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神経筋難病患者の生活を支える医師 石川悠加さん

編集長インタビュー

石川悠加さん(3)「今がいい」と患者が言えるように 理念を合わせてチーム医療

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石川悠加さん(3)「今がいい」と患者が言えるように 理念を合わせてチーム医療

「NPPVを使って快適に暮らすにはチーム医療が大事」と語る石川さん

 気管切開が必要ない人工呼吸療法「NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)」を使って快適に暮らすには、呼吸をより良く保ち続けるための呼吸リハビリテーションや、マスクのきめ細やかなケア、呼吸しやすい姿勢を保てる車いす、使いやすい生活用具など、様々な医療やケアが必要になる。医師だけではなく、看護師、理学療法士、作業療法士、臨床工学技士ら様々な専門家が互いに協力するチーム医療で成り立つ。1991年にNPPVを使い始め、1994年に米国視察で先進的な取り組みを学んできた石川さんは、八雲病院の医療スタッフにNPPVでの生活を支える医療やケアを広め始めた。

 「NPPVの成否の鍵を握るのは、コンセプト(基本理念)を共有できる他科の医師や多職種をそろえることです。各専門家が最新の技術を持ち寄ったとしても、それは必ずしも患者さんのためにはならないかもしれません。私が、うちのチームで共有したいと思っている理念は、ひとりひとりの患者さんが大事に思っていることを、今も今後も続けられるようにするためにはどうしたらいいかという発想で工夫することです。介入するのを最小限にして、その人の自由度を最大限に守りながら生活しやすくなることを目標に、それぞれの専門性を発揮する。私たちは皆、そんな理念を共有できていると思います」

ベテラン看護師は「マスクソムリエ」

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マスクの付け方を説明してくれる“マスクソムリエ”の看護師、竹内さん(左)と石川さん

 石川さんが診ている筋ジストロフィー病棟には、「マスクソムリエ」というあだ名で呼ばれるマスク選びやケアの達人、看護師の竹内伸太郎さんがいる。NPPVは顔に付けたマスクやピロー(プラグ)、マウスピースから空気を送り込むので、一人一人の患者の顔や鼻の形に合ったマスクを選び、空気の漏れ、視界や皮膚の圧迫、締め付けなどの不快感を減らすようにしなければいけない。竹内さんは常時、100種類以上のマスクをそろえ、患者の顔を見れば、即座に合いそうな数種類を選び出すことができる。

 「NPPVを始めた頃は、私が買い物かごに何個かマスクを入れて患者のところに持って行って、『これかなあ』『これどう?』と試しながら選んでいました。看護師としてその様子をそばで手伝ってくれていた竹内さんが、そのうちマスクに興味を持って、学会に最新のマスクを見に行ったり、インターネットで海外のメーカーのサイトをチェックしたりして、私よりも詳しくなっていったのです。うちの病院では、視界や軽さなどを考慮して、日中起きている時には食事や会話がしやすいように、眠る時にははずれにくいように、用途によってマスクを使い分けて、より快適に過ごせるようにしています。看護師は付け替える時に、顔に合っているか日々見ています。成長したり、太ったり痩せたりしても顔の形は変わるので、『これは合わなくなっていますね』『空気が漏れています』と気づくのも一番早い。患者さんの日常生活を一番よく知り、問題点もわかっているので、『この患者さんには、この形ならいける』とイメージできるのでしょう。マスクの種類も増えた今、私が一から選んだらものすごく時間がかかるので竹内さんにすべてお願いしています」

 一流のマスクソムリエに、数ある中から最適な選択肢を提案される患者は、すっかり「マスクグルメ」となった。「八雲病院の患者は、マスクの付け心地に厳しく、何に問題があるかを的確に評価できる」との評判は欧米の開発者までとどろいた。今では欧米のメーカーから、試作品の評価やアジア向けの開発の相談などを依頼され、竹内さんや患者が意見を言うことも増えている。

 竹内さんは、「こんな田舎にまでアメリカ人やドイツ人のメーカー開発者が来て、うちのデータを参考にしてくれるので、アジアの患者のために自分たちが役立てているのかなとやりがいがありますね。石川先生には、英語の論文など最新情報を調べる基本を教わり、『患者さんに必要なら、私が責任を取るから試してみましょう』と僕らにどんどん任せてくれるから、ここまで深く専門的に関わることができます」と語る。

NPPVに欠かせない「呼吸リハビリテーション」

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カフアシストを使って呼吸リハビリテーションをする理学療法室長の三浦さん(左)

