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白内障手術で真逆の顛末…「もっと早くすればよかった」と「失明同然」

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 網膜色素変性は、速度に個人差はあっても生涯にわたって進行します。

 この病気で視野が中心にしか残っていない、60歳代後半の女性2人の白内障手術の 顛末(てんまつ) をご紹介しましょう。

 第1例は、地方の、ある高名な眼科医の友人で、その医師の紹介で25年以上にわたって私が経過を診てきました。

 年に1、2回の通院です。確立した特効薬はないのですが、理論的には網膜の神経保護作用がある薬物を使ったり、遮光眼鏡を処方したりして対処していましたが、やはり病気は徐々に進行しました。

 徐々に白内障が加わってきましたが、患者さんの不具合の大半は網膜の状態が原因と判断していました。

 白内障を指摘すると、患者さんの多くは希望をもって手術をしたがりますが、手術によって明るさは増しても、視力視野の改善はあまりなく、満足してもらえないことが多いので、手術を勧めないまま、20年あまりが過ぎました

 2年ぶりに来院されたある日、「ここ1年ですごく見え方が悪くなりました」と訴えます。私は、「白内障も前より進んできたように思う」と口走ってしまいました。

すると、「ぜひ手術をしてもらいたい」と言います。

 当院には日本でも屈指の白内障術者がいますので、その先生に手術を頼むことにしました。手術は短時間で完璧に行われました。

 結果は本人も非常に満足し、先の高名な眼科医からも、手術の結果を非常に喜んでいるというお礼のメールが届きました。

 「もっと、早く手術すればよかった」と彼女は感想を述べ、私ももっと早く勧めれば、早く喜んでいただけたのかな、と思いました。

 第2例は、やはり高い進行度を持った網膜色素変性の女性で、2年ほど前から私が経過を診ておりました。

 「数か月後地方に転居するので、その前に白内障手術をできるものならしてもらいたい」とご主人と2人で申し出てきました。

 いつもは即刻手術にはしないのですが、私にはつい数か月前の成功体験があります。事情がそうならと手術を計画し、同じ医師の手で完璧な手術が行われました。

 しかし、この方は喜ぶどころか、「手術をしたらかえって見えなくなり、失明同然だ」と言います。確かに視力視野のデータもよくありません。

 眼内レンズを挿入すると、それまでの自分の水晶体とは違った視覚環境になります。すると、新たな環境でものを見るために、脳内にも適応変化が起こることが機能画像の研究でわかってきました。

 通常、適応に1週間はかかるようですが、それは白内障以外の眼の病がない場合です。

また、個人差、年齢、精神状態など、いくつもの影響要因があるはずです。中にはいつまでも適応できない人もあるかもしれません。

 白内障の手術をする、しないの判断ひとつでも、一筋縄にはいかない悩ましいものです。(井上眼科病院名誉院長 若倉雅登)

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