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がんサバイバーの立場から 桜井なおみ

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【意思決定】「死」を決めるのはがん細胞、「生き方」を決めるのは自分

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  テーマ:意思決定 誰がどのように決めるのか

死を決めるのはがん細胞

 がんという病の生死を最終的に意思決定するのは「がん細胞」だと私は思っています。

 がん細胞は不老不死、環境さえ整えば生き続けることができます。がん細胞が死ぬときは、自分の宿り主が死ぬときですから、うまく宿り主と共存することもできるはず。にもかかわらず、宿り主を死に至らしめるまで増殖し続ける。研究者だった義父が上咽頭じょういんとうがんで亡くなったとき、「がん細胞は、ものすごく賢い。だが、ちょっと間抜けだ」と言っていたことを思い出します。

 私ががんの診断を受けたとき、一番感じたのがこの「自己コントロール感の喪失」でした。いつ、だれが、何のがんになるのかは誰にもわかりません。そして、一度なってしまった後は、「これだけを注意していれば100%大丈夫」という確約がありません。私などは、罹患りかん者数が多い乳がんの中でも1~4%しかいない特殊がんというまれなタイプだったこともあり、「なぜ、よりによって私が‘特殊がん’なのだろう?」と、生物の不思議さに運命を感じるばかりでした。

生き方を決めるのは自分、がんに支配されない生き方を

 がん細胞の発症や増殖自体を自分の「意志」でコントロールすることはできませんが、自分の人生、自分の生活、自分が大切にしたい時間。そして、最期にどこでどう逝きたいのか、どこまで治療するのかは、自分の「意志」で決めることができます。つまり、「身体はがん細胞に支配されても、自分の生活・意志は支配されないようにする」ことはできると思っています。それは「意思」決定ではなく、「意志」決定という、主体性のある強い気持ち、希望です。そして、その「意志」を家族と「共有」することで、合議体としての「意思決定」になると思います。

 自分だけで「こうしたい」と思っていても、家族とはすれ違いが生じることもあります。ですから、不安な気持ちも含めて、対話をする、互いの思いを交わす「プロセス」が大切です。

 抗がん剤治療を受けていたとき、いつも同じタイミングで治療を受けていたステージⅣの患者さんがいました。いくつかの疾病を持っていた彼女の外来日の決め方は、まず手帳に自分がしたい予定を書き、それを前提に投薬日を決めるという方法でした。

 「私のがんは治らない。いつか、私の身体を支配するときが来るの。でも、私は自分の生活までがんに支配されたくないから、いつも、こうしているの」

 そう言いながら見せてもらった手帳には、お子さんの運動会や家族旅行、観劇など、様々なイベントが入っていました。そして主治医とは、譲れるものと譲れないものを決め、大きくエビデンス(科学的根拠)を外さない範囲で投薬日を決定していました。

 時々、一緒に来院していた娘さんも「母はいつもこうなんです」と笑っていました。本当に一つひとつのことができなくなったときには、予定も変わってくるかもしれません。それでも、「がんに自分の生活を支配されたくない」という彼女の意志は亡くなるまで変わりませんでした。

事前指示書は対話のプロセスのひとつ

 事前の「意思決定」支援のツールとして、事前指示書があります。これは実際に書いてみると意外に難しい。例えばこんなことが書いてあります。皆さんもぜひ、考えてみてください。(  )内は書類を書きながら友人と交わした会話です。

いまお困りのことはありますか?:(困っているから病院にいるのよ……)

  • 身体のこと:(やっぱり呼吸かな:はい)
  • こころのこと:(うーーーん、心のことって大きく言われても……:わからない)
  • お金の心配はありますか?(これは大丈夫、全力投球:いいえ)

○治療、医療に関する考えについて該当項目に○印を

  • 病気についてどんな情報であっても事実を知らせてほしいか?(うーん、ケースバイケースだな:はい『条件付き』)
  • 効果は期待できるが、副作用の強い治療を望むか?(副作用の内容によるなぁ……:わからない)
  • 予定外の手術は希望するか?(ステント(※病気で狭くなった血管や食道などに入れて内側から広げ、詰まるのを防ぐ医療機器)とか必要なら受けざるを得ないときもあるし…:はい)
  • 痛みや苦痛を和らげる治療を優先するか?(最優先でしょ! :はい)
  • 医療機器をつかった延命処置をしますか?(これはいいわ:いいえ)
  • ご本人が治療について判断できなくなった場合に委ねる相手はいますか?(これは家族:はい)
  • 尊厳死協会に入っていますか?(入ってない:いいえ)
  • 臓器提供の意思カードをもっていますか?(がんになると、どこが提供できるのかな? :いいえ)
  • 献体について登録されていますか?(登録なし:いいえ)献体について登録されていますか?(登録なしだから、いいえ:○)

○病気や健康に関する意識や行動について、次のどれかに○

  • 情報を十分に得て自分で決めたい(自分だけでは決められないかも)
  • 専門職や家族と一緒に共有しながら決めたい(○、やはり一緒に考えたいよね)
  • 専門職や家族など誰か他の人に決めてもらいたい(これは嫌)

 あなたは書くことができますか? そして、その書類はあなたの本意を「全て」伝えきれているものですか? あなたの思いを家族と共有していますか?