 「はい、吸って吸って吸ってー。はい、ゴホンします」

 理学療法室では、治療ベッドに横たわった患者が、空気を肺にため込んでは (せき) で出す訓練を理学療法室長、三浦利彦さんの指導で行っていた。潜水の時にも使う「舌咽呼吸」と呼ばれる呼吸法や、手動で押して空気を送り込む救急蘇生バッグ、ポンプのように空気を急速に出し入れする咳介助の機械(カフアシスト)で空気を肺にため込んでは、咳の強さを増していく訓練だ。理学療法士が胸を手で圧迫したり、カフアシストで瞬時に吸引したりして、咳を出すのを助ける。

 筋ジストロフィー病棟では、「呼吸リハビリテーション」は大事なプログラムの一つとなっている。咳が弱った患者の窒息や 誤嚥(ごえん) を咳介助で防ぐほか、肺や胸郭の弾力を保つ狙いもある。

 「私たちは普段、くしゃみやあくびでも深呼吸をして、肺を柔らかくしています。呼吸が弱まった患者にはそれができないので、様々な手段で深呼吸に代わることをして、肺や胸郭の弾力を保ちます。手足の関節が硬くならないよう曲げたり伸ばしたりしてリハビリをするように、肺や胸郭にも硬くなるのを防ぐリハビリが必要なんです。肺活量が下がっても、空気がたくさん入るように柔らかく保っておけば、人工呼吸器でも楽に空気が入りますし、咳介助の機械でもしっかりと咳を出して、大きなものが詰まったり、インフルエンザなどで粘りの強い (たん) がからんだりした時にも、しっかりと出せるようになります。風邪を引いても早めに鼻水や痰を吸い出すことで、悪化を防ぐこともできます」

 石川さんは、94年に米国で咳介助の方法を学んで帰ってきてからは、カフアシストを中心とした呼吸リハビリテーションを導入することにした。ちょうどその1年前に、呼吸理学療法に関心のあった三浦さんが、新人として病院に就職していた。

 「マスクも1種類しかなく、呼吸器の性能も良くない中、何とか患者さんに快適に生活してもらおうと、医療スタッフみんなで呼吸リハビリに協力してもらうようにしていきました。三浦さんには、ニューヨークで撮った写真などを見せ、患者さんを前に実践してみせながら、機械の扱い方を伝えました。ところが、私たちも確信は持っていたのですが、実際にこの機械の効果があった場面になかなか出合わない。咳介助の機械は慣れるまで苦しいものですから、『あなたは咳も弱いし、手で胸を押すだけではなかなか詰まったものが出せないからちょっと練習しておこうよ』と患者さんに持ちかけても、『もうやりたくないよ』と拒否されるありさまでした」

 そんな状態で2年ほど過ぎたある日、筋ジストロフィーの子どもが、病室で薬を誤って、気管にのみ込んでしまった。

 「通常だったら、気管に管を入れる気管挿管をして取り除かないといけないのですが、それなりに危険もありますから、居合わせた医師はまずカフアシストを使って吸引したのです。すると、薬がすっと出てきた。ちょうど大部屋だったので、周りで心配して見ていた子どもたちは、『ああ、こんなに効果があるものなのか』と驚いたようです。その一件以来、子どもたちも練習してくれるようになりました。その後、実際に風邪を引いて、痰がらみで息苦しい時にカフアシストで吸引することで痰が取れて、それ以上重症にならなかった子どもも出てきて、『ちゃんと練習しておかなくちゃ』という認識がみんなに広がっていきました」

 石川さんは三浦さんと協力し、必ず、患者に十分にいいことも悪いことも説明したうえで、カフアシストの訓練を続けていった。

 「点滴や注射なら、患者は痛みを与えられる意味は理解しています。ところがNPPVや咳介助の意義が最初はよくわからない。安心させようとして、『楽になりますよ』と説明しがちですが、最初は空気が吹き付けると不快ですし、おなかに空気が入るとぱんぱんになりますし、『どこが楽なんだ』と信用してもらえなくなります。だからすべて起こり得ることや対処方法を説明し、『楽になるまでの過程にはきつい部分があるけれど、乗り越えれば呼吸が楽になるからやっていきましょうね』と (うそ) のない状態でやる必要があります」

 今では三浦さん中心に訓練を進め、外部から来る患者も、カフアシストをスムーズに使えるようになって帰っていく。「転勤の話もあったのですが、『僕は神経筋難病の呼吸リハビリを専門にやっていきたい』とこの病院に残り続けてくれている。信念の人です」と石川さんが最も頼りにする同志の一人だ。

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岩永直子(いわなが・なおこ)

1973年、山口県生まれ。1998年読売新聞入社。社会部、医療部を経て、2015年5月からヨミドクター担当(医療部兼務)。同年6月から2017年3月まで編集長。

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