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医療部長・山口博弥の「健康になりたきゃ武道を習え!」

エクササイズ

認知症を予防し、直感力も養える!…かも

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認知症を予防し、直感力も養える!…かも

 スポーツでも踊りでも楽器でも、新しく習い事を始めた時って、脳みそを使いますよね。

 武道も同じです。

 「構え」一つとってみても、いろいろなポイントに意識を向けなければなりません。

 左の足先と右の足先の向きは正しいか。両足の幅は適切か。両膝が左右に開きすぎていないか。上半身が正面を向いていないか。背筋は曲がっていないか。肩に力が入っていないか……。

 こうした全身に及ぶ複数の注意点が、構えだけでなく、様々な受け、突き、蹴り、投げにも存在し、これらの組み合わせからなる「型(かた=形)」になると、注意点はその何倍にも増えます。

 さて、私は以前、認知症予防について取材したことがあります。専門家の話によると、加齢によって衰える脳の機能は大きく三つに分類されるそうです。

 一つは「短期記憶」。ご高齢の方が、子どものころに覚えた童謡は歌えるけど、2日前に食べた夕食の献立が思い出せなかったり、最近知り合った人の名前を忘れたり。そういう最近の記憶を短期記憶と言います。次は「注意分割機能」。複数のことを同時に考えたり行ったりする能力のことで、たとえば料理を作る時に、ご飯とみそ汁とおかず3品を同時に効率よく調理する時などに発揮されます。もう一つは「計画力」。文字通り、旅行やイベントなどを計画する能力です。

 武道の稽古では、このうち「注意分割機能」が鍛えられると思われます。自分の体のあちこちの部位が正しく動いているかどうかを、動きの中でチェックし、間違っていたら瞬時に修正していくわけですから。

 私が学んでいる護身武道「 心体育道しんたいいくどう 」には、基本となる4種類の立ち方、12種類のステップ(足運び)があります。手による攻撃は、拳によるストレートやフック、掌底(手のひらの下の分厚い部分)によるストレートやアッパー、肘打ち、 手刀しゅとう 打ち、指による目はじきなど、30種類以上あります。さらに、ステップにはそれぞれ「裏」の動きまであり、「1のステップの裏」「8のステップの裏」などと、とってもややこしい。

 私が所属する道場では、入門してこれらの動きを一通り覚えたら、先生が、立ち方、ステップ、攻撃技を様々な組み合わせで練習させます。いつも同じ動きではなく、毎回、異なる組み合わせや異なる順番で指示されるので、「次はどのステップで、どちらの手でどの攻撃をやるんだっけ?」と必死に考えながら動きます。

 途中で訳が分からなくなり、頭が真っ白になって動きがストップしてしまうこともしばしば。そうなるともう、「ここはどこ? 私はだれ?」状態です。基本練習が終わると、頭から煙が出ているんじゃないかしらん、って錯覚するぐらい。でも、これって、すごい脳のトレーニング、いわゆる脳トレになっていると思うんですよ。

 国立長寿医療研究センターが開発した「コグニサイズ」は、運動しながら同時に計算やしりとりなどで頭を使うことで、認知症予防を目指す取り組みです。私の道場での基本練習も、これに近い効果があるのではないかと私は考えています。極論かもしれませんが、武道の稽古は認知症予防に役立つ可能性があるのではないでしょうか。

 このように、考える練習をする一方で、稽古の中では「考えない」ことの大切さも学びます。

 前にも書きましたが、心体育道では2人で組んで練習する場合、双方が自由に技を出し合う「自由組手」や「乱捕り」は行いません。護身術なので、1人が「攻撃側」、1人が「 さば き側」になって練習します。

 たとえば、両者が自然体で向かい合い、攻撃側のAが左足を一歩踏み込んで右の上段回し蹴りを出す。これに対して捌き側のBは、右足を一歩踏み込みながら左手の掌底を相手の顔面に入れる、という捌きで説明しましょう。

 初めにAは、右の回し蹴り、次に左の回し蹴り、という具合に、左右を決めて攻撃を出します。Bは、左手の掌底、次に右手の掌底、と返します。この練習を繰り返してBが動きに慣れたら、今度は、Aは左右を決めずに攻撃を出します。Bにしてみれば、次に右の回し蹴りが来るのか、左の回し蹴りが来るのか分からない状況になります。

