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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(40) 人を死なせる福祉の対応(下)北海道で、千葉県で

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県営住宅を強制退去になる日に心中を図り、娘を殺害……千葉県銚子市

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事件が起きた当時の銚子市の県営住宅。仲の良い親子だった(2014年9月24日撮影)

 2014年9月24日朝、銚子市豊里台にある県営住宅の1階の部屋で、母親(当時43)が、中学2年の娘(当時13)の首をハチマキで締めて殺し、自分も死のうとする事件が起きた。家賃滞納で住宅明け渡しが強制執行される日だった。前年に生活保護の相談に行ったが、申請できずに帰っていた。

 千葉地裁は15年6月12日、「精神的に追い込まれた状況で、突発的に犯行に至った。原因のすべてが被告人にあったとは言えず、強く非難できない事情もある」としつつ、母親に懲役7年(求刑14年)の実刑判決を言い渡した。母親は控訴したが、東京高裁で棄却され、確定した。

 母親は02年に離婚し、07年11月、県営住宅に母娘で入居した。隣町の学校給食センターでパートとして働き、児童扶養手当(年3回)、児童手当(年3回)を受給し、就学援助も受けていた。元夫からの養育費は3万円の約束だったが、少ない時やゼロの時もあり、12年に入ると支払われなくなった。それを含め、事件前の2年間の平均月収は検察側の計算で14万4280円、母親の公判供述では11万~13万円程度。13年2月には娘の中学進学のため、社会福祉協議会から12万5000円を借り、分割返済を始めた。同じころ、ヤミ金からも借りて週1万円ずつ返した。返済が遅れると電話がかかり続け、どなられた。家賃の支払いは後回しになった。

 家賃は月1万2800円だったが、11年11月からしばしば滞納。やがて9か月分たまり、千葉県は13年3月に明け渡し請求を行い、入居許可も取り消した。13年7月には明け渡し請求と滞納家賃の支払いを求めて提訴。母親は裁判に出ず、書面も出さなかったため、県勝訴の判決が出た。県は14年5月23日に強制執行の事前通知をした。その後、母親は県へ電話して「待ってくれないか」と伝えたが、県は8月19日に裁判所へ強制執行を申し立てた。8月27日には執行官が強制執行の公示書を留守中の自宅内に掲示した。

 この間、母親によると、08年か09年ごろ、生活保護を申請しようと銚子市の社会福祉課を訪れて相談したが、「仕事をしているから申請してもお金がおりない」と言われ、申請せずに帰った(銚子市の記録は不明)。13年4月5日には市の保険年金課を訪れ、国民健康保険料の滞納に伴う短期保険証の発行を受けた。その際、生活保護の受給を勧められ、隣にある社会福祉課で保護申請を相談した。収入なども話したが、職員から「申請してもいいけど、あなたの場合は支払われる額はない気がする」と言われ、申請をあきらめて帰ったという(銚子市の説明では、生活保護がどのようなものか教えてほしいと聞いてきたので、パンフレットを見せて説明した。「本格的に受けたければ、所得のわかる給与明細を持って来てください」と言うと、「何かあればまた来ます」と帰った、としている)。

 事件は、強制執行に訪れた補助業者が発見した。うつぶせになった娘の横で、母親は、娘の運動会を撮ったDVDを見ながら、「これ、うちの子なの」「首を絞めちゃった」「生活が苦しい」「お金がない」「このDVDが終わったら、後を追って死ぬんだ」と穏やかに話したという。所持金は2717円、預金残高は1963円。娘はバレーボール部員だった。

 母親は公判で、こう供述した。「留守中に貼られた強制執行の紙を見て、もうダメだな、死ぬしかないと思うようになった。自分だけ死んで娘は国に保護してもらうつもりだった。娘を学校に送り出してから死ぬつもりだったが、娘が自分の体調を心配して学校を休むと言ったので計画が狂った。当日のことは全く覚えておらず、なんで娘を殺すことになったのかわからない」

  【コメント】 公営住宅の家賃は低額ですが、世帯収入が少ないなど、支払いが困難な時は、家賃減免制度があります。千葉県の条例による基準に当時の母親の収入をあてはめると、60%または80%減額され、月に7000円から1万円ほど減ったはずでした。しかし減免制度は、申請しないと適用されません。県による減免制度の周知は、入居時のしおりの記載と、年1回の翌年度の家賃通知の裏面に載せた案内、ホームページへの掲載だけ。県内の利用率は、減免対象になりうる入居世帯の17%弱という低さでした。家賃滞納者にも減免制度は伝えず、一方で督促だけは繰り返していたのです。

