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がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点

医療・健康・介護のコラム

余命に関する誤解(上)

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 「あなたの余命は6か月です」

 がんと診断され、このように医師から言われた患者さんがいます。

 『がんで余命○か月』と、よく耳にしますが、実際のところはどうなのでしょうか?

 今回は、余命に関するさまざまな誤解について、述べたいと思います。

余命は当たらない

 「余命6か月と言われたけど、1年も生きています」
 「余命3か月と言われたけど、半年過ぎても元気です」

 こういった話も、聞いたことはないでしょうか?

 医師から言われた余命というのは、このような形で間違っていることがよくあります。

 医師が考える、医師が言う余命は正確なのでしょうか?

 医師が考える余命が正確かどうか、医学的に検証した報告があります。

 42の研究をまとめたシステマティックレビュー(信頼できる医学研究をまとめたもの)によると、進行がん患者さんに対する医師が推測する余命は、非常に不正確であった、ということです(1)。

 医師が推測するがん患者さんの余命は、ほとんどが医師自らの経験によるものです。もしかすると、非常に経験のある医師だったら、患者さんの余命をバッチリと当てられるのではないかと思われるかもしれません。

 この研究では、そのような“患者さんの余命を正確に当てられる医師がいたかどうか?”まで詳しく解析していますが、そのような医師は見つけ出せませんでした。

 このシステマティックレビューには、我々が行った研究も含まれています(2)。国立がん研究センター中央病院で治療を受けている進行がん75人の予後(その後の経過)について医師が事前に予測できたかを調べました。実際の患者さんの予後は、生存期間中央値で120日だったのですが、正確に予測できたのは、約3割でした(2)。

 28%の医師が予後を短く予測し、36%の医師が予後を長く予測していました。

 つまり、国立がん研究センターに勤務している専門医でも、がん患者さんの余命を3割しか当てられなかったということを示しています。

 私も25年間、腫瘍内科医をやっておりますが、25年の経験をもってしても、余命予測に関しては、まったく不可能だと思っています。

 ある患者さんで、がんが進んできているので、余命が3か月くらいと思っていても、実際には急激に悪化して、1か月で亡くなることがあります。

 逆に、別の患者さんでは、余命が3か月くらいだろうと思っていましたが、抗がん剤を めることによって、1年以上元気でいらっしゃいました。

 また、抗がん剤がすごく効いて、何年も生存された方もいらっしゃいます。

 このように、たとえ経験を積み重ねた医師であったとしても、正確な余命予測は難しいということがわかると思います。

余命予測が困難な理由とは?

 余命予測がなぜ難しいかというと、進行がん患者さんであっても、ほとんどの方は亡くなる最後の数か月くらい前までは元気でいられるからです。

 多発臓器転移があっても、とくに症状がないことはよくあることです。また、もしがんによる症状があったとしても、適切な対症療法によって抑えることができます。

 図は、疾病による亡くなるまでの全身状態の違いを示しています(3)。

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 がん患者さんの場合は、亡くなる少し前までかなり全身状態が良い状況が続きますが、いったん症状が出てきますと、急激に悪化して亡くなります。

 その状態を、“坂道を転げ落ちるように”と表現することがあります。少し前までは元気にしていたのに、ここ数日間で、体力が急に落ちたように感じる、食欲がなくなってきた、歩くのもやっとになった、などと症状が進んでいくことがあります。

 一方、脳卒中や心不全などの慢性疾患の場合は、全身状態が徐々に悪化していきます。時々、状態の悪化、回復を繰り返し、入退院をすることがありますが、図のように、なだらかに全身状態が悪化していきます。その期間は、何年もかかることがあります。

 すべての患者さんがこのパターンになるとは言えませんが、おおよそ、このような感じと考えていただければよいです。

 がん患者さんの全身状態は、亡くなる最後まで良好な場合が多いため、予後予測が難しくなるのだと思います。

 実際、私の患者さんで、亡くなる2週間前までテニスをされていた方もいました。

 余命予測のうち、医学的に極めて短期的な予測は可能であるという研究結果があります。

 「PPI(Palliative Prognostic Index)」と呼ばれる緩和ケアの専門領域で使用される予後予測ツールがあります(4)。

 がん患者さんの全身状態、経口摂取(口からものを食べる)、浮腫(むくみ)、呼吸困難、せん妄(意識がもうろうとすること)などの症状を数値化し、点数が高い患者さんでは、3週間以内に死亡する確率を85%の精度(特異度)で予測できるというものです。

 つまり、全身状態が悪くなり、食べられなくなり、むくみも出てきて、呼吸困難や、周囲の状況がわからなくなり混乱に陥るような状況になっている患者さんの余命はいくばくもないということを示しているのですが、このような状況になれば、誰だって、長くはないと思われるのではないでしょうか。

 進行がんであっても、症状のない状態で余命予測を行うのは、医師にも難しく、患者さんも自覚症状が乏しいので、余命と言われても“こんなに元気なのに、まさか”と、実際にはなかなかピンとこないのだと思います。

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勝俣範之(かつまた・のりゆき)

 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授

 1963年、山梨県生まれ。88年、富山医科薬科大卒。92年国立がんセンター中央病院内科レジデント。その後、同センター専門修練医、第一領域外来部乳腺科医員を経て、2003年同薬物療法部薬物療法室医長。04年ハーバード大学公衆衛生院留学。10年、独立行政法人国立がん研究センター中央病院 乳腺科・腫瘍内科外来医長。2011年より現職。近著に『医療否定本の?』(扶桑社)がある。専門は腫瘍内科学、婦人科がん化学療法、がん支持療法、がんサバイバーケア。がん薬物療法専門医。

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1件 のコメント

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まさに緩和ケア病棟に

お多福

一か月前に癌ステージ4と診断され、場所が場所で80過ぎて手術は体力的に無理、他の方法などなかなかなく、やがて死の選択することが最善と考えておりま...

一か月前に癌ステージ4と診断され、場所が場所で80過ぎて手術は体力的に無理、他の方法などなかなかなく、やがて死の選択することが最善と考えておりました。そして6日前に容態急変しドクターカーに乗り、手は無しとそのまま緩和ケア病棟に入院しました。
大変良くして下さり段々と向かうこちら側の心構えとか出来て来ました。死は一条と思いますので綺麗で生け花があちらこちらにあり家族の休憩場所もある病棟にスタッフさんに感謝です。

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