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医療・健康・介護のコラム
空港で起こった麻疹の集団感染…その対策の難しさ

麻疹の感染が拡がっている関西国際空港
今、麻疹(はしか)の流行が大きな問題となっています。前回のコラムでは、幕張メッセのコンサートを訪れた男性が、麻疹に感染していたというニュースをご紹介しました。その後も、立川でのアニメ関連イベント、そして関西国際空港での集団感染と、日本の各地で麻疹発生が報告されています。麻疹は空気感染する、感染力の強いウイルス感染症です。今回は、麻疹対策の難しさ、そして今知っておきたい対応について解説することにしましょう。
空港での麻疹発生
大阪府からの発表によると、関西空港で発生した麻疹の感染者は、接客業務を担当した従業員を中心に9月4日時点で計34人となっています。そして、さらに感染者は増えていくのではないかと危惧されています。
『関西空港のはしか感染、計34人に…医師と救急隊員も』
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160905-OYTET50000/
どうして麻疹の感染は、こんなに急速に広がっているのでしょうか。その理由を知るためには、麻疹の感染力、潜伏期間、症状などを理解しておく必要があります。
空気感染する麻疹
麻疹は「空気感染」する感染力の強い感染症です。一般的な感染症で「空気感染」するのは、麻疹、水痘(みずぼうそう)、そして結核の3つしかありません。この「空気感染」を理解するためには、「 飛沫 感染」と「空気感染」との違いを知っている必要があります。
「飛沫感染」では、くしゃみや 咳 などで水分を含む重く大きな粒子が飛ぶため、2m以内でほとんどの粒子が床に落ちてしまいます。したがって、距離が離れていれば直接の感染はありません。インフルエンザなどの一般的な呼吸器感染症のほとんどは、この「飛沫感染」によって感染します。一方「空気感染」では、小さく軽い粒子が空中を長く浮遊することで、非常に感染しやすい状況になってしまいます。
おそるべき麻疹の感染力
麻疹は、一般的な感染症の中では最も感染力が強いことが知られています。この「感染のしやすさ」を知るために参考となる数値に「R0 (基本再生産数)」というものがあります。仮に、ワクチン接種などを受けていない、感染しやすい人が集まっている集団に、ある感染症をもった人が入ってきたとしましょう。その場合に、感染症をもった1人が平均して何人に感染するのかを、この「R0」という数値が示します。
「R0」が1であれば、1人から1人に感染させるということを意味します。みなさんもよく知っているインフルエンザでは、この「R0」は1~2くらいといわれています。つまりインフルエンザに感染した1人は、まわりの1~2人に感染させることになるわけです。
では、麻疹の感染についてはどうでしょうか。なんと、麻疹の「R0」は12~18、つまり麻疹を発症した1人は、まわりにいる麻疹に免疫のない12~18人もの人たちに感染させてしまうのです。
自覚のないまま感染
多くの感染症は、感染してもほとんど症状のない人が存在し、これを不顕性感染と呼んでいます。しかし麻疹の場合には不顕性感染がほとんどなく、免疫を持っていない人が感染すると、ほぼ100%発症してしまいます。
麻疹を発症した初期には、鼻水、のどの痛み、咳などの風邪のような症状がでることが多く、この時期を「カタル期」と呼んでいます。そして、これらの症状が先行してから、典型的な発疹と高熱がでてきます。
実は、麻疹の感染力が最も強いのは、発疹がでるまえの「カタル期」の時だということがわかっています。さらに麻疹は、そのような症状の出現する1日前から他の人に感染させる可能性があるとされています。つまり、本人が自覚のないまま、他の人に感染させる可能性もあるのです。
潜伏期間と広域発生
麻疹には、症状が出現するまでに10~12日の潜伏期間があります。コンサートやイベント、あるいは空港で感染したとしても、その人は潜伏期間の間に様々なところを移動してしまいます。そして、どこかで「カタル期」の症状を発症して、その行き先で他の人に感染させてしまいます。
このように麻疹の感染は、人の移動とともに広域に拡大していきます。今回の麻疹発生においても、最初にコンサートに参加した麻疹の発症者も、実は空港を経由していたことがわかっています。さらに、同じ日に同じ空港を訪れた数名が、居住地に帰ってから発症する事例も報告されています(詳細は以下のページにリンクされている別添情報をご覧ください)。
『推定感染地域が共通の場所と考えられた麻しん報告例について』
http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/655-disease-based/ma/measles/idsc/6722-20160902.html
麻疹にかかる人は?
