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筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌

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一括りにできない「私」と「あなた」で生きる

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一括りにできない「私」と「あなた」で生きる

ひまわりの種を見ながら語る母博子さんと岩崎さん

 前稿では、家族だけで生活を支える介護から、ヘルパー介助で生活を支える体制へとギアチェンジする必要性を書きました。この現在進行形の「航海日誌」。今、この稿を書きながら、相談員の及川さんや、医療と介護の支援者、行政の障害者支援担当者との協議が続いています。

 重度の障害者が生きるためには、医療と介護の手助けが不可欠です。しかし、人が生きる日常を見つめていくと、それだけではカバーしきれない重要な視点が他にもあります。これまでの連載では、ひとり暮らし実現に向けての取り組みを実況してきましたが、今回は少し立ち止まって。私が自分で暮らしを作ろうと思うきっかけ、「生活上のプライバシー」と「個人であるための自由」の大切さについて気づいたことを書こうと思います。

 誰しも、生きていると、時として一人にしておいてほしいと思うような場面があるのではないでしょうか。

 私は孤立に苦しみ、自殺を考えたことがあるので、ぽつんと一人でいるのはもうたくさんです。自身の無力感、他者への恐怖心から生じるような、人の生きる希望を (むしば) むタイプの孤独は (つら) いものです。とはいえ、孤独は悪いことばかりではなく、しがらみの煩わしさから距離を置けたり、誰にも気兼ねなく過ごせたり、静かにものを考えるには好ましい面もあります。孤独な夜に浮かび上がる言葉が、そのまま詩の創作につながることも多いです。

 身近な家族や知り合いと大げんかをしたとき、その場から一時的に遠ざかり、一人になって平静を取り戻そうとすることがあると思います。また親しい友達と込み入った話をしたり、恋人や夫婦だけで話したりしたいようなとき、仕事上の一対一での用談が望ましいときには、2人だけの空間を求めるでしょう。たとえ内密にせずとも問題ない話であっても、同じ部屋に誰かがいたり、もしくは気配を感じたりすると、誰もいないところとは違って、気を使って話すものです。発する言葉もどこかブレーキのかかった無難なものになってしまいがちです。

 気兼ねが日常化して言動が萎縮することは、人付き合いにも影響します。そうなれば、本人の人生の展開にも障害となってしまいかねません。体が動かせない障害者に介助が不可欠というのは、命や健康の維持に直結するので理解しやすいですが、こうした日常のプライバシー確保については、生活の質を保つのに欠かせない事柄にもかかわらず、軽く扱われてしまう場合が多いのではないでしょうか。

あたりまえの生活感覚を取り戻す

 37歳から仕事をするようになって、家族、ヘルパーや医療者以外の多様な人間関係が増えたことで気づきましたが、電話をするときも、来訪者があるときも、日常的に誰かに話を聞かれていたり見られていたりする環境で暮らすのは大変なことです。でも、長年にわたってこうした環境に 馴染(なじ) んでしまうと、別に窮屈だとも、異常だともはっきり感じられなくなってしまう。もどかしいなと思っても、介助なしでは生きられない身としては仕方ないと甘受してしまう。私自身、ついこの間までこういうものだと、あきらめていたところがあります。考えてみると、これは怖いことです。なぜなら、知らず知らずのうちに、あたりまえの生活感覚を 麻痺(まひ) させてきたことを意味するからです。

 プライバシー保護というと、住所や電話番号、勤務先や病歴などの個人情報の取り扱いにだけ焦点が当たりがちですが、ふだんの生活の中で対人コミュニケーション上のプライバシーが大切にされることも、身体的な介助と同様に、生活の質を保つためには欠かせない要素です。私は、終日人工呼吸器を付け、生活動作の全てに介助が必要なので、常に誰か介助のできる人が (そば) にいる暮らしがこれからも続きます。今は、公私の来客があるとき、電話やスカイプで話すときは、状況に応じ介助に支障のない範囲で、介助者や両親に一時的に席を外してもらったり、引き戸やカーテンを引かせてもらったり、十分とは言えませんが、できる工夫をしています。ひとり暮らしを始めたら、その工夫をさらに充実させていきたいと思います。

人に聞かれない自由

人に見られない自由

私空間を求める自由

私時間を過ごす自由

ありふれるだけに大切な

自分から立ち去れない苦しみ

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今年取れたひまわりの種。来年もまた花を咲かせてくれるはず

 以前、自著(詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』ナナロク社)の一文に、「母親を号泣させた。父親と激突した」と書いたことがあります。どの親子でも大なり小なりあること。私と両親もこれまでには、すれ違いや衝突をたびたび経験してきました。周囲から、けんかも () め事もない家族のように言われるときもあるのですが、聖人君子ではないのですから、当然いろいろ人間的な葛藤も抱えて生きています。考え方の違いや介護のことで、父と子で抜き差しならない衝突をしたのは数えきれません。私の心ない態度で、母を号泣させたときの光景は忘れることができません。

  (ひど) い衝突をして、どんなに腹に据えかねても、耐えがたい悲哀を感じたとしても、体が動かない私は、自分からその場を立ち去ることができません。また逆に、私の態度や言葉で親に耐えがたい思いをさせたこともあります。けんかをした直後、波立った感情が収まらぬまま、腹に据えかねた相手に介助を頼む方も、介助を頼まれる方も、互いを大事に思う愛情があるだけに、何とも言葉にし難い苦しみがあります。想像するしかできませんが、こうしたとき、自分が介護をしないわけにはいかず、その場を離れることができないという苦しみは辛いだろうと思います。

 けんかをして、頭にきて、 一時(いっとき) 「ぷい」と外に飛び出したり、自室に引きこもったりすることは、誰にでもよくある話だと思います。実際にするかしないかは別にして、私はこの「ぷい」と飛び出せる自由を持つことは、人が個人として自分の人生を生きるうえで、大切なことではないかと思っています。

腹に据えかねても

屈辱を感じても

動けない僕は自分から

この場を

立ち去ることはできないんだよ

人生を生き抜くための活路

 人は、子どもから大人に成長するにしたがって行動範囲が広がり、多様な人間関係を持つようになります。さまざまな集団のなかに身を置きますし、独自の世界も広がっていきます。

 障害のある子とその親を見るときに、親と子が一体とは言わないまでも、ひとまとまりの存在として考えてしまう人は多いのではないでしょうか。その子が、親の保護や教育が必要な幼少期ならそれでも支障はないですが、大人になってもそのままでいては、子は精神的にも独り立ちができません。たとえ親子であっても一 (くく) りにしないこと、親も子も一人の「個人であるための自由」を持てることが、それぞれ自分の暮らしをつくっていくには重要です。

 今、家族介護からヘルパー介助へとシフトさせて、私がひとり暮らしの自立を目指すことも、親には穏やかな老いを過ごし、人生の最終章を生き生きと全うしていくため、子である私には自分の人生を生き抜くための活路となると思っています。


分かり合えないところが

あって当然なんだ

たまにドカンとあっても

もめたりすれちがったりしても

ぼくは、父と母が好きだ


一括りにできない

「私」と

「あなた」で

それぞれが

一隻の船なのです

撮影・岩永直子

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岩崎 航(いわさき・わたる)

 1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳ごろ、筋ジストロフィーを発症する。現在は胃瘻と人工呼吸器を使用し、仙台市内の自宅で両親と暮らす。25歳から詩作を始め、2013年、詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、15年、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』(共にナナロク社)を出版。16年、創作の日々がNHKのETV特集で全国放送され、話題を集める。公式ブログ「航のSKY NOTE」で新作を発表中。

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