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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(38)人を死なせる福祉の対応(上)

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刑務所に戻りたいとJRの駅に放火…山口県下関市

 2006年1月7日未明、下関市のJR下関駅が炎上した。人的被害はなかったが、駅はほぼ全焼し、被害額は5億円以上。付近の列車の運行は2日間、運休や間引き運転を強いられた。

火災後、近くにいた男(当時74歳)が放火を認め、現住建造物等放火の疑いで逮捕された。男には知的障害があり、放火や放火未遂で10回も服役していた。事件8日前の05年12月30日に福岡刑務所を満期出所したが、行き場がなく、所持金がなくなり、北九州市のJR小倉駅などで寝泊まりしていた。年明けの1月6日、同市内の区役所を訪れ、「刑務所を出たけれど、住む所がない」と、刑務所職員から教わった生活保護の相談をしたものの、「住所がないとダメ」と相手にされず、下関までの切符を渡されただけだった。その夜、下関駅構内にいたところ、警察官から退去を求められ、未明になって火をつけた。

 当初は警察官に「空腹でむしゃくしゃし、うっぷんを晴らすためにやった」と供述。接見した弁護士には、寒さと飢えから逃れるため、「もう一度刑務所に戻りたかった」と話した。山口地裁の裁判で検察側は「所持金を使い果たし、寒いのに警察官から駅を追い出されたことに腹を立て、再び刑務所に入るために火をつけた」と主張。08年3月の判決は、検察側の主張を採用しつつ、求刑の懲役18年を大幅に下回る懲役10年を言い渡した。裁判官は「出所後、格別の支援を受けることもなく、社会に適応できなかったことは酌むべき事情」と述べた。

  【コメント】 放火はもってのほかですが、空腹と寒さに苦しむ路上生活より、実際、刑務所のほうがましだったのでしょう。ホームレス状態の人が福祉事務所へ出向いて保護を求めたとき、「住所のない人は保護の対象外」と門前払いされることは、ひんぱんにありました。まったく違法で差別的な対応です。住む所がないほど困っているのです。住所のない人は現在地の自治体で保護することになっています。ただし、かつては旧厚生省の通知に「釈放後に帰住地がないか明らかでない場合は、刑務所または少年院の所在地を現在地とみなす」という例外規定があったのですが、11年4月に削除されました。

 近隣の自治体までの切符か交通費を渡すやり方は、今でもよくありますが、もし本人に保護を受けたいという意思があるのに切符を渡して済ませるなら、違法です。たとえ当時、例外規定の関係で北九州市に保護の責任がなかったと解釈しても、区役所の生活保護窓口が適切な対応と助言をしていたら、下関の駅舎は焼けなかったでしょう。

 このごろの刑務所には、知的障害のある受刑者、高齢の受刑者が大勢います。09年度以降、出所前から福祉的支援や住居確保の支援を行う地域生活定着支援センターの事業が始まり、一部の刑務所では社会福祉士や精神保健福祉士も採用しています。ただし刑務所によって取り組みの差が大きいうえ、保護観察所や保護司がかかわる仮釈放に比べ、満期出所後の支援は不十分です。

 刑務所や少年院を出て帰住先のない人に宿泊場所と食事を提供し、就労指導などを行う民間の更生保護施設は全国に103か所、2354人分あるものの、収容能力は足りず、11年度からはNPO法人などが運営する小規模の自立準備ホームも利用されています。更生保護施設の入所期間は通常2か月程度で、経済的自立が難しい場合は生活保護などにつなぎます。

 刑務所を出た人でも生活保護法上の扱いは変わらず、要件を満たせば保護を受けられます。生存権の観点からも、再犯防止の観点からも、支援は必要なことです。

 

 *参考文献 山本譲司『累犯障害者』(新潮社、2006年)

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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