文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

木之下徹の認知症とともにより良く生きる

介護・シニア

認知症を予防したい

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
認知症を予防したい

イラスト・名取幸美

 木村浩二さん(仮名、74歳)という、当院を受診されているアルツハイマー型認知症の人がいます。

 診察室に入るや否や、

 木村さん「先生、俺さあ。アルツハイマーってわかったからさあ。だからこれ以上、もう進まないようにしてほしいんだよ。どうしたらいいの。教えてよっ」

 口角に泡を飛ばし、懇願するように質問してきました。私は圧倒されます。ここで明瞭な答えをがつんと伝えるのが医者の役目。しかし正直に告白します。私はこのことについて「ちゃんとした」説明ができません。

 木村さんは、続けます。

 木村さん「この前さあ。テレビでさあ。〇〇オイルで認知症予防ができる、って言ってたよ。あれはうそだろっ。そうじゃなくて、ちゃんとしたやつ、教えてよ」

 私(心の中で)(えっ、〇〇オイルは、うそって思ってんだあ……)

 木村さん「なんか、ないのかよぉー。先生さあ。なんか、教えてよぉ」

 私「んー……」

 認知症が進まなくするためには、

 「〇〇オイル、〇〇サプリや〇〇ドリルがいいよ」

 「いや趣味を続けるのがいいんだよ」

 「人との交流だね」

 「まずは運動だね」

 「食事を、気をつければいいんだよ」

 などと目の前の認知症を抱えている人に、気休めのように安易に答えるのはつらい。それをいった後が続かない。

 でも、この質問。

 認知症外来をやっていると、日本の人々の共通認識に基づいているような気がするのです。つまり文化。岩盤のごとく、簡単には 穿(うが) ちがたく、越えがたい壁を感じざるを得ない。

 いまは昔に比べるとはるかに楽。医学部の図書館など行かなくてもいろいろと探せる。インターネットで探すと、日本神経学会監修(協力学会 日本精神神経学会 日本認知症学会 日本老年精神医学会 日本老年医学会 日本神経治療学会)の認知症疾患治療ガイドラインというのがあります。日本の認知症医療の英知を集め、その総意によって編まれたもの。認知症医療のいまの到達点。抜粋します。

 (https://www.neurology-jp.org/guidelinem/degl/sinkei_degl_2010_05.pdf より)

 認知症の危険因子・防御因子にはどのようなものがあるか、現段階で予防の可能性はあるのか

推奨

(1)略

(2)現在のところADを予防(一次予防)ないしは進行を遅らせる(二次予防)方法は確立していない。(中略)しかしながら、健康なライフスタイル(運動、栄養)、積極的な社会参加、生涯にわたる脳の活性化等複数の領域を総合した介入が有効であろうと推定され、具体的な方法が模索されている(グレードC1).

 文章の中ほどにも、

しかしながら、現在までのところ薬物・非薬物を問わず、介入研究で確実な予防効果を証明されたものはない。

 そうなのかあ。

 日本の英知の意見はそうかもしれない。

 しかし、そのまま木村さんに言っては、身も蓋もない。

 それでは、よその国ではどうなのか。

 アメリカの強大な組織、アメリカアルツハイマー協会のホームページを見てみます。ありました。日本語は私の訳です。

Myth 8: There are treatments available to stop the progression of Alzheimer’s disease

Reality: At this time, there is no treatment to cure, delay or stop the progression of Alzheimer’s disease. (後略)

8番目の神話(作り話):アルツハイマー病の進行を止める治療法がある。

本当の話:現時点では、アルツハイマー病の進行を治療する、遅らせるもしくは止める方法はない。(後略)

http://www.alz.org/alzheimers_disease_myths_about_alzheimers.asp

 日本の英知の意見と同じでした。

 なので、どうもこの話、日本だけではなさそう。

 世界中、誰もがそう思い願うから、きっとそういうQ&Aがあるのですね。

 さらに、こんな話も。

 70人以上の著名な研究機関の医師や科学者が署名した、アメリカのスタンフォード長寿センター(the Stanford Center for Longevity)発の科学者による共同声明(A Consensus on the Brain Training Industry by the Scientific Community、科学共同体による脳訓練産業に関するコンセンサス、2014年10月 主な趣旨は、「脳ゲーム“brain games”で、認知機能が改善したり認知症にならない、という証拠が皆無である」という主張)がありました。しかし、 一般紙にはその主張に反対する記事があちらこちらにみられます。この手の話は、サプリもそうなのでしょうが、人々に強い関心を喚起することもあって、ついにはビジネスも絡み、あまりに複雑な様相を呈しています。とりあえず認知症に関しては。

