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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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予防接種を打たないのは…エアバッグが作動しない車に乗るのと同じ

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 先日、我が家に車のリコールのはがきが届きました。僕の愛車は10年以上前に販売されたもので、走行距離は12万キロ近くを走っている国産の四輪駆動車です。エンジンの大きさも、車のサイズも大きすぎず小さすぎず、立体駐車場にも入るのでとても気に入っています。現在までまったく問題なく走っていますので、これからも動く限り乗り続けようと思っています。

 エアバッグの不具合だそうで、日本のメーカーのエアバッグで、アメリカなどで死亡事例が発生し、それに関連したリコールが僕の車にも行われるということです。助手席のエアバッグに関するもので、エアバッグを膨らませる装置であるインフレーターの金属片がエアバッグ作動時に助手席の同乗者に当たり、それが原因で死亡することがあるそうです。2016年の時点で、リコール対象車は世界で1億台以上、そしてリコール費用は1兆円を超えると報道されています。

「凶器」の作動停止が目的

 その1億台の中の1台が僕の愛車だったようです。さて、電話で予約すると、30分で終わるとの話です。「簡単に交換できるんだな」との印象で修理工場に持って行くと、30分の修理時間に担当者が説明をしてくれました。なんと今回の処置は助手席のエアバッグが作動しないようにするためだそうです。エアバッグ本体の製造には時間がかかり、早くても6か月以上も先になりそうだと説明してもらいました。

つまり、今まではエアバッグが作動すると金属片が飛び出して死ぬかもしれない状況で乗っていたのが、少なくともエアバッグは働かないので、エアバッグの使用で死亡することはないという説明です。

 ちょっと納得いかないですよね。助手席のエアバッグは衝突時に助手席の同乗者の命を守るために装着されていると思っていました。ところが、それがむしろ「凶器」で、今回の処置はエアバッグの作動停止が目的です。エアバッグは車の保安基準の対象外のため、取り外したり、または作動不能にしても罰則はないそうです。

 娘が質問します。

娘「リコールって、何してきたの?」

僕「助手席のエアバッグ、事故の時に助手席に乗っているお前が、ダッシュボードに頭をぶつけたり、フロントガラスを突き破って外に出ないように風船が膨らむような装置に不具合があったんだって」

娘「それを交換してきたの?」

僕「しばらく交換の部品がないので、今日はエアバッグが動かないようにしたようだよ」

娘「それじゃー、追突事故があったら、私は頭をぶつけたり、外にとびだしたりするのね」

僕「そういう可能性を減らすためのエアバッグが作動停止だから、そうなる可能性が増えるよね」

娘「わかった、今日から助手席には乗らないね」

 娘の純粋な対応が当たり前に思えますね。

 僕が知りたいことはエアバッグが装着されていることによる死亡リスクと、エアバッグが装着されていないことによる死亡リスクです。リコール対象のエアバッグでの死亡事故は、ある報道によると15例だそうです。1億台に装着されていて、そして15人が死亡です。まったく読めないのが、エアバッグによって命が助かった数です。死亡に至らない事故を世界中のこのエアバッグ装着車すべてで記録し、そしてエアバッグによって救命できたかを正確に判断することが難しいのでしょう。でも、ある程度の試算ぐらいは見つかると思いましたが、僕には見つけられませんでした。

何事にも利点と欠点が…

 何事も利点と欠点があります。そのバランスでそれを選択するかどうかを決めます。医療でも同じですよ。例えば、全身麻酔です。全身麻酔をすることによって死亡する率はだいたい0.001%と説明している病院が多いと思います。10万人に1人は全身麻酔という行為で、特異体質などによって死亡するということです。しかし、全身麻酔をしなければ施行不可能な手術はたくさんあります。ですから、このわずかな危険率を承知した上で、治療を行う方も、治療を受ける方も、手術に臨むのです。

 また、予防接種もそうですよ。公衆衛生の立場からは、できる限り多くの人、できれば全員に予防接種は打ってもらいたいのです。でも、予防接種によって死亡することも、または重篤な後遺症が残ることもわずかながら存在します。ですから、その利点と欠点のバランスで予防接種の必要性を決めます。1994年に予防接種法が改正されるまでは、予防接種は強制義務でしたが、1994年からは努力義務になりました。公衆衛生のために本当に必須であれば、国は強制義務として予防接種を行い、そしてごくまれに不幸な転帰をとった人は国の責任で救済すべきと思います。努力義務であれば、予防接種を受けないという選択肢も当然に選べるわけであって、そんな選択肢を選んだ人が、SNSなどで、「反国民的行為」の様にバッシングされるのはいかがなものかと思ってしまいます。努力義務に関しては東京都福祉保健局の「接種を受ける努力義務」などを参考にしてください。

 予防接種を打たないという状況は、エアバッグが作動しない車に乗っているのと同じことです。そこに法的な罰則はありません。エアバッグが作動しなければ、エアバッグの誤作動で死亡することは有り得ません。しかし、エアバッグで助かる命は、残念ながら救えないことになりますね。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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