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義足アスリート・大西瞳さん…新記録達成したのに内定が遅れた理由
4年に一度の夏の祭典は、五輪が終幕し、今度はパラリンピックに決戦の舞台が移りました。
障害者スポーツになじみのない人も多いと思いますが、例えば車いすが用いられる種目では、健常者によるスポーツとはひと味違った激しい攻防が見所です。義足の選手が出場する種目では、装具を使いこなす技術力が勝敗を分ける側面があることから、経験を積んだ息の長いアスリートをたくさん見ることができます。
今回のコラムでは、そんなパラリンピアンの一人、陸上競技の片
大西さんは23歳の時、風邪をこじらせて心筋炎を患い、1か月間、意識不明の状態が続きました。治療経過が思わしくなく、目が覚めた時には右脚の
競技歴15年の大西さんにとって、リオは集大成の舞台になります。北京大会(2008年)は落選、ロンドン大会(10年)は惜しくも補欠でした。「どうしても出たい」と望んだリオ大会に向け、6月の選考会では、100メートルで16秒90のアジア新記録(今季世界ランク6位)を樹立、走り幅跳びでも3メートル52の日本記録(同6位)を打ち立て、8年越しで出場権を勝ち取りました。
今年の選考会で文句なしの結果を出した大西さんでしたが、日本パラリンピック委員会による最初の陸上競技の選手団内定者リストに名前がありませんでした。「なぜ大西さんが入っていないんですか?」と、関係者に尋ねたところ、「瞳さんの場合は事情があって、毎回、競技成績とは別のところの審議が長引くんです」と、何だか“わけあり”をにおわせるような答えが返ってきました。遅れること1週間。追加リスト発表で、内定が決まりました。
7月末、調整のため渋谷区陸上競技会に出場していた大西さんに、内定が遅れた理由を改めて尋ねてみました。
病気と切断を乗り越え、アスリートに
「今もペースメーカーを付けているから、成績に加えて、本当に競技しても健康上、支障がないかを審査される。だから、いつも私は遅れるんです」
心筋炎を患った当時、腹水や胸水がたまり、脚を切断する手術をすぐに行えないほどに心機能が著しく低下。入院も10か月に及び、体力も落ちてしまいました。そこから少しずつ回復し、始めた陸上競技。「クラブの代表も、私に本気で競技をさせるつもりはなかったと思う」と振り返ります。
病気の後遺症で、心臓内で刺激を伝える神経が切れてしまったため、ペースメーカーを付けて調整しています。陸上競技を始めた当初、全力で走ると体に血液が巡らないような感覚に陥って吐き気に襲われ、本格的に打ち込むのは難しい状況でした。ペースメーカーで1分間の拍動の上限を130に設定した状態で全力疾走すると、脈拍が180を超えてしまい、それが不調の原因になっていたのです。主治医に相談し、激しい運動にも耐えられるよう装置を調整してもらい、ようやく目いっぱい競技に打ち込めるようになったそうです。
義足アスリートは、大西さんのように病気で切断した人と、事故で切断に至った人とに、大きく二つに分かれます。病気で脚を失ったケースでは、事故の場合よりも治療や入院が長期に及びます。そのため、競技を始めるにしても体力が著しく低下したところからのスタートになるため、難しいことも多いのだそうです。取材を通して、大西さんのキャリアは、様々な困難を一つずつクリアしながら築き上げたものなのだと感じました。
「一緒に走ろう」後輩に勧誘のリレー
競技の普及にも取り組んできた大西さん。医療関係者に頼まれて、スポーツに関心のある義足初心者の患者さんの元を尋ねては、「一緒に走ろう」と勧誘しています。その時は必ず、「走れるようになると、きれいに歩けるようになるよ」と言葉を掛けます。再びちゃんと歩けるようになるのか。義足がなかなか合わず、不安でいっぱいだった頃、器具を調整してくれた義肢装具士でクラブ代表の臼井二美男さんから掛けられた言葉を、後輩となる人たちにリレーしています。「脚をなくしたばかりの人に会う時は『きれいに歩かないと』と、いつも以上に気を使う」そうです。
大西さんは11日、T42クラスの走り幅跳びに登場、17日には100メートルに出場します。T42クラスの同じ種目には、大西さんに勧誘されて走り始め、競技歴3年でパラリンピック代表になった18歳の前川楓さんもいます。 大西さんは「2人そろって決勝進出を果たしたい。走り幅跳びではメダル争いに絡めたら」と意気込みを語ります 。
悔しい思いをした前回のロンドン大会は、補欠として同行し、観客席から見守りました。スタジアムは満員。パラリンピックがスポーツとして認知され、「観客が選手のことや競技の見所を分かった上で観戦しているのが伝わってきた。パラリンピックを楽しむ文化がちゃんと根づいていることに感動しました」と、大西さんは振り返ります。今回のリオの雰囲気はどうでしょうか。そして4年後には、その舞台が東京にやってきます。「東京パラリンピックも、スタンドが埋まって盛り上がる大会に」。そんな思いを背負い、リオの舞台を駆け抜ける大西さんの戦いに、ぜひ注目してほしいと思います。
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前川さんのエピソードを書いた「医療部発」の記事(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160301-OYTET50013/)