文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

東北大病院100年

ニュース・解説

第4部 異端児(番外編)先進医療開発、国際化へ…八重樫伸生院長に聞く

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック
第4部 異端児(番外編)先進医療開発、国際化へ…八重樫伸生院長に聞く

東北大病院の歩みについて語る八重樫院長(仙台市青葉区で)=冨田大介撮影

 開設100年の節目を昨年迎えた東北大病院(仙台市青葉区)。4部にわたる連載では、その歴史や物語を振り返った。最後に、これまでの歩みと今後100年の方向性を八重樫伸生・東北大病院長に聞いた。(聞き手・加納昭彦)

 ――これまでの歴史で特筆する治療法などの研究は。

 「外科では、かつては患者全員が亡くなった胆道閉鎖症という小児の病気について、葛西森夫先生が1950年代、世界で初めて手術を開発した。産婦人科では、鈴木雅洲先生が83年、日本で初めて体外受精児の誕生を成功させた。他にも多くの研究があるが、いずれも未知の病気に対する開拓精神を発揮する東北大病院の良さが生きた」

 ――地域医療で果たした役割は。

 「東京より北に設立された最初の医学部・大学病院として、東北はもちろん、北海道、北関東、北陸の地域医療の中心を担ってきた。40~50年前、全国に新設された医大に、指導的な立場の人材を供給してきたからだ。その流れは、東北の中核的な病院の院長を、今も多くの東北大病院出身者が占めていることでもわかる」

 ――4月、東北医科薬科大に初の新入生が入った。

 「大変喜ばしい。東日本大震災で疲弊した地域医療を支援することを全面的に打ち出した東北医科薬科大病院とは、手を携えて地域医療の発展に努力したい」

 ――震災で沿岸部の医師不足は続いている。

 「東北大病院は震災後、二つの改革を行った。一つは被災地の沿岸部に医師を組織的に派遣する仕組みを作ったことだ。若手医師の一部は1年間のうち、4か月被災地の病院に派遣され、残りの8か月を被災地の健康調査やゲノム医療などの研究にあてている。へき地での勤務は、地域医療の大切さを学べる一方、最先端の研究から取り残される恐れがある。この仕組みを通じ、若手医師は、研究で専門性を高めるとともに、患者全体を診る重要性も学んでほしい」

 「もう一つは、医師派遣の権限を医局から大学病院に移したことだ。これまでは、各医局が特定の病院や救急センターを支援する仕組みで、医局間の人事交流はほとんどなかった。権限移譲は、病院全体で支援する体制を作るための改革で、これまでの100年間できなかったことだ」

 ――今後の100年間の方向性は。

 「国際化という視点が重要になる。東北大病院の最大の使命は、これまでの100年間と同様、先進医療の開発だ。例えば、米カリフォルニアのスタンフォード大では、大学病院を中心にシリコンバレー全体で医療機器が開発され、世界中からヒト、モノ、カネが集まっている。東北大は工学部の研究が世界的に知られ、医工連携も進んでいる。仙台をアジアのシリコンバレーにし、東北大病院で開発された先進医療を受けたいという患者さんが世界中から集まるようにしたい」

 やえがし・のぶお 東北大医学部卒。同大病院産婦人科などを経て現職。日本産科婦人科学会副理事長。日本婦人科腫瘍学会理事長。56歳。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

東北大病院100年の一覧を見る

最新記事