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虹色百話~性的マイノリティーへの招待

医療・健康・介護のコラム

第56話 五輪を舞台としたゲイ小説の金字塔『フロント・ランナー』

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yomidr_niji_L_20160915 前回につづきますが、オリンピックとゲイといえばゲイノベルズの金字塔、『フロント・ランナー』(パトリシア・ネル・ウォーレン著)の名をあげないわけにはいきません。男子長距離界の覇者とそのコーチの、愛とモントリオール五輪(1976)への挑戦、そして衝撃と感動の物語。まさに「全米が泣いた」というような作品です。

 原書は1974年4月に刊行、75年ペーパーバック版、90年に北丸雄二訳で日本語版(第三書館、入手可)が刊行。若かりしころの私もこれに読みふけりましたが、上の世代でも銀座の洋書店、イエナ書店でペーパーバックを買い、辞書を引き引き紅涙を絞ったものだとか。

 今回、25年ぶりに図書館から借りてきて、読んでみました。

ゲイのコーチとゲイの選手が出会い、物語が始まる

  物語は1974年12月10日、3人の学生ランナーがニューヨーク郊外の創立間もないプレスコット大学の陸上コーチ、ハーラン・ブラウンを訪ねてきたところから始まります。男子学生はジャック、ヴィンス、そしてビリー。この3人のスター選手が、元いた陸上の名門オレゴン大学でコーチに退学を命じられたことはちょっとした話題になっていましたが、なぜ退学になったのか真相は (やぶ) の中。

 やってきた3人を代表してビリーは言います。「僕たちはゲイです。こっちの2人は恋人どうし。それがコーチに知れて追放されたのです。スポーツの敵とはお前らみたいな連中のことだ、わしの隊にソドムもゴモラ(※)も造らせんぞ、って」

(※旧約聖書に描かれた都市の名前で、住民の罪悪で神に滅ぼされたとされる)

 なぜ、私のところに? と問うハーランに、サンフランシスコ生まれのビリーは答えます。

「父が、あなたならわかってくれると言いました。父もゲイで、ソドミー法に反対する訴訟を担当している活動家の弁護士です」

 そう、ハーランはゲイであり、数年前、ある有名大学のコーチ時代にゲイであることが (うわさ) となり、辞職。妻とも離婚した。その後、NYで高級男娼として日を送りました(海兵隊上がりで、その後も走り続けていた正真正銘のアスリートでしたから、30代でしたが客がとれたんですね。笑)。そのNYで69年6月、現代ゲイ解放運動の始点とも称される「ストーンウォール暴動」(ゲイバー、ストーンウォール・インを襲った警察に、客らが投石、抵抗した事件)に遭遇し、ゲイとしての内面の覚醒も経験しています。 

 やがて彼は、新しい教育をめざすジョー・プレスコット学長に招かれます。ゲイだということはプレスコット夫妻のほかは知りませんが、そこはゲイリブサークルもあり、ゲイをオープンにする教師もいる、まったくリベラルで理想主義的なキャンパスでした。

 ここでの体育教師、そして陸上部コーチとして、おだやかで充実した日々を送りました。自らもトレーニングに励み、しかし学生とは絶対そういう関係にはならないとルールを定めたハーラン。39歳の身で、すでに「欲望」の炎は静かに鎮火しつつあると考えていたときに現れたのが、ビリーだったのです。

 エピローグを含む全21章のうち、はじめの8章が愛の成就に充てられています。ビリーもハーランも、実は初めて会ったときから相手に愛を感じていたというのに、「学生とは関係しない」と自己に厳しいハーラン。彼の心を疑い、迷い、一時はチームを離れるのではないかとまで悩むビリー。ハーランがついに本心を口にし、いつものランニングコースから分かれた細いけもの道の先の秘密の場所で2人が初めて結ばれる章は、前編のクライマックスです。

 白人にはちょっと珍しい気もする年の離れすぎたカップル(40歳と卒業前の学生)ですが、スポーツクラブのコーチと選手の、駆け引きと 逢瀬(おうせ) はBL(ボーイズラブ)感満載で、お好きな方にはこたえられません。まだ結ばれるまえ、マッサージしてもらいながら、 (ひも) 型サポーター「ジョックストラップ」姿のビリーがコーチを誘惑する場面もありますよ。

騒ぎにしたのは常にあなたたちのほうだ

  おたがいの愛を知り、心も落ち着いた2人、そして彼らを中心とするチームは、果敢に大会エントリーを重ね、各地のアスリートとデッドヒートを繰り広げては、認知と選手の友情を広げていきます。ビリーはついに、モントリオール五輪のチーム入りを射止めます。

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永易写真400

永易至文(ながやす・しぶん)

1966年、愛媛県生まれ。東京大学文学部(中国文学科)卒。人文・教育書系の出版社を経て2001年からフリーランス。ゲイコミュニティーの活動に参加する一方、ライターとしてゲイの老後やHIV陽性者の問題をテーマとする。2013年、行政書士の資格を取得、性的マイノリティサポートに強い東中野さくら行政書士事務所を開設。同年、特定非営利活動法人パープル・ハンズ設立、事務局長就任。著書に『ふたりで安心して最後まで暮らすための本』『にじ色ライフプランニング入門』『同性パートナー生活読本』など。

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2件 のコメント

黒人解放運動とゲイリブ

カイカタ

アメリカの場合、ゲイリブが進展したのは、その前に黒人解放運動があったからでしょう。ストーンウォールの暴動の時を、ゲイ達がRosa Parksにな...

アメリカの場合、ゲイリブが進展したのは、その前に黒人解放運動があったからでしょう。ストーンウォールの暴動の時を、ゲイ達がRosa Parksになったと表します。このRosa Parks、アメリカではよく使います。どういう意味か調べてみては? 沖縄の米軍基地建設反対運動で米兵にWe are Rosa Parksというサインボードを見せると、大変喜ばれました。若い白人の兵士も感銘を受けていました。

こういう人権運動全体とゲイリブとの関連を語ってみてはいかがでしょうか。

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岩永直子

 ホモフォビアと闘う後半はもちろんですが、乾燥しまくりな日常を送っているわたくしとしては前半も楽しみです。そして永易さんの涙腺崩壊ポイントはどこ...

 ホモフォビアと闘う後半はもちろんですが、乾燥しまくりな日常を送っているわたくしとしては前半も楽しみです。そして永易さんの涙腺崩壊ポイントはどこなのか、ワクワクしながら読もうと思います。ご紹介ありがとうございます!

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