 また県は、家賃の滞納が続いた時も、明け渡し請求や強制執行の手続きを進める時も、本人に会って生活実態などの事情を聴いていませんでした。悪質な滞納者でないのに、一方的に手続きを進め、路頭に迷わせる事態を招くのは、居住保障という公営住宅の目的に反します。

 公営住宅法は「健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、または転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与すること」を目的にしており、憲法25条の生存権保障の一環です。また住生活基本法(06年制定)は低所得者、被災者、高齢者、子どものいる家庭などの居住の安定の確保を求め、住宅セーフティ-ネット法(07年制定)は、そうした住宅確保要配慮者のための施策を国・自治体の責務と定めています。公営住宅をもつ自治体は、単なる賃貸住宅の家主であってはいけないのです。

 銚子市の生活保護窓口はどうか。相談に出向いた時、母親は、できれば保護を受けたいと考えていたはずで、収入も保護基準を下回っていたとみられます。ところが生活実態の聞き取りをろくにせず、申請は無条件でできることを伝えず、申請意思の確認もしなかったのは、申請権の侵害でしょう。

 行政の各部門の連絡・連携も問題です。強制執行や滞納処分の担当部門は、縦割りで自分たちの業務だけを進めがちですが、生活に困っている世帯なら、福祉部門に連絡すれば、援助の方法がありうるでしょう。逆に福祉部門からの連絡も、生活基盤の維持や滞納の解決につながります。生活困窮を知った市の社会福祉課から県の住宅担当課へ連絡していれば、家賃減免を使えた可能性があります。

 もう一つ、法律家との連携も重要です。この事件で生活苦の大きな原因は、ヤミ金を含む借金でした。保護の開始前でも開始後でも、市民相談担当課や法テラス、弁護士会などを紹介していれば、弁護士や司法書士の援助を受けて、わりあい簡単に債務を整理できたはずです。

悲劇を防ぐための具体的な方策

 法律家、研究者、支援者らがつくった全国「餓死」「孤立死」問題調査団は、札幌の姉妹の事件などを踏まえて12年6月7日、 「餓死」「孤立死」根絶のための提言 を発表し、次のことを挙げました。

  1. すべての孤立死事件に関する徹底した調査の実施
  2. 必要とする人が漏れなく生活保護を受けられるようにすること
  3. ライフライン業者などとの連携強化による緊急対応
  4. 生活困窮や孤立に陥りやすいリスク層に対する積極的アプローチ
  5. 行政内部での連携の強化と、ケースワーカーをはじめ専門職員の十分な要員配置・専門性の向上

 2の生活保護については、水際作戦を根絶するため、<1>窓口の誰もが手に取れる場所に申請書を備え置く<2>相談の最初に申請書を示す<3>誰でも無条件に申請する権利があること、原則として申請に基づいて開始されること、申請があれば原則14日以内に保護の要否判定をして書面による決定がなされること、などを書いた説明文書を渡したうえで助言・教示する――を求めています。積極的な周知が足りない生活保護制度の広報強化も要請しています。

 3のライフライン関係との連携では、電気・ガス・水道のほか、不動産賃貸業者、介護保険事業者、郵便配達、新聞配達、ヤクルト配達、配食業者などとの連携も重要だとしています。

 孤立死は、その後も全国各地でしばしば起きています。単身者だけでなく、複数人数の世帯の孤立死が少なくないのも近年の特徴です。生活に困っていた場合でも、福祉行政との接点がなかったケースは大きな問題になりにくいのですが、多数あります。突然の病気で亡くなるのは仕方ない場合があるとしても、生活困窮によって起きる孤立死、自殺、事件などは、社会として防がないといけません。

 住民同士のつながりや見守りも大切だけれど、まずは行政職員が人を助ける意識をしっかり持つこと。そして悲劇を防ぐための具体的な手だてを構築することが重要だと思います。

 *参考文献 『「餓死・孤立死」の頻発を見よ!』(全国「餓死」「孤立死」問題調査団、あけび書房、2012年)、『また、福祉が人を殺した』(寺久保光良、あけび書房、2012年)、『「福祉」が人を殺すとき』(寺久保光良、あけび書房、1988年)、『なぜ母親は娘を手にかけたのか』(井上英夫・山口一秀・荒井新二編、旬報社、2016年)、「賃金と社会保障」1642号(旬報社、2015年9月)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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