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「なぜがんに…」全身で理解…進化から考える生命や病気

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「自分の体信じてみる」

 がんとは何か。自分の体内で何が起きているのか。なぜ、がんになったのか――。これらがしっかりと に落ちれば、患者は「自己決定」の力を育める。そんな看護を実践する、東京都の訪問看護ステーションを訪ねた。

「なぜがんに…」全身で理解…進化から考える生命や病気

紙芝居と呼ぶ資料を手に、がんについて訪問看護師に説明する平原さん(あすか山訪問看護ステーションで)

 あすか山訪問看護ステーション(北区)の統括所長、平原優美さん(52)は、在宅療養に切り替えた肝臓がん末期の男性を担当した。50歳代半ばの会社経営者。妻と二人暮らしだ。

 男性は、医師に「打つ手がない。余命1か月」と言われ、絶望と裏切られたという怒りにのみ込まれた。

 平原さんは「紙芝居」と名付けた多くの図表を使い、人類とがんとの関わりからひもといていった。

 「がんは一番古い病気の一つ。恐竜も骨肉腫になりました」。「700万年前、チンパンジーから枝分かれした過程で、ヒトは精子を増殖させる特別な仕組みを手に入れました。がんも似た仕組みを使います」。ベッドで力なく聞いていた男性が、体を起こした。

 ヒトの脳を2倍にする進化を導いたFAS(脂肪酸合成酵素)は、がんの分裂も助ける。文明が進み、昼夜逆転のハードな仕事も当然になると、がんの抑制効果があるホルモン「メラトニン」も減少した。ストレスや喫煙は、体内で発がん物質を増やしていった……。

 初めて聞く話だが、不思議と過去の暮らしを連想させる。妻も耳を傾けた。子どもができなかった夫婦の人生も、何か大きな物語の中のことのように思えた。

 男性が食後の吐き気について相談すると、平原さんは、脳や胃や筋肉の連動をかみ砕いて説明し、「食べるってすごい労働。頑張っているんですよ」と励ました。多くの患者が抑うつ状態に陥ることも伝えた。

 「むちゃを重ねたもんなぁ。何もかも、がんになるような暮らしをしていたんだね」と、男性が言った。検査結果や数値だけを示された入院生活。悪化の恐怖におびえ、「手も足も体は全部だめ」と思い込んでいた。「なぜ、オレが。何のせいで」と自分を責めた。

 けれど、生命や病気、体内で起きていることのつながりを長い時間軸を踏まえてイメージできると、「もう一度、自分の体を信じてみようか」という感情が芽生えた。

 男性は、病院では閉めきっていたカーテンを自ら開けた。たばこもやめ、野菜ジュースをとる。風呂では片足立ちの運動もできた。体には、驚くほどの可能性が残っていた。半年後、希望通り自宅で亡くなったが、自分で体を制御しているという実感は失わなかった。妻は「いつも笑っている夫のままでした」と語る。

 平原さんが、対話のベースにしたのは、 進化医学 という学問だ。元日本医大教授の長谷川敏彦・未来医療研究機構代表理事は、「患者が病気の主人公になり、自己決定を支えるための理論になる。病気を頭ではなく、体全体で理解するのに役立つ」と解説する。

 同ステーションは1年前から、糖尿病や脳卒中の患者らにも同様の手法で対応し、患者の生きる意欲を引き出している。平原さんは年内にもそのノウハウや成果を論文にまとめ、普及用のテキストを作成する。

  進化医学  「進化論」のダーウィンが唱えた進化生物学に基づく医学。病気の原因や体が本来持つ能力を進化過程にまで広げて考える。「病気は治る過程である」とした、ナイチンゲールの看護理念にも影響を与え、平原さんもその理念を20年来実践している。(鈴木敦秋)

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