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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(39) 人を死なせる福祉の対応(中)北九州市の悲劇

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5回も保護を求めたが拒まれ、病死…八幡東区

 2005年1月7日、八幡東区の男性Cさん(当時68歳)が自宅玄関で死亡しているのを、介護保険のケアマネジャーが訪問して発見した。直接の死因は、糖尿病に伴う虚血性心疾患で、1月3日ごろ亡くなったと推定された。糖尿病でインスリン投与が必要な状態で、前年から福祉事務所を5回訪れて保護を求めたが、却下、取り下げ、相談扱いにされていた。

 Cさんは離婚して独り暮らし。長男、次男、長女は別世帯だった。1999年11月から八幡西区で生活保護を受けていたが、年金受給と養護老人ホーム入所に伴い、03年1月に保護廃止になった。ホームでのトラブルや本人の希望により、同年11月にホームを退所。その際、転居費用として年金を担保に130万円余りを借りたが、約4か月で使ってしまった。その後、次のような経過をたどる。

04年3月、「生活の維持が困難になった」と保護を申請。しかし、自宅を訪れたケースワーカー等を刃物で脅して公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕され、調査不能を理由に申請は却下された。

同年5月14日、保護を申請。すでに電気と水道は止められていた。調査中、生活資金の貸し付けを2度受けたが、ケースワーカーの生活指導や助言に従わず、6月1日に申請を取り下げた。

同年10月29日、「また養護老人ホームに入所したい。その面接が11月25日にある。それまでの生活費に困窮する」と相談。福祉事務所は6月の申請取り下げ時と状況に変化がないとして急迫状態と認めず、子に援助を依頼するよう助言。保護申請として扱わなかった。

同年11月16日、「手持ち金がない、生活困窮」と訴えた。福祉事務所は子への援助依頼と養護老人ホーム入所を助言。保護申請として扱わなかった。

同年12月8日、「子に援助を要請しているが、うまくいかない」と伝えたが、福祉事務所は、まだ連絡していない長女と連絡を取るよう指導。保護申請として扱わなかった。

 脳梗塞後遺症と糖尿病を患っていたCさんは「左目視力なし。右目0.2」。民生委員は04年5月の意見書で「糖尿病のためインスリン投与を受けており、薬を購入できないため、いつ倒れても仕方のない状態」と報告していたが、福祉事務所は治療方法や投薬状況を詳しく確認していなかった。

 一方、逮捕された事件以外にも、問題行動は目立っていた。養護老人ホームでは、職員をカッターナイフで脅す、女性入所者へのセクハラといったトラブルを起こした。04年11月には「早く何とかしないと、風の強い日に(自分の)家に火をつける」という手紙を福祉事務所に送った。12月14日には自分で腹を刺して市立八幡病院に運ばれていた。遺族はそろって遺骨の受け取りを拒んだ。

  【コメント】 10月、11月、12月の3回、福祉事務所に来たのに相談扱いにしたのは違法な「水際作戦」にあたります。生活困窮を訴えたのだから、福祉事務所側から保護申請の意思を確認する必要があります。その前の申請取り下げも、本人の意向だったか、疑問が残ります。

 糖尿病で視力が落ち、インスリンが必要というのは、重い病状です。初歩的な医学知識です。重い病気があり、電気と水道も止まっているのに放置すれば、死んでしまうことは容易に想定できます。

 子どもによる扶養を福祉事務所が何度も求めたのも問題です。親族の扶養は保護の「要件」ではなく、まして申請の前提ではありません。子どもの扶養が期待できないことは、行政側が過去の生活保護の受給時に確認し、04年3月の申請時にも再確認していました。福祉事務所は「子は親を扶養すべきだという市民感情もあり、バランスも必要」と説明しましたが、扶養できるかどうか明らかになるまで申請書を渡さないのは、違法です。本人から子どもに援助を求めるよう迫るのも、酷なことです。

 保護開始に至っていない段階で「指導、助言」を繰り返しているのも、おかしなこと。生活に困っている市民への高飛車な姿勢、上から管理しようとする姿勢がうかがえます。

 本人の言動、行動には確かに問題があり、福祉事務所には反感を持つ職員もいたようです。ただし問題行動には、職員の言動への反発もあったでしょうし、脳梗塞の影響があったのかもしれません。そもそも生活保護法は、困窮状態に陥った原因を問いません。過去の言動や性癖も、保護を拒む理由にはなりません。むしろ問題を抱えた人こそ、ケースワークの中で改善・解決をめざすのが福祉です。態度が悪いから助けない、態度が悪いから死んでしまえ、というのは行政のスタンスとしてありえません。

