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医療・健康・介護のニュース・解説

健康の自己責任論は不毛 公衆衛生の立場から

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住んでいる国や地域による命の格差もある

近藤尚己さん

近藤尚己さん

 住んでいる場所の環境も生活習慣に大きな影響を与えます。治安が悪い、緑地や公園が少ない、交通の便が悪い、といった地域に住む人ほど、運動不足やストレスが高く、生活習慣病になりやすいことが知られています。政策や文化、そして所得格差も関連します(6)。

 厚生労働省研究班が発表したデータによれば、健康寿命には大きな都道府県格差があります。男性トップの愛知県とワーストの青森県では、2.8歳もの開きがあるのです。青森県の男性は、愛知県の男性に比べて自堕落なのでしょうか? そんなわけはないでしょう。

人々の命を守るしくみとは

 健康格差の問題とどう付き合っていけばいいでしょうか。

 まず第一に、「見える化」が不可欠です。都道府県間の格差だけでなく、市区町村などもっと細かく健康格差を評価すること、また、世帯状況(1人親世帯かなど)、所得や学歴、雇用状況(例えば正規雇用か非正規雇用か)など、暮らしぶりによる健康格差を継続的に確認して、対応をしていくことです。

 第二に、個人の自助努力のみに期待するのではなく、国や地域社会のしくみをターゲットとした予防対策を重視することです。高血圧や高脂血症など、病気のリスクの高い方や、すでに病気を持つ方々への個別のケアをしていくことはもちろん大切ですが、それだけではいたちごっこになります。治療をするそばから新しい患者が生み出されていくのを止めることができません。例えば、受動喫煙防止法制化や交通安全対策、歩きやすい歩道の整備、公的保険制度など政府による政策です。フットワークの軽い自治体にこそできることもあります。東京都足立区では、糖尿病の健康格差対策として、区内約600の飲食店と連携して「野菜増量メニュー」を提供する「あだちベジタベライフ」を実施しています。野菜増量メニューを手軽に食べてもらうために、「50円割り引きキャンペーン」なども手掛けています(リンク: あだちベジタベライフ ウェブサイト )。

 社会的なストレスを抱えている人でも、無意識に生活習慣が良くなるようなしくみも必要です。修行のように健康づくりを目指すのではなく、楽しく、より自然に健康な生活を送ることができるしくみを整えていくことが求められます。例えば、ポケモンGOのような携帯端末を使ったゲーム感覚の運動促進のしかけは、健康づくりに無関心な人を惹きつけられるという点で魅力的です。

 予防は医療費の点からも大切です。医療費の高騰の主な原因は、高齢化でも貧困でもなく、医療技術の進歩である可能性が有力視されています(7)。医療技術は日進月歩であり、昨今、技術の高コスト化も懸念されています。患者を自業自得として切り捨てるというアイデアではなく、次々と生まれてくる新技術のコストをどうするのか、そもそも医療を必要としない人を増やすにはどうしたらいいのかを考えたほうがいいのではないかと思います。

 そして第三に、パートナーシップが必要です。健康格差対策は、医師や医療スタッフだけでは行えません。不健康の原因は、教育や貧困、働き方、消費行動など、医療とは直接は関係しないしくみの中にあるからです。政策を作る立場の人々、まちづくりを進める住民組織やNPO、そして企業などの事業者が連携して「健康なまち」を築いていくスタンスが必要です。先に示した足立区のベジタベライフはその好事例といえます。愛知県武豊町では、高齢者を主な対象とした住民主体の集いの場「憩いのサロン」事業を官民連携で進めています。サロン事業への参加者は、その後の要介護のリスクが半減していたことが研究の結果示されています(8)。そのような取り組みが今、各地で広がりつつあります。

頭はクールに、心は温かく

 以上のように、健康の自己責任論から生まれる有効な政策は考えづらく、不毛です。健康的な行動にかかわらず、人のふるまいには必ず理由があるはずです。

 頭はクールに、しかし心は温かく。一部の関係者の個人的意見を 鵜呑うの みにせず、可能な限り客観的で正確なデータを冷静に分析する態度、そして当事者、特に社会的に不利な立場にある人々への配慮を怠らない温かな想像力を大切にしたいものです。

