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筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌

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安心を力にして 必要なギアチェンジ

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 二つ目は私の相談支援の仕事のことについて話された言葉です。

 「望まれる生活は実現できます。岩崎さんがご自身で一から考えて、自分の暮らしを作っていかれる糸口を提供できると思います」

 一見、突き放しているようにも受け取れますが、さらっと言われた言葉の中にプロフェッショナリズムを感じました。「すべてのことはあなたが考えて、どのように暮らしていかれるのかを決めていく。自分はその手助けに持てる力を尽くします」ということだからです。ささいな一言でも内実のある言葉は、信頼を育てていくのだと実感します。

 相談しはじめたばかりの頃、正直、電話による会話が難しくメールやファクスの文字だけでやり取りをしなくてはならない及川さんが、依頼者の私や他の支援関係者との連携や調整など細かいコミュニケーションを要する業務を支障なくできるのかな……。と、不安な気持ちがありましたが、仕事ぶりに接することで今はその心配が 杞憂(きゆう) だったと、はっきり言うことができます。

心配するのではなくて、見ていく

 私は29歳のとき、 胃瘻(いろう) からの経管栄養をするようになったのを機に、24時間体制での在宅医療を実施する「仙台往診クリニック」に診てもらうようになりました。

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主にメールのやり取りを通じて作成した書類を確認する

 今でこそ訪問診療、往診は珍しくないですが、院長の川島孝一郎先生は、ほとんど在宅医療が未開拓だった頃から実践してきたパイオニアとしても全国的に知られています。これまでの11年にわたるクリニックとの関わりを書き始めると、それだけで数回の連載ができてしまいそうなので控えめにしますが、現在、私が病気と付き合いながら自分の暮らしができているのは、この在宅医療専門のクリニックのバックアップがあるおかげです。

 在宅医療は、介護や福祉の支援とも連携して、その人の暮らし全体を支える視点で行われます。今後の介護体制づくりのこと、ひとり暮らしを実現したいと思っていることを相談すると、院内でも協議があり、川島先生と看護師さんが来訪してのケア会議になりました。

 介護ベッドの傍ら、スツールに座って穏やかに話す先生の話を聞いていると、なぜかこの先のいろいろ難しい事柄も何とか乗り切れそうに思えてくるのが不思議です。具体的な助言やこれからの進め方などを話されたあと、川島先生が私の両親にかけてくれた言葉があります。

 「人情はとても大切だと僕は思っています。親として子どもさんの介助をされることは自然な親心と思います」

 「そしてまた年を重ねれば誰もが衰えて、体が思うように動かなくなってくるのはそれもまた自然なことです」

 と、丁寧な前置きをしてから、私たち一家のこれからに大事な言葉をかけてくれました。

 「お父さん、お母さん、これまで本当にギリギリ目いっぱい息子さんの介護にがんばってこられたと思います。大丈夫ですよ。もうこれからは、心配するのではなくて、見ていくだけでよいのですよ。もちろん何もしないで放っておくのではなくて、これまでどおり思いを寄せていかれることは変わらずに、気を配りながら見守っていけばいいんです」

 私は (そば) で先生の話を聞きながら、両親の顔が安心した表情に和らいでいくのを目の当たりにして、心を打たれました。

外からの風を迎え入れよう ヘルパー介助で生活を支える

 「できないとか言っていられないの」

 これは、母からよく聞いた言葉です。そんなつぶやきを心に抱えている障害のある子の親はけっこういるのではないかと思います。

 40年以上。人生の半分といってもよい年月、家族の介助を全面的に続けてきたら、もう体が無理なのだからしなくていいと言っても、すぐには気持ちを切り替えられないのも当然だと思います。たとえるなら、走っている車が減速もせず急ブレーキをかけたら運転者も同乗者も衝撃を受けますし、ケガする場合もあるのと同じではないでしょうか。

 両親はわが子が目の前で介助を必要としている状況にあわせ、その時々を無我夢中で乗り切ってきたのだと思います。体の限界を超えるまで介助を担わざるをえなかったのは、自分たち以外にやる人はいないからと、それだけ追いつめられた状況を長年抱えていたことの表れでもあります。

 親が主体になって生活を支える介護から、ヘルパー介助で生活を支える介護へと移行させていくことは、本人と家族が幸せに人生を生き続けるために必要なギアチェンジです。今、私と両親はその大きな変換をする局面にいるのでしょう。

勇気をだして
外からの
風を迎え入れよう
それは
幸せを守ることなんだ

大丈夫ですよ
これからは
心配するのではなくて
見守るだけで
よいのですよ

写真:冨田大介

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yomidr_iwasaki

岩崎 航(いわさき・わたる)

 1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳ごろ、筋ジストロフィーを発症する。現在は胃瘻と人工呼吸器を使用し、仙台市内の自宅で両親と暮らす。25歳から詩作を始め、2013年、詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、15年、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』(共にナナロク社)を出版。16年、創作の日々がNHKのETV特集で全国放送され、話題を集める。公式ブログ「航のSKY NOTE」で新作を発表中。

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1件 のコメント

呼吸器ユーザーの自立生活

國光 良

私も岩崎さんと同じ筋ジストロフィーという病気をかかえ、一日ほぼ24時間呼吸器を使いながらも、自立生活をしています。全てヘルパーさんの介助を受けな...

私も岩崎さんと同じ筋ジストロフィーという病気をかかえ、一日ほぼ24時間呼吸器を使いながらも、自立生活をしています。全てヘルパーさんの介助を受けながらの生活は今年で4年目です。
しかし、介護環境が安定するのには、自立生活を決めてから3年もかかりました。
自立生活をするには、現在、岩崎さんが実践されようとしているように、住んでいる地域で、頼れる人たち(訪問介護や看護の事業所、往診医、ヘルパーさん、相談員など)を見つけることが重要だと実感しています。
私の場合は、日常の生活環境が整うと、仕事など新たなことにも挑戦しようとする心の余裕ができました。
岩崎さんも今後も元気にご活躍できるように、ぜひ地域での自立生活が上手くいくことを願っています。

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