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高齢者の終末期を病院で診る立場から 宮本顕二・礼子

さよならを言う前に~終末期の医療とケアを語りあう~

【相模原殺傷事件】介護ストレスと関連はないか?

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テーマ:緊急特集「相模原殺傷事件 私はこう考える」

介護ストレスと関連はないか?

 私はこの事件を、一般の介護職員の視点で考えてみたいと思います。

 一昨年、川崎市の老人ホームで高齢の男女3人がベランダから転落死させられる事件が起こりました。今回も知的障害者施設で残忍な事件が起こりました。このような事件が起こるたび、私は介護現場における職員のストレス対策の不備が事件に関係していないかどうかが気になります。

 私(礼子)は、認知症の治療病棟に勤務していますが、時に認知症患者の言葉に深く傷つきます。1時間に5~6回トイレに連れて行くことを要求する患者に対して、少し待つようにお願いしたところ、「それでも人間か!」「バカ!」と言われたことがあります。「バカと言わないでください」と言うと、「わかりました。アホと言います」と返ってきました。

 ある要求の多い患者は、思うようにならないと、「やさしい言葉のひとつもかけられないのか」と言います。わざと床に物を捨てた患者から「ほら、拾え!」と言われた介護者もいました。

 残念ながら、介護の仕方や接し方をどんなに工夫しても、無理な要求が続く場合があります。病院や施設は社会の縮図なので、要介護者には性格の良い人も悪い人もいます。「私にも人権がある!」と言って めたグループホームの介護者がいました。介護職員の中には、精神的にも肉体的にも限界を超えていると言う人が少なくないのです。

 認知症の家族介護者にはストレス対策の重要性が指摘され、家族の思いは傾聴され、レスパイトケア(家族の休息のために一時的に要介護者を医療機関や施設で預かる)が行われます。

 しかし、介護職員のストレス対策に取り組んでいる病院や施設はほとんどありません。介護の現場では、介護の質の評価と助言は行われますが、介護者のストレスが評価されることはまずありません。そのため、介護者がどのような気持ちで介護を行っているのかわかりません。

 介護者が要介護者と良い関係を築けない場合は、まず介護の質が問われるため、なかなかそれを口にすることができません。ストレスに強い人、ストレスを発散できる人はよいですが、そうでない人は仕事を辞めるか、人の見ていないところで要介護者を虐待するようになります。要介護者は虐待されても覚えていなかったり、訴えたりすることができないので、虐待は発覚しにくいからです。ビデオカメラでもついていなければ、他の職員にも虐待の有無はわかりません。

 厚労省により労働者が50人以上いる事業所では、2015年12月からストレスチエックが義務化されました。まだ始まったばかりでその有用性はわかりませんが、介護現場でのストレス軽減につながることを期待します。

 もちろん、介護の仕事はつらいことばかりではありません。要介護者やその家族との心温まる交流があり、人の役に立つうれしさもあります。介護者がストレスを乗り越えて仕事に生きがいを感じるためには、介護者のこころの内に耳を傾ける必要があります。

 相模原事件では、介護ストレスがあったかどうかわかりません。仮に介護ストレスがあったとしても、それをもって犯人を擁護するつもりはありません。

 しかし、もしそれが原因であったとしたら、単に犯人を非難するだけでは解決しません。介護の現場を客観的に見ることも大切です。そのことが、第2の事件を防ぐことにもつながると思うのです。

【略歴】

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 宮本顕二(みやもと・けんじ) 北海道中央労災病院長、北海道大名誉教授。

 1976年、北海道大卒。日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事長。専門は、呼吸器内科、リハビリテーション科。「高齢者の終末期医療を考える会」事務局。

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 宮本礼子(みやもと・れいこ) 江別すずらん病院 認知症疾患医療 センター長

 1979年、旭川医科大学卒業。2006年から物忘れ外来を開設し、認知症診療に従事。今年7月から現職。日本老年精神医学会専門医、日本認知症学会専門医、日本内科学会認定内科医、精神保健指定医。「高齢者の終末期医療を考える会」代表。

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 終末期医療やケアに日々、関わっている当事者や専門家の方々に、現場から見える課題を問いかけて頂き、読者が自由に意見を投稿できるコーナーです。10人近い執筆者は、患者、家族、医師、看護師、ケアの担い手ら立場も様々。その対象も、高齢者、がん患者、難病患者、小児がん患者、救急搬送された患者と様々です。コーディネーターを務めるヨミドクター編集長の岩永直子が、毎回、執筆者に共通の執筆テーマを提示します。ぜひ、周囲の大事な人たちと、終末期をどう過ごしたいか語り合うきっかけにしてください。

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1件 のコメント

介護ストレスについて

アオギナコ

介護の仕事を始めて12年になる者です。認知症の方は大正生まれの世代はどこかのんびりとした余裕のある方が多かったですが、昭和生まれの世代の方は心の...

介護の仕事を始めて12年になる者です。認知症の方は大正生まれの世代はどこかのんびりとした余裕のある方が多かったですが、昭和生まれの世代の方は心の余裕がなく権利意識も強い方が多いように感じます。そして認知症もさることながら、精神疾患の方が非常に多くなってきて、介護者として関わるのが難しい、心が通い合わずに、高齢者からのキツい言動だけが心に残ることも多くなっています。今回の相模原の事件について職場の仲間に話を聞くと、特に若い20代の職員に、犯人の心情に共感する部分があることが分かりました。ストレスで辞めたり休職しているのも20代が多いです。介護職員のメンタルヘルスは深刻な問題です。

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