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高齢者の終末期を病院で診る立場から 宮本顕二・礼子

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【意思決定】最期の医療、私に決めさせて

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 テーマ:意思決定 誰がどのように決めるのか
【意思決定】私に決めさせて

 今の日本では、「死」について話そうとすると、縁起でもないと真面目に聞いてもらえません。事実、親が「このように死にたい」と子供に伝えても、子供は「わかった、わかった」と聞き流し、取り合いません。逆に子供が親に「最期の医療はどうしたいか」と聞くと、今度は親が「早く死んでほしいのか」と子供に怒ります。

 「四」という数字を日常生活で避けることからも、日本人は死を忌み嫌います。そのため、どのように死んでいきたいかを、考えなかったり、家族に伝えていなかったりする場合が多いです。また、農耕民族で共同作業が必要であったため、聖徳太子が十七条の憲法の中で「和をもって貴しとなす」と言っているように、共同体の和が重んじられてきました。そのため、死に方も家族にまかせることが多いです。結果として、国民の8割以上が望んでいない延命医療が多くの人に行われています。

 延命するか、しないか、を決める時、本来は本人の望みがかなえられるべきです。厚労省も本人の意思を尊重するために、2007年に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を発表しました。要点は「患者の意思が確認できる場合は、患者の意思決定を基本とする。患者の意思確認ができない場合は、家族が推定する本人の意思を尊重する」です。

 しかし、医療の現場では、このガイドラインを知っている人は少なく、ほとんど活用されていません。そのため、本人の意思が確認できない場合は、本人の意思を推定するというよりは、医師の見解と家族の希望で終末期の医療が決定されています。

 私(宮本礼子)は、話ができる認知症の人には、本人の希望を確認しています。ただしそれは、患者さんとの間に信頼関係ができた後です。

 「誰でも最期は食べられなくなるけれど、そうなった時に、鼻から管を入れたり、胃に穴を開けたりして、管で栄養をりたいですか?」と聞くと、「今、食べているからいらない」とか「わからない」と言う人もいます。しかし、ほとんどの人は、「そうまでして生きていたいとは思わない」「そうなったら、もうさようならだわ」と言います。認知症があっても、多くの人は自分の希望を伝えることができます。

 次は、私の反省例です。84歳だった入院中のレビー小体型認知症の女性患者さんは、病気が進行してむせるようになり、食べる量が少量になりました。息子さんはお母さんに胃ろうを作ることを望みました。

 本人はふだん「食べる」「もういい」など、片言しかしゃべることができませんでした。そのため、胃ろうを作ることについて説明してもわからないだろうと思い、本人には希望を聞きませんでした。

 しかし、胃ろうを作るため転院する当日、わからないことを覚悟の上で本人に説明しました。すると本人が「私、行きたくないです。ここで、ごはんちゃんと食べます。歳だから、もうそんなことはしたくないです」と言ったのです。

 息子さんも私たちも、本人にそんな能力があるとは思っていなかったので、びっくりしました。結局、息子さんはお母さんの気持ちを尊重するとのことで、点滴もせず、「食べるだけ飲めるだけ」を希望しました。その後、肺炎を起こすこともなく、7か月後に眠るように亡くなりました。

 このことがあってからは、私は、患者さんがわからないだろうと思っても、すべての人に説明しています。

 終末期に自分の希望する医療が行われるためには、前もってリビング・ウィル(最期の治療の希望)を書いておく方法があります。認知症の場合は認知機能が次第に低下していくため、診断を受けた後、なるべく早い時期にリビング・ウィルを書くことを勧めます。

 しかし、一般の人は医療者の説明がなければ、終末期における胃ろう・鼻チューブ・末梢点滴・中心静脈栄養、人工呼吸器、血液透析などについて理解するのは困難です。そのため、リビング・ウィルは医師と相談して書くことが望まれます。

 惜しいことに、「患者と医師と家族が終末期の治療方針を話し合い、それを書面にした場合、診療報酬が支払われる」という「後期高齢者終末期相談支援料」が2008年に一度、保険収載されましたが、わずか3か月で凍結されました。「高齢者は早く死ねばよいのか」などと、世論が反対したのです。

 「医師は報酬がなければ取り組まないのか」と叱られそうですが、再び「後期高齢者終末期相談支援料」が保険収載され、終末期の治療方針に本人の意向が反映されることを望みます。

 皆さんは、終末期の治療方針が医療者と家族で決められている現状に納得しますか?

【略歴】

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 宮本顕二(みやもと・けんじ) 北海道中央労災病院長、北海道大名誉教授。

 1976年、北海道大卒。日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事長。専門は、呼吸器内科、リハビリテーション科。「高齢者の終末期医療を考える会」事務局。

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 宮本礼子(みやもと・れいこ) 江別すずらん病院 認知症疾患医療 センター長

 1979年、旭川医科大学卒業。2006年から物忘れ外来を開設し、認知症診療に従事。今年7月から現職。日本老年精神医学会専門医、日本認知症学会専門医、日本内科学会認定内科医、精神保健指定医。「高齢者の終末期医療を考える会」代表。

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さよなら・その2-2-300-300シャドー

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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1件 のコメント

時間感覚

新城拓也

自分の治療する患者さんの疾患によって、医師の信条も変わっていくのだろうと思い ました。私の関わっている患者さんには、時間がなさ過ぎます。 認知症...

自分の治療する患者さんの疾患によって、医師の信条も変わっていくのだろうと思い
ました。私の関わっている患者さんには、時間がなさ過ぎます。
認知症、脳卒中を扱う医療者の方々は、話し合いを重ねていく時間の感じ方が違う事をいつも感じます。
私の関わる癌の方々とも短い時間の中でもどう話し合いを重ねるのか、まだ模索しています。

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