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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

コラム

低用量抗がん剤治療の功罪

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低用量抗がん剤治療の功罪

 前回に引き続き、「余命に関する誤解」について書こうと考えていましたが、最近、抗がん剤治療について見過ごせない出来事がありましたので、予定を変えて、そのことについて考察したいと思います。

 今年度開催されます第54回 日本がん 治療学会学術集会において、2016年10月22日(土)、癌治療学会共催にて、がん撲滅サミットが予定されています(1)。

 学会が市民公開講座を開催し、市民に対して、がんに対して正しい知識を知ってもらい啓発することは大変意義のあることと思います。

 ところが、今回の、サミットの演者一覧を見てみますと、一部に、少量抗がん剤治療や、自家がんワクチン療法をご自身のクリニックで自由診療として提供している演者が含まれていることがわかりました。

 それを見た卵巣がん患者会のスマイリーが、

 「市民公開講座に対しての見直しの要望書」を癌治療学会理事長宛てに提出しました(2)。

 有効性や安全性が明らかではないインチキまがいの治療を自費で提供するクリニックの医師が市民公開講座に登壇することに異議を唱えたものです。

 スマイリーの提言はとても勇気のいることだったと思います。

 患者さんはいつも弱い立場にいます。

 命の手綱を医師に握られているようなものですから、こうした問題に対して異議を唱えることは称賛に値します。

 日本癌治療学会は、この提言を受け、すぐに当該の登壇者をプログラムから削除していますが、共催を決定した学会もこのような内容に患者さん側から指摘されてから見直すのではなく、自らのチェック機能をもっと働かせてほしかったと思います。

 おそらく、一部の人間が仕組んだことであり、プログラムの一部であったことから、すぐに気づくことができなかったのではないかと推測します。

 スマイリーが指摘した、有効性や安全性が明らかではない自費診療を提供するクリニックがやっていたのは、自家がんワクチンや、少量抗がん剤治療でした。自家がんワクチンについては、正しい免疫療法のすすめ (上)(下) で紹介しましたので、割愛し、今回は、少量抗がん剤、低用量抗がん剤について解説します。

 少量抗がん剤治療とは、元々は、「休眠療法」や「メトロノミック療法」と呼ばれる治療として紹介されました。

 少量抗がん剤治療の実際の効果はどうなのでしょうか?

なぜ抗がん剤はある一定の投与量が必要なのか?

 抗がん剤の薬理作用として、少量では効果が得られず、ある程度副作用が出現するところまで、投与量を引き上げないと効果が得られないという特徴があります。

 抗がん剤の開発の方法も、最大耐用量といって、臨床試験で患者さんが副作用に耐えられるギリギリの投与量を同定し、その後、抗がん剤の患者さんへの推奨投与量が決定されます(3)。

 そのため、抗がん剤の治療効果を得るには、一定の期間内に一定の投与量が必要という治療強度(英語でDose intensityと言います)が必要とされると考えられています。

 実際に、抗がん剤の治療強度を減らすと、長期的な効果も落ちてしまうということが乳がん、卵巣がんなどで報告されています(4-6)。

 このように、抗がん剤の投与量というのは、臨床試験によって、厳密に決められ、標準投与量が決められています。

 抗がん剤の副作用が多いのは、この理由によるものです。

 患者さんにとっては、抗がん剤の副作用は大変つらいものですが、副作用が強いからといって安易に投与量を減らしてしまうと効果が出なくなってしまいますので、安易な減量は禁物なのです。

 これが抗がん剤治療の難しさです。

 また、これが、知識、経験のある抗がん剤の専門医が必要であるという最大の理由であると思います。

 抗がん剤の専門医であれば、安易に投与量を減らすことはせず、副作用を減らすためのほかの手段、例えば、吐き気止めをうまく使うことや、白血球減少時の対策を講じることなど(当コラムの「抗がん剤は通院でやりましょう  その1 」や「 その2 」を参考にしてください)、あらゆる手段を使って、患者さんの生活の質(クオリティー・オブ・ライフ:QOL)を保っていくようにできるのです。

