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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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日本の医療制度が破綻危機、何とかしなければ…

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 先週にイギリスの短期出張から戻り、時差ぼけも少なく仕事に励んでいました。いろいろな医療の記事を読んでいて、ほとんどは既に知っていることか、自分の予想の範囲内のことなので、 滅多(めった) に記事を見て、びっくりすることはありません。ところが、10月6日の日経産業新聞の記事(http://www.nikkei.com/article/DGXMZO08036870V01C16A0X11000/)には、久しぶりに度肝を抜かれました。

 超高額抗がん剤として話題を集めている「オプジーボ」の値段が、アメリカでは日本の4割、イギリスでは日本の2割で販売されているそうです。

 

医療費増は当然の成り行き

 自分が出演するラジオや、自分が書き下ろす原稿で、すでに「日本の薬の値段の算定システムはフェアである」と表明してきた自分にとっては、本当にびっくりする記事でした。

 日本では最初に悪性黒色腫という (まれ) な疾患に保険適用されたこと、そして日本で最初に薬剤として承認されたことなどが影響しているのでしょう。オプジーボの薬価の算定システムはフェアとしても、実際にイギリスでは日本の5分の1の値段で売られているというのでは、日本でのオプジーボの値段も当然に下げるべきです。ところが、薬価は2年ごとに改定されます。さすがに厚生労働省も超高額であることを認識して、通常の2年を待たずに薬価を下げるようですが、半額に下げても、アメリカよりも高いことになります。半額に下げてもイギリスの2.5倍の値段です。とんでもなく高いですね。

 僕は、とんでもなく高くても、日本の経済が順風満帆ならばそれほど問題ではないと思っています。ところが日本経済は残念ながら (あえ) いでいます。そして、 日本の医療費(概算)の総額が前年度から1.5兆円増加して、41.5兆円になりました 。この原因は高齢化の進展と高額薬剤の使用頻度の増加にあると解説されています。この医療費の増加を 補填(ほてん) するだけの経済成長はとても見込めません。

 41.5兆円は、とんでもない高額です。そして、ここにはトリックがあって、この値は医療機関からの診療報酬請求に基づく集計の速報値で、労災や全額自己負担分の医療費は含まれていません。その上、実は200万人を超える生活保護の方々の医療費も含まれていないのです。

 2025年には、団塊の世代がすべて後期高齢者となります。75歳以上になるということです。団塊の世代とは1947年から1949年、つまり昭和22年から昭和24年に生まれた人々で、その3年間の年間出生数は毎年260万人を超えています。2015年に生まれた赤ちゃんは約100万人ですから、団塊の世代がどれほど多いかがわかります。つまり日本の人口構成で高齢化は避けられません。

 そして、サイエンスが進歩して、医療が高度化し、高額薬剤が登場し、一人当たりの医療費が増加することは当然の成り行きです。

 

日本の保険制度の素晴らしさは?

 つまり、医療費を今までのような国民皆保険制度でカバーするのはそろそろ限界なのです。日本の保険制度の素晴らしさは、基本的に全員が加入していること、そしてどこの保険医療機関にも自由にかかれること(フリーアクセス)です。

 さて、イギリスの話をします。イギリスにも国民皆保険制度があります。NHSと呼ばれるもので、イギリスに住んでいれば外国人でもその制度を利用できます。僕もオックスフォードで勉強した5年間は、この制度にお世話になりました。基本的に医療費は、ほぼ無料です。

 日本のシステムとの最大の相違点は、フリーアクセスではないということです。自分が住んでいる地域内で、かかりつけ医を見つけて登録しなければならないのです。そして、どんな病気でも、このかかりつけ医がまず診察、治療し、必要に応じて専門医に紹介するシステムになっています。つまり皆保険制度を利用してのフリーアクセスは完全に否定されています。

 また、日本では、病院やクリニックなどの診療機関は患者さんに施した医療費の自己負担分を除いた金額を保険請求できます。1年間にいくら使おうが、必要な医療費であればすべて償還されます。償還とは、一時的に医療機関側が支払ったお金(債務)を返済してもらえるという意味です。ところがイギリスでは、1年間に使用できる医療費が医療機関ごとに決まっています。つまり総量規制が働いています。ですから、かかりつけ医でも簡単に薬はくれません。風邪で受診しても、薬剤が処方されないこともあります。

 日本のようにフリーアクセスで総量規制がない制度と、イギリスのように初診では、かかりつけ医に行くことが義務付けられて総量規制が働いている制度では、当然にイギリスの方が窮屈です。また、適切な医療がうけられないリスクはイギリスの方が高いとも思われます。

 しかし、医療費が高騰する中、何か手を打たなければ日本のすばらしい医療制度は早晩破綻します。何か変化が起こるときに、窮屈になってリスクが増えることは、誰もが反対です。でも、制度が潰れるよりはましですよね。

 例えれば、日本では、どこのレストランで、どんなものを食べても、それが必要とされる範囲内なら、7割から10割を補助されていました。そして高額療養費制度があるので、ある程度を支払ったら、それ以上は暦月内ではいくら注文しても自己負担は増加しないのです。ところがイギリスの制度は、行きつけの食堂を決めて、1年間にその食堂が全体として使えるお金が決められているのです。その食堂でどうしても満足できないときに他を紹介されます。でも、そんな食堂の制度でも、イギリス人は誇りに思っています。そして日本の制度よりも長期的には存続可能だと思われます。

 そろそろ真剣に医療サービスの担当者が、政府が、そして国民が、将来の医療制度を考える時期に来ていると思っています。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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