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原記者の「医療・福祉のツボ」

医療・健康・介護のコラム

貧困と生活保護(37) 人の命を救ってきた生活保護

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路上からの救急搬送も大幅に減った

 

 ホームレス状態の人々のほとんどは、公的医療保険から外れており、手持ち金も少ないので、体調が悪くても、医療にかかるのが困難です。一部の病院や診療所は無料低額診療事業を実施していますが、それを知らない人も多く、病状が重くなってから救急車で運ばれることがよくあります。

 とりわけ大阪市内ではかつて、そういう救急搬送が非常に多く、入院後に緊急の生活保護が適用されるケース(要保護者の救急搬送)が、ピークだった98年には1万9641件(1日平均53.8件)に達し、救急隊は忙殺されていました。

 けれども、その後、要保護者の救急搬送はしだいに減り、15年には1677件(1日平均4.6件)と、以前の1割未満になりました。生活保護の運用改善などによって野宿者が減ったことが、一般市民の救急利用の環境の改善にもつながったと言えるでしょう。

 

自殺者は、リーマンショック後に増えなかった

 

 もう一つの指標として、自殺者数の推移をたどってみましょう。

 それまで年間2万数千人だった自殺者が一気に3万人を超えたのは、野宿者の急増と同じ98年でした(警察庁統計で3万2863人)。とくに増えたのは中高年の男性で、大幅に増えた原因・動機は「健康問題」と「経済・生活問題」でした。健康問題には、うつ病などの精神障害も含まれています。その後、03年には3万4427人まで増え、それから11年まで3万人を上回っていました(14年連続)。しかし10年以降は減少に向かい、15年は2万4025人と、急増する前の水準に戻りました。

 なぜ自殺が減少に転じたのか。大きな要因の一つは、11年以降の雇用情勢の改善でしょう。06年10月に施行された自殺対策基本法に基づく総合的な取り組みが、だんだん効果を示してきたこともあるでしょう。金融業者からの借金について 06年1月13日の最高裁判決 以降、過払い利息の返還請求がしやすくなったこと、多重債務防止策として 改正貸金業法 が10年6月に完全施行され、刑罰対象となる出資法の上限金利の引き下げ(年29.2%→20%)、利息制限法の上限金利(元本額に応じて年15~20%)を上回るグレーゾーン金利の禁止、個人への貸し付けの総量規制(年収の3分の1以内)が行われたことの効果もあったと思われます。

 注目したいのは、08年秋のリーマンショック後の世界不況で自殺が増えなかった点です。完全失業者は大幅に増えたけれど、自殺は増えなかったのです。この時期、生活保護の利用者は急増し、とくに、稼働能力のある世帯を含む「その他世帯」が増えました。生活保護による最低限度の暮らしの支えが自殺を防いだ効果は、かなり大きかったのではないでしょうか。

 

グラフから見える時代の動向

 

貧困と生活保護(37) 人の命を救ってきた生活保護

 文字の説明だけではわかりにくいと思うので、完全失業者数(総務省の労働力調査、年間平均)、自殺者数(警察庁統計、年間計)、野宿者数(厚生労働省のホームレス全国概数調査、例年1月)、生活保護実人員数(厚生労働省の被保護者調査、年度平均)の推移をグラフにしてみました。データ数が多いので読み取りに苦労するかもしれませんが、今まで述べてきたことのおさらいです。

 グラフを見て、まず気づくのは、完全失業者数と自殺者数が似た動きをしていることです。98年以降に失業者が急増した時期、生活保護はまだ抑え込まれていてあまり増えず、自殺者が激増しました。野宿者も大きな数になりました。その後、失業者は減ったけれど、自殺者は高止まりが続きました。高齢者の増加、非正規労働の拡大、賃金の減少、社会保険や税の負担増などによって貧困が広がり、競争社会のストレスも高まったせいではないかと思われます。

 そしてリーマンショック後の09年に完全失業者は再び急増したのですが、この時期は生活保護が大幅に増えたこともあって、自殺者は増えず、野宿者は減り続けたのです。かりに、水際作戦をはじめとする生活保護の不当な制限が続いていたら、はるかに悲惨な状況になっていたでしょう。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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