 それでも、これだけの情報からでも、

 「誰もが『これぞ!』といえるような超ド級のプログラムはない」

 そのぐらいは言えそうです。

 だから端的に、医学的な視点で、正確に木村さんに答えるとなると、

 私「確立された方法はないんです」

 となります。やはり、身も蓋もないけれど。

 案の定、木村さん。

 木村さん「いやあ、先生。そんな簡単に、ない、なんて言わないでよぉ。書き取りとかさあ、ああいうの、ですよ」

 私「まあ、そういわれても、ねぇ。書き取りとか計算とかがいいっていう医学的な証拠がないんですよぉ。好きなら別だけれど。あっ、計算とか漢字とか好きなんですか」

 木村さん「そんなもん、嫌いに決まってんじゃんか。でもやりゃあ、よくなるんっちゅうんだったら、やるよっ。可能性すらないのっ?」

 私「だから、そんな証拠がないんですよ」

 あっ、そういえば。たしかに前述のアメリカのアルツハイマー協会も同じ指摘をしています。ただ表現が粋。

Be Heart Smart

Remember, what’s good for your heart is good for your head

いいですか。心臓にいいことは脳にいいんです!

http://www.alz.org/we_can_help_be_heart_smart.asp

 ずいぶんと、スマートな指摘です。

 なかを見ると、

・長期間における心臓によい健康的な食生活

・脂肪とコレステロールの摂取を控える

・運動する

・たばこを吸わない

・自分の数字(体重、血圧、コレステロール、血糖)を管理しなさい

 と、私にとってはどれも耳の痛い話ばかりです。

 それは置いておいて。

 ややこしいのは、認知症というものは、現在、脳の血管の障害、たとえば、脳出血や脳梗塞などでも、生じることが知られています。

 血管を少しでもよく保つ。脳の血管単独では難しい。脳は体の一部。体の血管をよく保つことと脳の血管をよく保つことは、おそらく同じことだろうと思うのです。そういう意味で、医学的には妥当性が高い。

 なので、「心臓にいいことは脳にいいんです!」

 これは至言です。

 早速、木村さんに伝えます。

 私「木村さん。心臓にいいことは脳にいい。そういわれています。よし、まず運動から始めましょう」

 木村さん「えーーっ、先生だって、その姿。見るからにやってないじゃん。めんどくさいよぉ」

 私「ん?ん、まあね……」

 木村さん「んーー、そうじゃないんだよなぁ。もっと簡単なやつ。書き取りとか」

 私(心の中で)「(またかいっ。書き取りって)」

 なんだか、猪突猛進の木村さんのことが好きになってきました。

 しばらく思案。というかクールダウン。

 私「あのーぉ。木村さん。薬、ありますよ」

 というセリフにかぶさるかのように、即答。

 木村さん「あっ、ちょうだいっ」

 なんだか怪しい会話ですが、具体的には前出の記事(「認知症の薬」)。

 それなりに、詳しく説明。

 話はわかった木村さん。結局、木村さんは、薬を飲むことにしたようです。

 木村さん「でもさあ。薬飲んで進み具合おそくなってもさあ。結局進行するんじゃん。俺、いやだなあ」

 私「そうですよね。あのー」

 木村さん「なになに!」

 私「髪の毛って、白くなったり、抜けたりするじゃないですか」

 木村さん「ふんふん」

 私「顔のしわだって、増えるじゃないですか」

 木村さん「ふんふん」

 私「外見も内臓も、みんなおなじじゃないんですかねぇ」

 木村さん「そりゃ、そうだ。誰だって、年とりゃあ、そうなる」

 私「それは止められないじゃないですか」

 木村さん「ふんふん」

 私「ただ、しわ増えても、白髪だらけになっても、それだけでこんなみじめな姿を人前にさらしたくないとか、世間では言わないですよね。多くの人は。そこそこ化粧したり、毛、染めたり、逆に開き直って堂々と自然が一番。ってナチュラルベース。洋服だって一生懸命選んでそれなりに工夫するし、そういう自分を受け入れながら、みんながんばって年取るじゃないですか」

