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挑戦状3

統合失調症措置入院歴あり

 シリアルキラーも植松容疑者も『精神鑑定』を受けて、裁かれて、それに見合った罰を受けるでしょう。戦場から引き揚げて帰国した兵士が勲章を貰っている、ちょうどその時にです。
 植松容疑者が行った暴力の相手は、最も弱い方々です。自分の性的欲求を満たすために弱い弱い幼女を植松容疑者の何倍もの人数を殺めたシリアルキラーの犯罪とは異なり、私達人類の無意識の中に眠らせていた、略奪、侵略という本能、そして差別と暴力を放棄したと自分に言い聞かせてきた私達への、挑戦状と言えます。彼が精神障害者と認定されたなら他人事と思う事が出来て、被害者の方々に同情して心を痛めることでしょう。しかし、彼はそれで無罪となるかも知れません。恐らく彼に死刑を望む人が多いことでしょう。その願いを叶えるなら、彼を健常者として扱う必要が出てきます。多数派の中の一人が弱い人達に大きな暴力を行ったことになります。彼の処遇がどちらに転んでも、私達は目を背けてはなりません。彼の挑戦状によって、私達の中の本能と向き合わなくてはなりません。
 アメリカで銃乱射事件も暴動もなくなりません。我が国でも、無差別な事件が起こっています。そして私達は忘れてしまいます。アメリカだろうが、日本だろうが、どんな小さな社会でも街でも、一定のルールの下で生きていける人達は8割、9割ぐらいですかね。しかし残りの1~2割のミスフィット達のことを如何に捉えるか、これがその社会の成熟度を示すのではないでしょうか?
 私達は彼から学ばなくてはなりません。挑戦状を受け取ってしまいましたから。

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挑戦状1

統合失調症措置入院歴あり

戦時中においては、他国や他民族を敵、或いは劣等民族とみなして差別し人類は『暴力』を行います。その背景には略奪と侵略があります。同じ社会の中でも、治安を保つために、奴隷やマイノリティーを差別の対象として扱うという『暴力』を人類は行います。その背景も『暴力』を行う側の利益を『守る』という意味で、やはり略奪と侵略でしょう。人類は戦争と差別を捨てることが出来ません。性悪説はここから生まれているのでしょう。
 すなわち、略奪、侵略のための暴力、差別は人類の本能だと思います。人類は常にそれらを捨てることが出来ません。それは極めて原始的で避けられない運命だと思います。逆説的ですが、種の保存のための知恵という本能です。
 究極の暴力と差別は殺人で、それが許されるときがあります。戦争で敵を殺めた人数が多ければ英雄となります。差別も敵国と戦うときは奨励されます。

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植松容疑者について

統合失調症入院歴あり

 私が初めて発症した時、被害妄想、誇大妄想を抱きました。どんな誇大妄想だったかと言うと世界終末思想です。その当事は東西冷戦の時代で、核戦争が今にも起こりそうな時代でした。ネットに『陰謀論』のような情報が溢れているような時代ではなかったです。しかし私の妄想は、このままでは核戦争が起こってしまうと本気で恐れながらも、アメリカが核爆弾を持ち続ける事で戦争が回避されているわけだから、非難されても耐え抜いているレーガン大統領に労いの手紙を書こうと本気で思いました。『世界終末思想』という妄想は統合失調症患者に多いということが専門書に書いてありました。私は終末思想が自分の中から湧いてきました。明らかに妄想です。しかも、統合失調症患者に共通の妄想という訳です。誰かの影響を受けて、感化された訳でもなく、何かを読みあさった訳でもないです。終末思想が激しい思い込み、妄想であって、それによってその恐怖に耐えられないというのが『病的妄想』であり、恐怖がなく、憎しみによって終末回避するための破壊行動が『危険思想』なのだと思います。
 植松容疑者の場合、終末思想がやや薄いものの、新しい世界を創る使命を強く妄想しています。恐怖より、激しい期待ですね。そして、殺人は犯罪だとはっきり分かった上で、使命を全うしようと相当無理をして、実行したと思います。彼は社会生活に追い詰められ、それを打破する為に抱いた妄想が、英雄になることで、そして誰かを傷付ける選択をした訳です。彼はいくらか陰謀論のようなものを目にしたかも知れません。妄想の強さと手紙の文面や実行力を見ても、私から見たら彼は精神障害者です。しかし、あれほどの事が出来てしまったことには驚きです。ごくまれにしかいない誰かを傷付ける精神障害が、あれほどの事をやったということならば。イスラム国の映像の影響もあったのかも知れません。

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最後の行動の違い

統合失調症措置入院歴あり

この三つは不要です。そして、この三つは本能の部分が問われているのだと思います。精神障害の有無に関わらず健常者でも、究極の状況において、生存をかけて取る行動はこれぐらいしかないでしょう。精神障害者に陽性症状が出る時というのは、その究極の状況に置かれていると言うことだと思います。陽性症状が出ていない時、その時は社会適応者です。精神障害は少数派だから生きにくい訳で、多数派の中で究極の状況に陥り易い訳です。多数派が少数派を障害者として生きにくくさせてしまう事が障害者の絡む事件の根幹ではないでしょうか?障害というのは、陽性症状のないうちは、単にミスフィットという存在であり、健常者と障害者の割合が入れ替わったら、健常者が精神疾患に陥り『陽性症状』が発症するのではないでしょうか?
 本能的な三つの最後の行動が出ない社会を、いずれにしても築く事が社会に必要なのではないでしょうか?

