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QOD 生と死を問う 第3部

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[QOD 生と死を問う]意思決定(1)本人が望む「最期」 話し合い

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家族、医師らと思いを共有

[QOD 生と死を問う]意思決定(1)本人が望む「最期」 話し合い
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伊藤雅子さん(左)、由美さんと笑顔で話す紅谷医師。「訪問診療では、あらゆるやりとりが、本人の思いを知ることにつながる」という(福井県坂井市で)

 終末期の治療方針について、患者や家族が医師らとあらかじめ話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」が医療現場で広がっている。終末期医療では、患者の意思が分からず家族や医療現場が判断に悩むケースが目立つためで、本人が望む「最期」の実現に向け、話し合いを重視するのが特徴だ。シリーズ第3部では、意思決定のあり方を通して、質の高い死を考える。

 「調子が悪くなったら、どうしたいですか? 入院しますか?」

 9月中旬。福井市にある「オレンジホームケアクリニック」の紅谷浩之医師は、昨秋から担当する伊藤雅子さん(94)の自宅を訪れ、診察の終わりに、いつものように問いかけた。

 「ずっとこの家にいたいです。もう病院は嫌ですよ」

 持病の悪化で救急搬送された経験がある雅子さんが、きっぱり答える。同居する嫁の由美さん(64)も「先生やスタッフの皆さんと何度も話をしたし、義母の希望も聞いて、自宅で 看取みと る決心がつきました」と応じた。その会話を、紅谷医師は、タブレット型端末で、血圧などの診療データとともにスタッフ間で共有する電子カルテに記録した。

 同クリニックでは、日常診療の中に「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」を取り入れている。

 「アドバンス」には「前もって」の意味があり、ACPは、意思表示できる段階から「いざという時」にどう対応するかを話し合う取り組み。高齢者やがん患者が対象で、延命のための人工呼吸器や胃に直接穴を開けて栄養を送る胃ろう、痛みを和らげる治療などを分かりやすく説明し、受けたい治療や最期を過ごしたい場所などを考えてもらう。記録に残すのが基本だが、法的な拘束力はなく、気持ちや状態の変化に応じて話し合い、何度でも見直す。紅谷医師は「終末期医療をどうするかについて意思を共有でき、本人が望んでいない治療を家族が受けさせてしまう問題を避けられる」と言う。

 昨年は、看護師や社会福祉士らスタッフを対象に講習会を開き、死について踏み込んだ相談に乗れる「オレンジスーパー相談員」を10人養成。家での生活は無理だと思い込んでいたがん患者が、相談員の支援で希望だった「自宅での最期」を迎えられたなどの成果につながった。「いつお迎えが来てもいい」と言っていた人が、孫の結婚式が決まると「その日まで生きたい」と口にするようになったこともある。紅谷医師は「変化があって当然。患者さんや家族の思いを丁寧に聞いていくことで、その人が望む生き方を支える医療ができる」と話す。

 8割近い人が病院で亡くなる現状から、ACPに力を入れる病院も増えている。

 群馬県富岡市の公立富岡総合病院は昨秋、医師と看護師、医療ソーシャルワーカーの計5人で「シルバーケアチーム」を作り、病状が安定した高齢の入院患者らを対象に、意思決定支援に取り組み始めた。

 例えば、肺炎が治まった入院患者の場合、チームメンバーと担当医が本人・家族と面談を重ね、再発して重症になった際に人工呼吸器を付けるかどうか、効果や問題点を話し合う。

 愛知県春日井市の春日井市民病院は昨年12月、入院患者が対象だったACPの相談受け付けを、外来患者にも拡大。相談件数は倍増した。担当する会津恵司医師は「状態が悪くなるほど話しにくくなる。早い段階でACPを行うのが効果的だ」と言う。

 地域で普及を図る動きもある。広島県や地元医師会などで作る広島県地域保健対策協議会は2014年、海外の先進事例を参考にした「ACPの手引き」と、自分の思いを整理できるチェックシート「私の心づもり」を作成した。

 同県医師会常任理事の小笠原英敬医師は「受けたい治療や人生で大切にしたいことを考え、家族やかかりつけ医らと話し合うきっかけに使ってほしい」と呼びかけている。

過半数が事前の対話なし

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 ACPの取り組みが広がっている背景には、「多死時代」を迎え、延命治療をするかどうか本人の意向がわからず、家族の重荷になったり、医療現場が苦慮したりしている現状がある。

 厚生労働省の意識調査では、自分の死が近い場合に受けたい医療を「家族とまったく話し合ったことがない」という人が約56%に上る。公立富岡総合病院の佐藤尚文院長は「その人の生活を知らない医療者に『あなたにとって最良の医療』は決めにくい。命を延ばせても新たな苦しみを作ってしまう医療もあり、対話の中でベストを探っていくことが大切だ」と指摘する。

 厚生労働省も医療現場でのACPの取り組みが重要として、相談体制づくりに乗り出している。2014、15年度に全国15の医療機関でモデル事業を実施。意思決定支援を受けた患者・家族の7割が「希望がより尊重された」と評価しており、今年度は全国200医療機関に対象を広げた。

 研修プログラム作りを担当した国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)の三浦久幸在宅連携医療部長は「個々の医療機関で取り組むだけでなく、その人が望む最期を実現するには、救急も含めた地域の医療機関全体で『本人の思い』を共有できる体制をつくる必要がある」と話している。

 ◎QOD=Quality of Death(Dying) 「死の質」の意味。

 (滝沢康弘)

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