 また、全ての患者さんに一律に標準投与量の抗がん剤を投与するのではなく、患者さんの全身状態、がんの転移の状況、これまでの抗がん剤の効果・副作用の程度など、患者さんの状況によって、抗がん剤の投与を適宜減量するようにします。

 また、特に進行がんの場合、抗がん剤投与の目的が患者さんのQOLを保つことにあるので、患者さんのQOLを保つために、どのような抗がん剤をどれくらいの量を使うのか、微妙なさじ加減が必要になります。

既成概念を打ち破る少量抗がん剤療法とは?

 “がんの休眠療法”や、“メトロノミック療法”は、これまでの既成概念を破って、抗がん剤を少ない量で投与し、持続的に投与することによって、効果を得られるのではないか?と提唱されたものです。

 休眠療法は、金沢大学の高橋豊先生が最初に提唱しました(7)。

 少量抗がん剤治療は、抗がん剤の投与量を減らすので、副作用が減るという利点があります。

 効果に関しては、どうでしょうか?

 抗がん剤の有効性は、短期的な効果としては、腫瘍サイズの縮小率が目標とされます。すなわち、腫瘍が縮小しないと“効果なし”と判断されてしまうのです。

 少量抗がん剤治療は、腫瘍縮小は必ずしも必要ではなく、“現状維持”をさせていけばよいと言われています。

 確かに、この“現状維持”という概念は大切であり、現状維持が続けば、がんと長く共存できることになり、それも一つの効果の指標となると思います。

 この“現状維持”の概念は、現代の分子標的治療薬の効果判定に利用されています。

 分子標的薬の作用機序として、がん細胞を直接攻撃してやっつけるのではなく、がん細胞しかもっていない特定の分子に対して作用し、がんの増殖能力をストップさせてしまう作用をもっています。

 そのため、一部の分子標的薬(新生血管増殖を抑えるベバシズマブが代表的薬剤です)は、腫瘍縮小効果はそれほどでないのに、生存期間の延長効果をもたらしています。

 このように、“がんの休眠療法”の基本的概念は、理にかなっており、すばらしい概念ともいえます。

 がんを休眠させることにより、長期間の維持、共存ができるのであれば、これほどすばらしい治療法はありません。

低用量抗がん剤のエビデンス

 実際に、“がん休眠療法”が長期間の現状維持効果をもたらすかに関してどうかというと、通常の投与量の抗がん剤と比較したデータ、すなわち、ランダム(無作為)化比較臨床試験の結果が必要となります。

 低用量抗がん剤のエビデンス(科学的根拠)に関しては、最近、川崎市立井田病院化学療法センター副医長の西智弘先生が、ブログに詳しくまとめてくれたので(8)、そちらを参照してくださればと思います。

 がん休眠療法のエビデンスはというと、信頼性の高い研究結果はほとんどなく、少数例の比較のない研究結果ばかりです。

 信頼性の高いランダム化比較試験の結果はというと、

 小規模のランダム化比較臨床試験(第二相試験)が三つ報告されているのみです。

 一つ目(9)は、進行胃がんに対するS1という抗がん剤を単独で使ったケースと、S1に低用量のイリノテカンという抗がん剤を併用したケースを比較したものです。結果は、腫瘍縮小効果がわずかに増加しました(21.8%対27.8%)が、副作用は低用量イリノテカンの効果が増加しました。

 二つ目(10)は進行大腸がんに対する5FUという抗がん剤を単独で使ったケースと、5FUに低用量シスプラチンという抗がん剤を併用したケースを比較したものです。結果は、低用量シスプラチンは、長期的な生存期間延長を示せませんでした。