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最後の行動の違い

統合失調症措置入院歴あり

 私は植松容疑者とかなり境遇が似ています。私は刺青を入れてませんし、麻薬に手を出した事もありません。それ以外、両親と別居など本当によく似ています。入院、通院を通して、ものすごい人数の精神病患者さんと『仲間』でした。殺人や重大な暴力を犯す『仲間』はほとんどいません。ゼロではなかったです。しかし、入院中は不可能ですが、通院中の『仲間』に麻薬を使う人はとても多かったです。主治医がそれに気付いているかどうかは分かりません。麻薬中毒の人物が凶悪事件を犯すニュースや芸能人の薬物使用の報道などを見ると、精神病とは無関係ではないように思ってしまいます。何故ならば、本来精神科のケアが必要だった人が麻薬に手をだしてしまうと思いますので。麻薬の使用有無に問わず、凶悪事件を犯す精神障害者は、沢山の仲間を見てきた私の感覚でも、滅多にいないものです。しかし、『仲間』に圧倒的に多いのは自傷行為です。自殺した友人の数に、一般の人は驚くと思います。
 精神障害者は社会の中で生きづらいものです。私はそれを克服して社会の中で生きています。障害の陽性症状が現れるのを回避する術も身に付け、原因となりそうな事象に対処さえ出来るようになり、得意不得意をわきまえて、自力で環境を整えるようにさえなりました。しかし、障害に自覚がなかったり、自覚していてもその障害と共にどうやって生きていくかを掴めていないと、『最後の行動』にたどり着くのではないか、というのが私の持論です。私自身が間違いなく精神障害者で、沢山の、措置入院、任意入院、通院中の仲間と関わってきた私の経験上の持論です。『最後の行動』とは、薬物使用中も含めて、精神障害者が社会の中で追い詰められた時の最後の行動は、『誰かを傷付ける』か、『自分を傷付ける』か、『逃げるか』の三つしかないと思います。良い支援があれば追い詰められないし、自力で追い詰められることを回避出来れば、

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お詫びも含めて

たか

私は精神科医や狭義の専門家ではないが少数の精神疾患を抱える患者と接する機会がある。私がこの精神科医の意見に違和感を感じるのは、思想と妄想は地続きとしながらも、最終的に精神疾患による妄想であって思想とは切り離して結論付けようとしているに思えるからだ。青年期に精神疾患を発症したと推測するなら、発症以前に何らかの思想があったと考えるのが自然であるし、発症後その思想が歪み妄想に影響がでたとも考えられる。妄想によって暴走した「見当違いの善意・熱意」が容疑者の中に芽生えた原因を究明するのも、今回の事件については大切なのではないだろうか。「私たちが突きつけられている課題」を解決するに当たって必要な事なのではないだろうか。
私には、現在の“保守層”の思想が影響を与えたように思えてならない。その可能性を無視できるのだろうか?

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妄想であっても思想は否定できない考えます

たか

自身も精神障害者と接しています。私も容疑者がなんらかの精神疾患を発症していた可能性は極めて高いと考えます。しかし今回の犯行が妄想あるものであってもある種の思想の影響があったと思えてなりません。歪んではいても「保護者の疲れ切った表情」「車イスに縛られた気の毒な利用者(障害者)」等という障害者やその家族に同情するような言葉も衆院議長宛ての手紙には見られますし、「家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合」に限り「保護者の同意に基づいた“安楽死”」を認めるべきとの主張もあります。その上で「障害者は不幸を作ることしかできません」と結論付けています。障害者支援施設で働いているうちに“障碍者に幸せはない”そして“周囲の健常者も障害者の存在は望んでいない”と考えていたのではないかと思えます。前者は障害者当事者を見た結果の“容疑者自身の思想”であり、後者は周囲で感じられた“ある種の思想”の影響を受けた考えではないかと感じます。そのような思想が基本にあり、その上で精神疾患の症状下での“これは正義である”という妄想が生まれたとも考えれるのではないでしょうか?

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これまでの報道には違和感を感じていました

辻井豊

 わたしは双極性障害で現在治療を受けています。3年ほど前、わたしは抗不安薬依存症でした。その当時、わたしは独善的な考えにとらわれ、過激な行動に走っていました。それが相模原障害者殺傷事件の容疑者の言動と重なるのです。もし、双極性障害で抗不安薬依存症だった当時、わたしが障害者擁護施設で働いていたら、わたしが、彼になっていたかもしれない。

 容疑者が精神疾患である可能性を排除せず。そう考えるこの記事の著者に、わたしはまったく同意します。事件の経緯を掘り下げ、なぜ、そうなったのか、どうしたらそうならなかったのか。それを考える上で、とても重要なことだと思います。厚労省チームの今後の分析に期待します。

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編集長に感謝します

あつこ

相模原事件に対する、ネットやマスコミの無責任な問題提起が、問題を増長させているのではないかと思っていました。このコラムを読み、発言者にも相当な覚悟を必要とされるこの事件の深淵を改めて認識しました。
この事件について、松本医師にコメントを依頼した編集長に感謝します。これからの連載も楽しみにしています。

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