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健康の自己責任論は不毛 公衆衛生の立場から

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 東京大学大学院医学系研究科保健社会行動学分野(准教授) 近藤尚己

 “頭はクールに、しかし心は温かく(Cool head, but warm heart)”

 アルフレッド・マーシャル(経済学者1842-1924)

 肥満が社会問題化している米国で、ジャンクフードを批判する記事に、よく使われる写真があります。マクドナルドで巨大なソーダやフライドポテトを ほお 張る太った子どもたち……。このままいけば、大人になる前に様々な病気になることでしょう。

(出典:strangecosmos.com)

(出典:strangecosmos.com)

 さて、この子たちが太っているのは自業自得なのでしょうか。

 不健康な人を「自業自得」として批判する発言が時折メディアを騒がせます。

 最近も、長谷川豊さんという方が、今の医療保険の財政が厳しいことの理由を、“自堕落な生活を送った末に人工透析になった患者”に求め、「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」といいました。以前にも、麻生太郎副総理兼財務相が某会合でのあいさつの中で「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない。無性に腹が立つ」と発言したことが報道されました。昨今の、こういった報道をみるにつけ、公衆衛生を担う者の一人として力不足を痛感するばかりです。

 健康には、「本人にはどうしようもない、様々な社会的な要因」がかかわっています。病気が自業自得かどうかを線引きしたり、「自業自得度」をスコア(点数)化したりするようなことは、はなはだ困難です。判断できなければ、「自堕落な人の人工透析は10割自己負担」とするような政策を打って出ることはできません。ゴリ押ししてそのような政策を打てば、大変な社会的混乱をきたす結果となるでしょう。健康は自己責任か否か、と二元論的に考える政策議論は不毛です。

 健康や病気は、どうやって生まれてくるのでしょうか。これを踏まえつつ、健康の自己責任論について考えたいと思います。

「生活習慣病」を自助努力で減らすのは難しかった

 「生活習慣病」という言葉があります。主に糖尿病や肥満、高血圧症、高脂血症のことを指します。これらを放置すると重大な病気を引き起こす場合があります。脳卒中や心筋梗塞、そして人工透析を必要とする重度の糖尿病性腎症などです。

 生活習慣病は、以前は「成人病」と呼ばれていました。しかし、国民にもっと生活習慣を自覚して健康づくりをしてもらい、病気の予防を進めたい、という思いから、1990年代後半に厚生労働省の主導で「生活習慣病」という言葉が生まれました。

 その後、健康づくりの「国民運動」が行われました。通称「健康日本21」というものです( http://www.kenkounippon21.gr.jp/index.html )。2000年から始まり、10年後までに「1日あたりの食塩摂取量を10g未満にする」「1日の歩数の平均を男性9,200歩、女性8,300歩に」といった59項目の目標が作られました。

 10年間の活動の結果、残念なことに達成できたのは、59項目のうちの10項目、約17%にとどまりました。反対に約15%については悪化してしまった、という結果でした( http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001r5gc.html )。

 達成できたのは、「メタボリック症候群(メタボ)」という言葉を知っている人の割合」や「外出の意欲のある高齢者の割合」といった、知識や意欲の項目でした。しかし、実際のメタボの患者数や糖尿病合併症の減少などの目標は達成できませんでした。「理解は進んだが行動までは変わらなかった」ということです。

健康づくりどころじゃなかった時代

 なぜ健康日本21はあまり成果を上げられなかったのでしょう? 一つには時代背景があったと思われます。2000年から2010年と言えば、バブル崩壊後に経済の低迷が長く続いた「失われた20年」真っただ中です。後半にはリーマンショックが追い打ちをかけました。この時期、中年男性のメタボの悪化がみられています。さらに、この不景気で特に不健康になったのは日本経済のけん引役であるはずの企業経営者や管理職の人々である可能性も示されています(1)。健康は資本です。乱暴な言い方ですみませんが、「リーダーが不健康な国がうまくいくわけないな」なんて思います。

