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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(37) 人の命を救ってきた生活保護

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 生活保護制度は、人間の生存を支え、人間らしい生活を保障するセーフティーネットです。近年は、生活保護を社会の負担とばかり見る風潮がありますが、この制度が人々の命を救い、暮らしを助ける積極的な役割を果たしてきたことを、きちんと認識しておく必要があります。

 もし、病気で医療費がかさむ人や、高齢・障害・ひとり親などで収入の少ない人に、生活保護がなかったら、どういう事態が起きるでしょうか。実際、生活保護・社会福祉が機能しなかった結果、餓死、凍死、孤立死、自殺、心中などに至った例も少なくないのです。

 

野宿者は減り、リーマンショック後の不況でも増えなかった

 

 生活保護の効果に関連して、いくつかの指標を挙げたいと思います。

 まず、野宿者の数です。ホームレス状態になり、路上、駅周辺、公園、河川敷などで寝泊まりする人々(野宿者)は、1997年から98年にかけて急激に増えました。98年8月には大阪市内だけで8660人にのぼりました。99年の全国集計(主要都市)では1万7174人、2001年の全国調査では2万4090人、03年の全国調査では2万5296人に及びました。

 不況による失業の大幅な増加、不安定雇用層に対する社会保険の不備、そして生活保護の不当な制限が大きな原因でした。大部分は中高年の男性です。働きたいと思っても仕事がない。日雇いや非正規労働だと雇用保険や厚生年金保険の対象外の人が多い。公的年金に加入していても年齢的にまだ受け取れない。蓄えが減って家賃を払えなくなる。住み込みや社宅だと、仕事と一緒に住まいまで失う。困り果てて福祉事務所に出向いても「住所不定の人はダメ」「65歳以下だから働いてください」などと言われ、相談だけで追い返される。そういう状況が、かなりの地域にありました。

 しかし、03年をピークに野宿者は減少に向かい、08年秋のリーマンショック後の大不況でも増えませんでした。 16年1月の全国調査 では6235人まで減りました。

 もっとも、たとえば東京都は施設管理の公務員による昼間の調査しかやっていないため、夜になるまで寝床を作らない移動型の野宿者をあまり把握できていません。東京工業大の大学院生を中心にした団体「 ARCH(アーチ) 」が16年8月、新宿、渋谷、豊島、台東、墨田の5区で深夜に調査した結果では、都の調査の2.65倍の野宿者がいたと報告されています。また、屋外ではなくネットカフェ、個室ビデオ店、終夜営業のファストフード店、サウナで夜を過ごす人、友人宅を転々とする人など、広い意味でのホームレス状態の人はもっと多いでしょう。

 

生活保護の運用改善が大きく役立った

 

 それでも、野宿者が減ったのは確かです。どうしてなのか。雇用情勢の変化のほか、02年8月にホームレス自立支援法が施行され、民間支援団体と自治体の協力が進んだこと、就労をめざして入所する自立支援センターなどの事業が行われたことも、一定の効果があったと思います。

 ですが、最大の理由は、生活保護の適用です。厚生労働省は、ホームレス自立支援法の施行に合わせた02年8月の課長通知で、住所の有無や年齢、稼働能力による線引きだけで保護の適用を拒む運用が間違っていることをはっきりさせました。翌03年7月の課長通知では、敷金支給・家具 什器(じゅうき) 費の支給によって路上から直接、居宅保護に移行することも公式に認めました。さらにリーマンショック後の08年末から東京・日比谷公園を舞台に展開された「年越し派遣村」の運動を受け、厚労省は、働く能力のある失業困窮者にも迅速に保護を適用するよう促しました。福祉事務所の面接担当者が相談だけで保護を申請させずに追い返す「水際作戦」についても、同省は「申請権の侵害は違法であり、絶対にいけない」と各種の通知や会議で強調するようになりました。

 生活保護の違法・不当な制限がある程度、是正されたことが、野宿からの脱出を助けただけでなく、新たに貧困に陥った人たちが野宿に至らずに済むという予防の面でも大きく役立ったのは、間違いのないところです。

 

極貧生活で命を落とした人々

 

 ホームレス状態の生活は厳しく、路上などで孤独死したり、病院へ救急搬送されてすぐ亡くなったりするケースも少なくありません。

 その実態を初めて調べた大阪市内での研究報告が、過酷な実情を浮き彫りにしています(逢坂隆子・坂井芳夫・黒田研二・的場梁次「 大阪市におけるホームレス者の死亡調査 」日本公衆衛生学会誌50巻8号p686-696)。

 調査結果によると、2000年の1年間に異状死として届け出され、大阪府監察医事務所が扱ったホームレス状態の人の死亡例は、女性5人を含めて294人にのぼりました(野宿生活者213人、簡易宿泊所利用者81人)。死亡時の平均年齢は56.2歳という若さです。医療機関に救急搬送されたのは80人(27%)にとどまり、死後3日以上たった発見が63人(21%)。そのうち遺体の高度腐敗が24例、ミイラ化が1例、白骨化が6例ありました。身元判明率は76%。所持金の有無を確認できた野宿者82人のうち、53人(65%)は手持ちが1000円未満でした。

 死因を大別すると、病死172人、自殺47人、不慮の外因死43人、他殺6人、死因不詳26人。まず、自殺、他殺の多さが目立ちます。病死の内訳は、心疾患61人、肝炎・肝硬変22人、肺炎22人、肺結核19人、脳血管疾患15人、栄養失調症9人、悪性新生物(がん)8人、胃腫瘍・十二指腸腫瘍3人、その他13人。不慮の外因死の中には、凍死が19人、餓死が8人ありました。

 肺炎、肺結核、がんといった、通常なら医療を受けているはずの病気でこれだけの人々が死亡していたのは驚きです。大阪市内だけで1年間に凍死が19人、栄養失調と餓死が計17人というのも、背筋の寒くなる数字です。極度の貧困は、自殺を含めて、死と隣り合わせなのです。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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