 事前通知書は、書こうと思えば5分で書けます。でも、私はこの書類を書く作業を、彼女と色々な話を筆談やジェスチャーや言葉を通じて行いました。日頃の会話からはうかがい知れない、「そんなことを考えていたのだ……」という気づきもありました。

 後悔しているのは、この事前通知書を渡されたのが入院時だったので、たくさんの書類と一緒に受け取ってしまったことです。つまり、中身よりは「早く書き上げて、書類仕事を片付けたい」一心だったことです。また、緊急入院だったため家族が到着しておらず、家族と一緒に考えながら記入できなかったことです。

 事前通知書は、「提出すること」が目的ではなくて、その内容について家族と一緒に話し合っておく「プロセス(過程)」を助けるツール(道具)だと思います。1日かけても、3日かけてもいいから、家族と一緒に考えるためのツールなはずが、「提出書類のひとつ」になっているケースもあるのではないでしょうか?

 一度に全部を決める必要はありません。ただ、希望を話すことが大切だと思います。そして、できれば元気なうちから「死を語り合うこと」が大切です。しんどいときにシンドイ決断をするのは本当にしんどいです。

最期の意思決定は家族とともに

難しい決断をした日は空を見上げるようにしています。空はみんなとつながっていますから

難しい決断をした日は空を見上げるようにしています。空はみんなとつながっていますから

 私の母は「献体」がゴールでした。「身体から骨から何から全部検体したい」というのが母の希望。献体登録をすると、登録病院から、毎年、誕生日の頃に、同意書が届くようになります。この同意書には家族全員が署名をしなければならず、書類が届くたびに家族会議が開かれました。

 同意書には、病院死だけではなく、飛行機事故の場合、交通事故、感染死、自宅死など、様々なケースが想定された留意事項が書いてありますから、家族でも一つひとつのケースを考えながら、話し合いをして署名していました。母の同意書に署名をすることが目的でしたが、いつの間にか、家族の間で「死への作法」ができていました。

 母の最期のころは意識も低下、せん妄(意識がもうろうとし、幻覚なども見る状態)が表れるようになっていました。本人の意思が確認できなくなったときも、私たち家族は「きっと、ママはこう言っている気がする」「きっと、これは嫌だと怒る気がする」と、点滴や栄養補給、排せつなど身辺のこと、家族で「何を、どこまでするか」を決めました。家族のゴールは「綺麗きれいに献体」でした。

 唯一、悔いたのは、亡くなるまでのことは話し合っていましたが、亡くなった後の葬儀や法事についてきちんと理解していなかったことでした。葬儀の場に母の遺体はなく、一周忌も遺体はなし。ようやく、病院から連絡がきて火葬したのは、亡くなってから3年近くが経過していました。

 火葬をするのは病院ですから、棺も選べず、当然ながら(解剖後なので)、棺の中も見ることができません。家族には、ただ「モノ」として「焼いた」という印象しか残らず、なんとも寂しい気持ちになりました。それでも救いになったのは、献体同意書を通じた事前の話し合いがあったからです。「まあ、これもママが選んだことだから」と最終的には納得しましたが、この件については、批判的な意見もありました。同じ親族といっても、今までの経緯を知っている親族と、突然、死の間際に呼び出された親族とでは、情報差があるでしょう。死を語り合うことが、良く生きること、そして「意思決定」や「遺志決定」につながる、そして家族を救うと実感しました。

 核家族化が進み、本人の意思を聞いていた人がいない、「意志決定」を引き継ぐ、行う身内すらいないということも起きてくるでしょう。「意志決定」ではなく、「医師決定」ということもあるでしょう。これもかなしい現実ではあります。

 現代社会において私たちが学ばなければならないのは、人の命には必ず限りがあるということです。人が亡くなるプロセスを知っておくこと、そして、家族や友人に自分が何を大切にしてきた人間なのかを語ること。そうした折々の時間の積み重ねが、やがて残された者の生につながる、姿はなくなっても、残された人の心の中で「生きる」のだと思います。

 みなさんは、自分の最期について家族と話をしていますか?

桜井写真_400

【略歴】

 桜井なおみ(さくらい・なおみ) キャンサー・ソリューションズ株式会社代表取締役社長

 1967年、東京都生まれ。乳幼児期は公民権運動真っ盛りのアメリカで成長。大学で都市計画を学んだ後、再開発などの都市計画事業や環境学習などに従事。2004年夏、30代でがんの診断を受けた後は自らの病気体験や社会経験を生かした働く世代のがん患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。社会福祉士、技術士、産業カウンセラー。編著書に『がんと一緒に働こう』『がん経験者のための就活ブック』(ともに合同出版)などがある。

 趣味はおもちゃ集めとランニング、音楽。ランニングは1か月150キロを走る。グラムロックやハードロックをこよなく愛し、いつの日かフレディ・マーキュリーのお墓参りをする計画。外交的に見えて実は内向的という典型的な水瓶みずがめ座。

 旦那と愛犬(名:爺次じいじ)、愛亀(名:平次)と暮らしています。

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 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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