生活習慣は個人を取り巻く社会背景の影響を受ける

 社会的地位が高いはずの管理職の命すら むしば んだ「失われた20年」の威力は大変なものだと思います。そんな時代の中「健康づくりは自覚が大事。努力して健康になりましょう」というメッセージはなかなか浸透しなかったのかもしれません。

 社会的なストレスを抱えているほど、健康づくりに一生懸命にはなりにくいものです。日々をやり過ごすことで精いっぱいの状況で、遠い将来を見据えた健康づくりを計画的に進めていくのはなかなか難しい。失われた20年の間の管理職のストレスは大変なものだったのでしょう。

 社会疫学の研究からは、低所得・失業・低学歴・非正規雇用など、社会的に不利な立場にある人々ほど、一般に生活習慣が悪く、短命である傾向が明らかになっています。厚生労働省が公表した最新の調査結果でも、低所得者ほど野菜摂取不足や喫煙などの生活習慣が悪く、健診の未受診も多いことが示されています( http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000106405.html )。世界保健機関は、こういった「健康格差」を、対策すべき「確固たる真実(Solid facts)」であるとしています(2)。

 大人になってからのことだけではありません。幼少期に受けた虐待や暴力といった逆境体験が多いほど、大人になってからの肥満や喫煙、運動不足といったリスク習慣が多いことが分かっています。幼少期の環境が、健全に脳や身体を発達させる機会を奪うだけではなく、健康への意識をも変えてしまう可能性があります。

 我慢強さ、感情のコントロール、困難なことへの対応力など、いずれも健康的な生活を維持していくのに必要な力の発達が、幼少期に逆境体験があると損なわれてしまうことが関係しているのではと言われています。このことは、幼少期の逆境体験と一番関係が強いのが自殺のリスクである、という悲しいデータが物語っています(3)。

 さらに、生まれる前の胎児のころの環境が一生の健康リスクを決めてしまう可能性もあります。つまり子宮の中のことです。例えば、母親が妊娠中に喫煙していると、生まれた子が太りやすくなる、という研究結果があります(4)(5)。胎児のころのことまで自己責任を求められてはたまりません。

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4件 のコメント

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医師法第一条違反の医者たち

カブス優勝!呪いが解けて良かったね

医師法第一条には、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあ...

医師法第一条には、「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」とあります。
生活習慣病を改善するには、その患者さんの遺伝背景(家族みんなぽっちゃり、とか)・労働パターンなどの生活状況を問診で丁寧に尋ね、「あなたの生活習慣病の原因のうち、あなたに変えられないものはこれとこれとこれ、あなたが自分で改善できるかもしれないものはこれとこれとこれではないでしょうか。誰しも運命の星のもとに生まれてくるので、遺伝的な要素は致し方ないですよね。でも、個人で何とかなる部分もけっこうありますよ。自分でできることのうち、これならできそう、というものがあったら選んでみてください。どれならできそうでしょう?ひとつ、やってみませんか?」という具合に、行動科学に基づいて、患者さんが「そうか。これなら自分にも出来そう、やってみよう」と、納得しつつ自ら意欲的に選択できるようなカウンセリング的保健指導をする、傾聴・熱意・忍耐が医術には必要です。
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50代後半。糖尿病でインスリンを打ってます。
高脂血症です。うつ病です。会社を休職し、最近くびになりました。
現役時代はメーカーで電子機器の開発を担当し、基本設計から量産立ち上げまで過激な日程をこなしていました。
こんな私がキリギリスなのか自分ではわかりませんが、
迷惑なので死んでくださいと言われるのであれば喜んで従います。安楽死を認めて欲しいです。
皆さんに負担を強いるつもりは全くありませんので。

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もちろん生まれながらの体質や環境に左右されることはあるでしょう。でもそれならば自助努力で改善できる余地はないのか。少しでもあるとすればその部分については自己責任と言って良いのではないでしょうか。さもなくばすべてが他力本願、他者依存になってしまいます。
例えば大学受験。頭の善し悪しは親の遺伝、教育環境は親の財力、だからそれがないボクは絶対東大には受からないんだ、と子供が主張したらあなたは受け入れるでしょうか。

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