないですし、友人や知り合いにもするつもりはありません。そもそも、プライベートなことですし、ちなみに異性である女性と結婚することもあり得る面もある指向ですので、その意味で問題はないので。もち、結婚までする相手の女性には必ずその辺を伝えようと思っていますが。

ただ、20年前シスコで大学生だった時は、ゲイでしかないと思っていたので、その時、やや親しくなったアメリカ人の大学の友人に試しにアウトをしてみたことがあります。彼はとてもリベラルな人だったので、問題ないと思いましたが、その通り問題なく受け入れてくれました。そして、こんな言葉を言ってくれたのを覚えています。
「君がゲイであることで、友達をやめるような奴がいれば、そいつは君の友達である価値のない人だから、そんなことが起こっても傷つく必要はないよ」と。仮に拒絶されるようなことがあれば、そう考え、あっさりと流してしまうのも方法かも知れません。

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