  1. Wada K, Kondo N, Gilmour S, Ichida Y, Fujino Y, Satoh T, et al. Trends in cause specific mortality across occupations in Japanese men of working age during period of economic stagnation, 1980-2005: retrospective cohort study. BMJ 2012;344:e1191.
  2. 世界保健機関. 健康の社会的決定要因確かな事実の探求(第二版)(和訳): WHO健康都市研究協力センター 日本健康都市学会; 2003.
  3. Felitti VJ, Anda RF, Nordenberg D, Williamson DF, Spitz AM, Edwards V, Koss MP, Marks JS: Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. Am J Prev Med 1998, 14(4):245-258.
  4. Suzuki K, Kondo N, Sato M, Tanaka T, Ando D, Yamagata Z. Maternal smoking during pregnancy and childhood growth trajectory: a random effects regression analysis. J Epidemiol 2012;22(2):175-8.
  5. Barker DJ, Osmond C. Infant mortality, childhood nutrition, and ischaemic heart disease in England and Wales. Lancet 1986;1(8489):1077-81.
  6. イチロー・カワチ. 命の格差は止められるか: ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業. 東京: 小学館(101新書) 2013.
  7. 兪炳匡. 「改革」のための医療経済学. 2006.
  8. Hikichi H, Kondo N, Kondo K, Aida J, Takeda T, Kawachi I. Effect of a community intervention programme promoting social interactions on functional disability prevention for older adults: propensity score matching and instrumental variable analyses, JAGES Taketoyo study. J Epidemiol Community Health 2015;69(9):905-10.

【略歴】

近藤尚己_120

 近藤 尚己(こんどう なおき)
 東京大学大学院医学系研究科 准教授 医師・医学博士

 2000年、山梨医科大学医学部卒業。同大助教、講師、ハーバード大学フェローなどを経て、現職。社会と健康との関係を統計的に解明する研究を進めている。近著に『健康格差対策の進め方:効果をもたらす5つの視点』(医学書院)、『社会と健康:健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ』(東京大学出版会・共著)など。健康や医療の記事を専門家のコメント付きで読めるアプリ「ヘルスナッジHEALTH NUDGE」プロジェクト・アドバイザー(URL:http://healthnudge.jp/)。

 ウェブサイト:「健康なまちづくり研究室

 

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4件 のコメント

医師法第一条違反の医者たち

カブス優勝!呪いが解けて良かったね

医師法第一条には、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあ...

医師法第一条には、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。
生活習慣病を改善するには、その患者さんの遺伝背景(家族みんなぽっちゃり、とか)・労働パターンなどの生活状況を問診で丁寧に尋ね、「あなたの生活習慣病の原因のうち、あなたに変えられないものはこれとこれとこれ、あなたが自分で改善できるかもしれないものはこれとこれとこれではないでしょうか。誰しも運命の星のもとに生まれてくるので、遺伝的な要素は致し方ないですよね。でも、個人で何とかなる部分もけっこうありますよ。自分でできることのうち、これならできそう、というものがあったら選んでみてください。どれならできそうでしょう?ひとつ、やってみませんか?」という具合に、行動科学に基づいて、患者さんが「そうか。これなら自分にも出来そう、やってみよう」と、納得しつつ自ら意欲的に選択できるようなカウンセリング的保健指導をする、傾聴・熱意・忍耐が医術には必要です。
  「自己責任」という言葉は、医師法第一条を真っ向から否定するものです。
  医者が医師法第一条を実践できるためのスキルを教えない医学部教育が問題。

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無題

みかん

50代後半。糖尿病でインスリンを打ってます。 高脂血症です。うつ病です。会社を休職し、最近くびになりました。 現役時代はメーカーで電子機器の開発...

50代後半。糖尿病でインスリンを打ってます。
高脂血症です。うつ病です。会社を休職し、最近くびになりました。
現役時代はメーカーで電子機器の開発を担当し、基本設計から量産立ち上げまで過激な日程をこなしていました。
こんな私がキリギリスなのか自分ではわかりませんが、
迷惑なので死んでくださいと言われるのであれば喜んで従います。安楽死を認めて欲しいです。
皆さんに負担を強いるつもりは全くありませんので。

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自己責任と自助努力

キンモクセイ

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もちろん生まれながらの体質や環境に左右されることはあるでしょう。でもそれならば自助努力で改善できる余地はないのか。少しでもあるとすればその部分については自己責任と言って良いのではないでしょうか。さもなくばすべてが他力本願、他者依存になってしまいます。
例えば大学受験。頭の善し悪しは親の遺伝、教育環境は親の財力、だからそれがないボクは絶対東大には受からないんだ、と子供が主張したらあなたは受け入れるでしょうか。

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