申請させてもらえず、「死ねということか」と自殺…小倉北区

 2007年6月10日、小倉北区のアパートで、男性Dさん(当時61歳)が自殺しているのが見つかった。生活保護を再び受けたいと福祉事務所に2回出向いたが、申請することさえ拒まれていた。

 遺族3人は損害賠償を求めて訴訟を起こした。福岡地裁小倉支部は11年3月29日、辞退届による保護廃止と保護申請の拒否について違法性を認定し、「生活保護受給権を侵害され、将来を悲観せざるを得ない状況に追い込まれた」として、北九州市に慰謝料など165万円の支払いを命じた(確定)。

 Dさんは建設会社を経営していたこともあったが、バブル崩壊後に財産を失い、アルコール依存症で精神科病院への長期入院を繰り返していた。入院中は生活保護だが、退院するとすぐ廃止されたりして知人宅を転々としていた。06年3~4月、肺炎と慢性肝炎などで入院。この時は入院中から福祉事務所と交渉を重ね、退院後に市議の紹介でアパートに入居して、6月から保護開始。8~10月に食道静脈 (りゅう) の手術、11月~翌07年1月にも不整脈で入院した。07年の経過は次の通りだった。

<1月10日>退院。アパートで保護は継続。

<3月5日> 配管工として就労を始める。

<4月2日> 給料日はまだだったが、保護の辞退届を提出。翌3日付で保護廃止。

<5月14日>アパート前で倒れていて、近隣住民が呼んだ救急車で病院へ運ばれたが、本人はお金がないと診療を拒否。以後、体調不良で仕事へ行けなくなる。

<6月4日> Dさんが小倉北福祉事務所へ相談に出向くが、面接主査から過去の就労収入の使途を問われて説明できず、「2週間ぐらい仕事を探して、また来るように」と言われた。

<6月5日> 市議が同行して再び小倉北福祉事務所へ。その際のやりとりは以下のようだった。

 Dさん 「生活に困っているので生活保護を申請したい。まだ少しお金はあるが、病院代もかかる。仕事が決まっても給料が出るまで1か月かかる。その期間が不安だ。今、申請書を書くから、大変な時は受理してほしい。一応預かってほしい」

 面接主査「申請書は預かれない。受け取った日が申請日になる。申請書を出してもいいが、この状態では却下になるだろう。仕事を探す努力をして2週間後に来てほしい。仕事が決まったら、前借りする方法もある」

 Dさん 「仕事をしてすぐに前借りなどできない。死ねということか、死んでやる。また来る」

 その5日後に、Dさんは命を絶った。所持金は1079円だった。

  【コメント】 4月の時点で、健康状態や収入の程度を確かめずに辞退届を書かせたのは問題です。6月には保護を申請したいと明確に伝えたのに、求職活動をしてから申請するように言ったのは、申請権の侵害です。また以前、住居のない人に行われていた「退院即、保護廃止」という運用も違法です(柳園訴訟1993年10月25日京都地裁判決、京都山科訴訟2005年4月28日京都地裁判決)。

小倉支部の判決は、生活保護について「要保護状態にあるのに保護を受けられないと、その生命が危険にさらされることにもなるのであるから、他の行政手続きにもまして、利用できる制度を利用できないことにならないように対処する義務がある」と、行政の責任の重さを強調しました。そして、生活保護制度を利用できないかと相談してきた人に対する対応について、次の義務を示しました。

<1>相談者の状況を把握すること

<2>利用できる制度のしくみについて十分な説明をし、適切な助言を行う義務

<3>必要に応じて保護申請の意思を確認する義務

<4>申請を援助指導する義務(意思を明確に示せない人もいるため)

<5>誤った教示によって保護の申請を断念させたりしないよう配慮する義務

 これらの内容は、1963年4月1日の厚生省社会局長通知(保護の実施要領)、06年3月30日の厚労省保護課長通知による「生活保護行政を適正に運営するための手引」でも示されていましたが、裁判所が行政の義務を明示したことは重要です。

また判決は、保護申請は口頭でも有効と判断。場合によっては「申請する」という直接的な表現によらなくても、申請意思が表示されたと認められる場合がある、と幅広い解釈での運用を求めました。

さらに、辞退届による保護廃止について、次の要件を満たす必要があるとしました。

<1>任意性を担保するため、実施機関(福祉事務所)は、辞退届の提出を勧誘してはならない

<2>被保護者が、保護利用を継続できることを認識したうえで、任意かつ 真摯(しんし) に辞退を申し出たと言えること

<3>被保護者に経済的自立のメド(十分な収入を得られる確実な見込み)があり、保護廃止によって急迫した事態に陥るおそれがないこと

 本人が辞退届を書いたとしても、強要された場合や勘違いしていた場合はもちろん、ちゃんと生活していけることを福祉事務所が確認しなければ、違法な保護廃止になるわけです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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