QOD 生と死を問う 第3部
連載
[QOD 生と死を問う]意思決定(2)認知症の人の医療、誰が選択
手術・救命措置…医師や家族悩む
医療の現場で、認知症の人の意思をどう尊重するかが課題になっている。手術や延命治療など生命に関わる医療行為には本人の「同意」が不可欠だが、認知症の進行で判断能力が十分でなくなったり、意思を確かめるのが難しくなったりするためだ。本人にとって良い選択とは何か、模索する動きを追った。
■ 確認できない
東京都内の病院で2年前、アルツハイマー型認知症の男性(73)に大腸がんが見つかった。「初期の段階で、治る見込みもある。手術を受けてはどうですか」。担当医は、自宅で2人暮らしをする妻(75)に尋ねた。
男性は、認知症と診断された8年前に、最期の時をどう過ごしたいかについて「エンディングノート」に書いていた。妻がページをめくると、「病気が見つかっても入院したくない」「手術をしたくない」との思いがつづられていた。
「男性の意思を尊重すべきか」。担当医は悩んだが、認知症が進行した今、同じ思いかどうか確かめられない。妻にも認知症の症状がみられ、在宅介護は限界だった。未治療のがん患者を受け入れる介護施設は少なく、関係者と話し合いを重ねた結果、妻が同意書にサインして手術が行われた。
認知症の人の支援に携わる都立松沢病院の井藤佳恵医師は「事前に示された意思を尊重すべきだったのかもしれない。ただ、本人が最期をどう迎えたいかももちろん大切だが、現実には、家族の介護力や経済状況が大きく関係する。判断はケース・バイ・ケースで、正解はない」と話す。
■ 対応はバラバラ
認知症の高齢者が増える中、医師や家族が終末期の医療の決断を迫られるケースが増えている。
京都府立医科大の
家族がいれば、ほとんどの医師が家族の意見を「同意」とみなしていた。ただ、本人の意思が分からず家族が延命治療の決断に悩んだり、家族間で意見が対立したりといった問題もある。身寄りがない場合、病院の事務長が手術の同意書にサインするケースもあった。
■ ガイドブック作成
成本教授の研究グループは15年、認知症の人の医療選択にかかわる医療関係者や家族をサポートするガイドブックを作成した。
医師や看護師向けには、「静かな環境をつくる」「一文を短く」などコミュニケーションのポイントを紹介。認知症が軽度の場合は本人を中心に話を進め、重度になるにつれ、生活をよく知る家族や介護関係者の意見を聞くよう促した。
家族に対しては、口から食べられなくなった時の対応や急変時の救命措置について、認知症が軽度なうちから本人とどう話せばいいか、ヒントを示している。このガイドブックを日頃の診察で活用している福知山市民病院(京都府)の川島篤志医師は、「本人と家族だけでなく、我々医療関係者とも話し合うきっかけになっている」と言う。
成本教授は、「誰か1人が本人に代わって決断するのは厳しい。医師や看護師、家族、介護関係者などが協働し、みんなで本人にとって良い選択は何かを検討する必要がある」と話す。
成年後見人の支援議論
医療の現場では一般的に、手術など生命にかかわる医療行為に「同意」する権限は患者本人だけが持つとされている。ただし、認知症などで判断能力が低下し、本人が同意を示せない場合は、「家族の同意」があれば手術できると判断されている。しかし、身寄りのない人は同意を得る手段がなく、「手術ができない」と悩む医師もいる。
認知症など判断能力が十分でない人を支える制度として、成年後見制度がある。ただ、現状では、成年後見人が本人に代わって手術などに同意することは、原則認められていない。
9月にスタートした成年後見制度に関する国の委員会では、認知症の人などの意思決定を、成年後見人がどう支援するかについても議論する見込みだ。
◎QOD=Quality of Death(Dying) 「死の質」の意味。
(手嶋由梨)
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