麻疹は、これまで一度もかかったことがなく、ワクチンを一度も接種したことがない人が、最も感染しやすい人となります。1回のワクチン接種で免疫をつけることができるのが全体の95%であること、1回だけでは成長とともに徐々に免疫が低下してしまい麻疹にかかることもあることから、今は2回目のワクチン接種がすすめられています(不完全な免疫で発症する麻疹は修飾麻疹と呼ばれ、症状は軽くなることが多い)。
麻疹が疑われる時の対応
麻疹が発生したとわかっている場所を利用した方は、潜伏期間後の発症に注意する必要があります。麻疹は空気感染する感染症ですが、発症した本人がマスクを着けることは感染予防に有効です。したがって、2~3週以内に麻疹を発症した人との接触が疑われ、なんとなく調子が悪かったり、咳・鼻水や咽頭痛などの症状があったりする時には、念のためマスクを着用しておくことがおすすめです。
発疹や発熱で医療機関を受診する際には、その方法にも気をつけてください。麻疹は空気感染する感染力の強い感染症です。安易にクリニックや病院を受診すると、その間の交通機関や、受診した医療機関の待合室などで、さらに感染が拡大してしまう恐れがあるからです。
発熱や発疹などの麻疹が疑われる症状があるときには、まず最寄りの保健所か医療機関に電話して相談をしてください。電話では、今回の麻疹発生に関連した件であることを伝え、その後の対応について確認しましょう。そして、病院までの移動時には、マスクを着用してください。
麻疹の治療は?
麻疹を発症した場合の、直接の治療薬はありません。麻疹は、肺炎や脳炎などの合併症を起こすことがあるので、症状が軽快するまでは注意深く症状を観察する必要があります。
麻疹に対する免疫のない人が、明らかに麻疹を発症している人と接したことがわかった場合には、接触した72時間以内にワクチンを打つことで、ある程度の予防効果があるといわれています。しかし一般的には、ワクチン接種によって十分な免疫ができるまでには2週間が必要であるため、身近に麻疹が発生する前に免疫をつけておくことがすすめられます。
いつまで感染させるか?
麻疹を発症してしまった人が、他の人へ感染させる可能性がある期間は、症状が出現する1日前から、発疹が消えてから4日、または解熱後3日程度とされています。このため、学校保健安全法においては、解熱後3日を経過するまでが「出席停止」の期間と定められています。成人においては、このような明確な出勤停止期間を義務づけた法律がないため、学校での出席停止期間を参考に勤務停止する期間が決められています。
空港での発生は盲点だったのか?
今回の空港における麻疹の集団発生に驚かれた方も多いと思います。しかし、この事例は決して盲点であったわけではありません。麻疹は、国内では排除状態となっていたため、その後の発生は成人の輸入感染が中心となっていました。多くの海外渡航者が行き来する空港は、最も感染リスクの高い場所のひとつとなっていたのです。
感染に強い社会づくりを
麻疹は、空気感染する感染力が非常に強いウイルス感染症です。しかし、予防接種によって感染拡大を防ぐことが可能な感染症でもあります。麻疹発生のリスクがあるのは、空港だけではありません。今回の流行から何を学び、何をすべきか、しっかりと今後の対策を立てることが求められています。
麻疹の感染が国内で広がってしまうのは、感染しやすい人がまだ多く残っていることが原因です。感染力が強い麻疹の流行を防ぐためには、個々の立場で予防接種を進めることで、感染に強い社会をつくっていくしか方法はないのです。
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