 木村さん「そりゃ、そうだ。俺だって、頭、こうだもんなっ。テカってるし」

 私「あっ、木村さんの、その頭。似合ってますよ」

 木村さん「いやあ、先生。ありがと。いい人だなあ」

 私「認知症。だれもがなる。木村さんだけではないですよ。もうすでに大勢おられる。ただ、病院には行かない。イメージが悪い、って、そもそも認知症になっている人が思っています」

 木村さん「ふんふん」

 私「認知症になるくらいなら、がんのほうがまし、と思っている人もいました」

 木村さん「ふーん。そんなもんかねぇ」

 私「認知症になったら人生あきらめろ、といいたいわけではない。認知症とともに、のぞみをもって、生き生きと生きる、ってことができないかって、自分自身のこともふくめて、問い続け、実現したいんですよ」

 木村さん「先生、いいことゆうねぇ。俺もそう思うよ」

 私「うちでも軽度認知障害の新薬の治験(臨床試験)をまた始めますが・・・」

 木村さん「あっ、その薬ちょうだい」

 私「いやいや。まだ根本的に治す薬は、市場にでていません。ないんです。で、現状、市場に新薬が出たとしても、すべての認知症を治すことはできない。要は人間、結局、等身大の自分を受け入れざるを得ない。しなやかに生きる出発として、自分の認知症も受け入れ、そして、社会もそういう偏狭な悪いイメージを捨て、だれもが過ごしやすい……」

 木村さん「あっ、悪いね。話の途中で。でね、俺さあ。これ以上、認知症進ませたくないんだよなぁ。なんか、ないのかねぇ」

 私「……」

 木村さんと私との格闘はまだまだ続く。

 文化とは、案外、強固で変えがたいものです。認知症予防。誰もがいったんは見据え、考えるテーマでもあります。とりわけ、自分事としての認知症を知りたい人にとっては。

 でも、人生。 俯瞰(ふかん) して考えれば、人は認知症予防のためや健康のために生きているのではない。自分のよい人生を自らが主人公として生き、暮らすことに足場を置いたほうがいいに決まっています。よりよい暮らしのための健康だし、予防だと思うのです。〇〇水やサプリを中心に据えるような健康生活、脳の訓練を中心に据える認知症予防は、ものによっては、その効果のほども全く定かではなく、考え方も本末転倒です。

 私の場合、これ以上太らないような努力も必要ですが、不健康であっても、認知症になっても、自分の人生を 謳歌(おうか) したいと思うのです。また周りの人にも、このことをわかってもらいたいのです。

 「認知症予防」の問題点は、その効果の程度があいまい、ということもあるかもしれません。しかし私は、文化との関係においてその最大の問題がある、と思います。つまりテレビや雑誌で「認知症予防」と声高に宣言すればするほど、認知症はやっかいな状態、と誰もが刷り込まれ、洗脳される。そして、もっと大切な「自分がはからずも認知症になったら……」と考えることに蓋をしてしまう。目の前の認知症の人の状態を理解しようとする姿勢をないがしろにしてしまうような気がするのです。認知症の人の言葉に耳を傾けることは、いまの認知症の人の理解を深めるのは当然のこととして、近い将来認知症になる人々にとっての、「人生の主体者として自分を生きる」 松明(たいまつ) となると思うのです。

 みなさんはどう思われますか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

kinohsita

木之下徹(きのした・とおる) のぞみメモリークリニック院長

 東大医学部保健学科卒業。同大学院博士課程中退。山梨医科大卒業。2001年、医療法人社団こだま会「こだまクリニック」(東京都品川区)を開院し認知症の人の在宅医療に15年間携わる。2014年、認知症の人たちがしたいことを手助けし実現させたいと、認知症外来「のぞみメモリ―クリニック」を開院。日本老年精神医学会、日本老年医学会、日本認知症ケア学会、日本糖尿病学会に所属。首都大学大学院客員教授も務める。ブログ「認知症、っていうけど」連載中 http://nozomi-mem.jp/

木之下徹の認知症とともにより良く生きるの一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、ヨミウリ・オンライン(YOL)、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事