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東北大病院100年

ニュース・解説

第4部 異端児(上)医師出身、尾瀬の自然守る…初代環境庁長官・大石武一

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第4部 異端児(上)医師出身尾瀬の自然守る…初代環境庁長官・大石武一(1909~2003年)

講演する大石武一氏(1983年撮影、長男・正光さん提供)

 ◇初代環境庁長官 大石武一(1909~2003年)

 開設100年の節目を昨年迎えた東北大病院(仙台市青葉区)に人材を供給する同大医学部は、医療とは異なる分野の仕事で後世に語り継がれる人物も生み出した。最終第4部では、そうした異端児が今に残したものを考える。

 東北大病院出身の医師で、閣僚になった人がいる。実質的な初代の環境庁(現・環境省)長官を務めた大石武一だ。自然や環境の保護に取り組んだ政治家として知られる。その功績の一つが、尾瀬の自然を守ったことだ。

 群馬、福島など3県にまたがる尾瀬ではかつて、観光道路を通す計画があった。環境庁長官だった大石は1971年、計画に反対する尾瀬の山小屋経営者の直訴を受け、すぐに現地を訪ねた。尾瀬の大自然を目の当たりにした大石は、計画を中止させる決断をした。

 公益財団法人「日本自然保護協会」(東京)参事の横山隆一(57)は後年、大石に何度も同行し尾瀬を訪れた。草花を傷付けたくないと、岩場で弁当を広げる大石の様子に「自然を心から愛する人だった。大石さんがいなければ、今の美しい景観はなかった」と振り返る。

 子供の頃、植物学者になるのが夢だった大石は、衆院議員だった父の勧めで医者になった。ところが、死に際の父に政治の道を託され、48年に衆院議員になった。衆院10回、参院1回の当選を重ねた。

栗原市長の佐藤勇さん

栗原市長の佐藤勇さん

 大石の死去から13年を迎えるが、DNAを受け継いだ政治家が県内に2人いる。同長官時代の秘書官だった栗原市長の佐藤勇(74)がその1人だ。

 同市内には、国内有数の渡り鳥の越冬地として知られ、ラムサール条約の登録湿地になっている「伊豆沼」や栗駒山など豊かな自然がある。そうした自然を守り、教育や観光に活用しようと、佐藤は市内一帯を自然公園とする「栗駒山麓ジオパーク構想」を提案し、昨年認定された。「一度失われた自然は二度と戻らないとオヤジさん(大石)に教わった。豊かな自然を守りたい」と語る。

 大石は核軍縮にも熱心だった。その理由は、著書『尾瀬までの道 緑と軍縮を求めて』(サンケイ出版)に書かれている。

 「国家の名において国民の生命を虫ケラのように軽視し、人と自然を一挙に壊滅する暴挙は許されるはずがない」

県議の佐々木功悦さん

県議の佐々木功悦さん

 1981年、超党派の国会議員でつくる国際軍縮促進議員連盟が結成され、会長に推された。大石の秘書だった県議の佐々木功悦(68)は、大石の背中を追いかけようと、自治体の非核宣言を広げる活動に励んだ。

 美里町長になった佐々木は2009年、未宣言の県内11自治体を訪ね歩き、核廃絶を説いた。米大統領のオバマがプラハ演説で「核なき世界」を訴えた年だ。「今こそ、宣言を広げる好機」と考えた。翌年には、県内の市町村の非核宣言の採択率は100%になった。

 オバマが5月、広島市を訪れ、被爆者の手を握った様子はテレビでじっと眺めた。佐々木は言う。「唯一の被爆国として核廃絶は当然のこと。まだ遠い道のりだが、オバマさんの被爆地訪問は、オヤジが生きていたら喜んだのではないか」

 大石が初代会長を務めた公益財団法人「緑の地球防衛基金」(東京)理事長を務める長男・正光(71)は「父は非常に頑固で、自分の信念をどこまでも貫く人だった」と振り返る。「何よりも命を大事にする政治家だった。その原点は、人の命を守る医師出身だったことにあるのだと思う」

(敬称略)

 大石武一(おおいし・ぶいち) 仙台市出身。東北帝大医学部卒。1948年の衆院補選で旧宮城2区から初当選。環境庁長官は、71年の同庁発足直後の4日間だけ、山中貞則・総理府総務長官(当時)が兼務した。専任としては大石が初代の長官となる。83年に政界から引退。

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