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石川悠加さん(1)全国から患者が集まる「駆け込み寺」に

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鼻プラグで人工呼吸療法を受けながら、食事も楽しめる 

 わざわざリスクを冒してでも遠方まで来るのは、いまだにNPPVに消極的な医療者や病院があるからだ。石川さんが「生涯NPPVで生きられる」というデュシェンヌ型筋ジストロフィーでも、いまだに4割は気管切開による人工呼吸器をつける。なぜそんな医療格差が生まれるのだろう。

 「あまり慣れていない方法を試みることで、患者に危険を及ぼしてはいけないという判断も働いているのかもしれません。大病院や地域の基幹病院では、気管切開は少なくとも技術的に慣れているし、患者が安全に、安心して暮らせるのではないかと考えて、新しい取り組みにGOサインが出ないということもあるのでしょう。しかし、患者さんからすれば、切実な思いがあっての訴えですから、できるだけくみ取りたいですよね。ボストンで人工呼吸器の状況を調べた研究では、NPPVの成功率が100%に近づいている病院と0%の病院の二極化が進んでいました。最初からやりたがらないところもあるでしょうし、1例目がうまくいかなくて断念したところもあるのでしょう」

 NPPVは、唾液が気管に流れていかないくらいの喉の機能が残っていることが最も重要な条件となり、一度気管切開をした患者も、手術でふさいでNPPVにつけ替えられる場合もある。

 「気道の中の粘膜が切開で損なわれているので、ふさぐのは大変で、一時的にそこに痰が引っかかったり、不具合があったりすることもあるのですが、それを乗り越えてでもやりたいという意欲の強い人には行うこともあります。ある付け替えた患者は、『気管切開したところの痛みは死の恐怖と結びつき、出血したりはずれたりしたら死んでしまうのだということを自分に常に思い出させていた。でも今、人工呼吸器をつけていることさえ忘れることがある。死を意識しなくなったことが一番大きい』という言葉で喜んでくれました」

 昨年2月には、名古屋の病院から心臓の状態が悪化したデュシェンヌ型筋ジストロフィーの男性が運ばれてきた。10代半ばの時、中部地方の大学病院で、「心筋症が重症になっており、これ以上治療の手だてがないから、あとは家で好きに過ごしてください」と告げられていた。それから数年後、心臓が1日に何度も止まるようになり、救急搬送された別の病院の医師が、その地域の筋ジストロフィー専門病棟がある病院に相談したところ、「気管切開をすれば、良くなる」と言われたという。

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毎週、東京大学とテレビ会議で障害者政策について議論をしている

 「その治療方針に疑問を持った医師に相談され、本人と家族の希望で、結局、八雲に搬送してもらうことになりました。体格のいい男性だったので、呼吸器の圧力を高めて、マスクも車いすも呼吸が楽になるように調整して、あらゆる面から心臓の負担を軽くして、血圧も安定したので本来使うべき心臓の薬も加えたところ、体調がとても良くなったのです。先日も体調チェックのため来院してくれたのですが、『元気になったので、今は老人ホームで読み聞かせをしています』と言っていました。一度は大学病院で命を見放され、専門病院では気管切開でしか助からないと言われた人が、声を使ったボランティア活動をしているのですよ。筋ジストロフィーをあまり診ていない病院だと、『20歳まで生きない』という昔のイメージが固定されて、やるべき治療をしていないこともあるようです。また、『手足が動かせなくなると、生活の質が保てない』と考えて、必要な治療を差し控える医療者がいまだに多いのも事実です」

 取材直前、相模原市の障害者施設で元施設職員が、「障害者なんていなくなればいいと思った」として、19人の入所者を殺害した事件が起きた。医療者や介護者からさえ、重い障害を持つ人の生活の質を低く見る言動が生み出されていることについて、石川さんはどう考えているのだろう。

 「私もあの事件にはハッとさせられました。私たちも、入院患者の平均年齢が7歳だった頃とほぼ同じ人数のスタッフで、24時間呼吸器をつけている子が4分の3いる病棟を診ています。スタッフも親代わりにいろいろやってあげたいけれど、マンパワーが絶対的に不足している中、生活介助もギリギリの状態です。そうすると当然、不満を訴える子も出てくる。こうした状況を何とかしたいけれど、自分も周りの人もどうにもできないという無力感の中で、動けなかったり意思疎通ができなかったりする人は生きる意味がないとしか思えなくなってしまったとすれば、そう思わなくてもいいように環境を変えなければいけません」

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室内ホッケーは人気の趣味の一つ(提供写真)

 「ここにお子さんを預けた親御さんたちの中には、来た当初に、『診断された時は、その後3か月ぐらい何をしたかも覚えていない』『この子と一緒に地下鉄に飛び込もうかと思った』などと言う方もいました。でも、もし診断の時でもその後でも、医療者や介護者が『こういうふうに工夫したら、こんな活動に取り組みやすいかもしれませんね』などと方法を示してあげられたら、不安をむやみに膨らませることがなくなるかもしれないと思うのです。マスクをつけて呼吸するのは、本来、煩雑でいやなことかもしれない。でも、これをつけることで元気になり、人工呼吸器をつけた後の人生もいろいろなことにチャレンジできると具体的に後押ししてあげられたら、前向きになれるかもしれない。そういう様子を家族や周りも見ることで、ケアの負担があっても貴重なものを得られると聞きます」

 大人になった筋ジストロフィーの患者に「あなたたちの人生の選択肢を制限してきた張本人は誰だと思う?」と尋ねたら、返ってきた答えの多くは「医師と学校の先生と親」だった――。そんなエピソードを、石川さんは別の医師から聞いたことがある。

 「周りにいる一番サポート役になるべき人が、『この病気は大変だから、大それたことを目指さない方がいいよ』とか『できなかった時にショックだから、諦めた方がいい』と、守るつもりなのか言ってしまう。少し前に、海外から見学にいらした人が、『ロンドンでは電動車いすに乗った筋ジスの患者さんが素敵なレストランでウェイターをやっていますよ』と教えてくれたことがあります。車いすに台を付けておいて、お客さんは注文を紙に書いてその上に置き、ウェイターの彼はそれを調理場に運んで、できあがった料理を載せてもらって運んできて、お客さんに受け取ってもらうというのです。『ああ、そこまでの発想はなかったなあ』と驚かされました。私たちはまだまだ『筋ジスという病気はここまでしかできない。障害者はここまでしかできない』と心の中で根拠のない規定をしてしまっています。でも、もっともっと自由にいろいろなことを発想していけば、工夫できること、変えていけることはたくさんあるのではないかと思うのです」

 (続く)

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