 三つ目(11)は、JCOG0303という臨床試験です。JCOGとは、国立がん研究センターが主体になっている研究グループで、研究資金を製薬企業に頼らず、国の研究費でやっているので、臨床試験の結果としては、信頼性が高いです。

 このJCOG0303試験は、進行食道がんに対して、標準投与量のシスプラチン(70mg/m2、4週ごと)に標準投与量5FU(700mg/m2,4日間4週ごと)を併用したケースと、低用量シスプラチン(4mg/m2、5日間投与1週ごと)に低用量5FU(200mg/m2、5日間持続投与1週ごと)を使ったケースを比較しました。

 上記、二つの臨床試験は、標準投与量と低用量抗がん剤の比較ではないのに対して、JCOG0303は、純粋に標準投与量と低用量抗がん剤を比較した唯一の臨床試験です。

 低用量抗がん剤は、副作用を減らし、効果を増強させることを期待して行われた臨床試験でした。

 その結果は、第二相段階で、副作用が標準投与量群と、低用量群で変わらず、当初の目標は達せられなかったとして、試験が途中で中止となっています。

 つまり、まとめますと、現段階では、低用量抗がん剤治療は、医学的には、有効性を示すきちんとしたデータはないということになります。

 有効であるというエビデンスがないため、きちんとした教科書やガイドラインには、低用量抗がん剤治療については、全く記載がないし、推奨もされていないのです。

 ただ、このJCOG0303も、低用量抗がん剤といっても、1か月あたりの総投与量としては、標準投与量よりも増えてしまっていますので、そのために、副作用が増加したという意見も考えられます。

 また、JCOG3033の結果は、低用量抗がん剤は治療効果が劣っていたことを示していたわけではありません。

 そのため、低用量抗がん剤の効果が劣るということを示していないので、完全にダメであるということを証明したわけではないことになります。

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katsumata

勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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4件 のコメント

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騙されるな

ステージV

低用量抗がん剤治療を正当化するべく、論文(出せば認められる雑誌)を出したり、メディアに出演したり、ある一定のまとめの発表をすると、何も知らない患...

低用量抗がん剤治療を正当化するべく、論文(出せば認められる雑誌)を出したり、メディアに出演したり、ある一定のまとめの発表をすると、何も知らない患者がその箔づけにころっと騙されてしまうであろう。また、どの薬でも低用量である一定の患者に作用(効果)があるというのは昔からよく知られているだけで、全ての人に低用量の抗がん剤治療が効果あるというのは幻想だ。

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知ることは生きること

ジャスミン

私が再発して抗がん剤治療が必要になったら勝俣先生のところに行きます。

私が再発して抗がん剤治療が必要になったら勝俣先生のところに行きます。

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強く生きたい

すずめの父

読売新聞で,学会講演会での自由診療講演者取り止めの記事を読みました。学会は適切な判断をした,と感心しました。 私は,膵がんステージⅣbのがんサバ...

読売新聞で,学会講演会での自由診療講演者取り止めの記事を読みました。学会は適切な判断をした,と感心しました。
私は,膵がんステージⅣbのがんサバイバーです。約1年半抗がん剤治療を続けています。現在,三番目の抗がん剤で治療し,初めて,がんが小さくなる効果を確認できました。諦めずに治療を続けてよかったです。少し,寿命が延びました。
しかしながら,抗がん剤治療の終点は,確実に訪れます。そのとき,自由診療・加持祈祷に頼ることなく,強く生き続けたいと願っています。
最後まで強く生きるには,どうするか。一つは知識を持つこと(勝俣先生のコラムは大変勉強になります)。もう一つは,生きる意味を考えること(知識のみでは生きる方向が定まらない)。そう思っています。「いかに生きたのか,なぜ生きるのか,どのように生きるのか」,これが固まっていれば,医師・家族と冷静に話ができると思います。
がんサバイバーは,このような勉強・思索の時間を与えられており,幸運と考えています。

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