 実際の護身の現場、いわゆるストリートファイトでは、暴漢が「今から右の回し蹴りを出すぞっ!」と事前通告して攻撃してくることはありえません。だから、護身術としては当然、左右を決めない攻撃に対する捌きを練習する必要があります。

 で、ここからが本題です。

 この練習で捌き側がよくやってしまうのが、相手の攻撃を予想すること。うまく捌きたいがために、事前に「次は左の回し蹴りじゃないか」と考えて、予想に基づいて動いてしまうのです。人間ですから、先を読んで行動するのは当然かもしれません。

 予想がうまく当たれば、ラッキーです。でも、そうならないことの方がけっこう多い。予想が外れて反対に動いてしまい、もろに蹴りをくらってしまうのです。

 こんな時、先生はこう指導します。

 「予想しないこと! 何も考えない方が、うまく捌ける」

 不思議なもので、実際やってみると、その通りなんですよ。予想なんかしない方が、的確に捌ける。これはとてもおもしろい体験です。

 おそらく、考えないことで、身体のセンサーの感度が高まるのではないでしょうか。脳科学者じゃないので詳しいことは分かりませんが、脳にある高度な「考える」部位の働きを静めることで、原初的な「反応する」部位の働きが高まるのかもしれません。

 先生から「考えない方がうまく捌ける」と助言を受けたのは、何年も前のことです。だから私も、左右を決めない練習では、相手の攻撃を予想しないように心がけていました。ところが数か月前に行った練習では、なぜかうまくいきません。

 練習の途中で、ハッと気づきました。相手が攻撃する前、私は「予想せずに、うまく捌いてやるぞ!」と肩に力が入っていたんですね。要は、「うまく捌いてやろう」という「欲」で、心にも力が入っていたのです。

 的確に捌くカギは、単に「予想しない」だけではなく、脱力して頭を空っぽにして心を静め、本当に「何も考えない」ことだったのではないか。禅で言う「無心」のような状態が捌きのカギなのではないか――。そう思い至りました。

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 イラスト:山口博弥

 それからは、左右を決めない練習の時はできるだけ「空っぽ」になるようにしています。今でもうまく捌けないことは時々ありますが、無心になってきれいに捌けた時はとっても気持ちがいい。体が勝手に動く感じです。根拠はありませんが、こうした練習を繰り返すと、直感力が鍛えられるような気がします。

 ブルース・リーは、映画「燃えよドラゴン」で、「Don’t think,feeeeel!(考えるな、感じるんだ!)」という名言を残しました。しかし彼は、米国のワシントン大学哲学科に在籍した20代から、主演映画5本を残して32歳でこの世を去るまで、武道や哲学に関する膨大な書を読み、どうすれば自分の武道を極められるか、どうすれば武道の素晴らしさを映画を通して世界に伝えられるかを、常に考えて考えて、考え抜いた人なのです。

 武道の稽古は、どうすれば強くなれるかを「考えて」工夫し、常に体の隅々に意識を張り巡らせ、理想の動きを「考えて」練習を繰り返し、最後には「何も考えずに」的確に反応できる心身を養います。

 つまり、「考えるな」という極意は、必死に考え抜いた末に到達するもの。私はそう思っています。

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山口 博弥(やまぐち・ひろや) 読売新聞東京本社医療部長

 1962年福岡市出身。1987年読売新聞社入社。岐阜支局、地方部内信課、社会部、富山支局、医療部、同部次長、盛岡支局長を経て、2016年4月から現職。医療部では胃がん、小児医療、精神医療、痛み治療、高齢者の健康法などを取材。趣味は武道と瞑想めいそう。飲み歩くことが増え、健康診断を受けるのが少し怖い今日このごろです。

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1件 のコメント

感覚・運動刺激による認知機能障害の予防

寺田次郎関西医大放射線科不名誉享受

パーキンソン病・運動障害疾患コングレスに来ています。 パーキンソン病に対する音楽療法やダンス療法の効果、血流や感覚刺激の影響の演題があります。 ...

パーキンソン病・運動障害疾患コングレスに来ています。

パーキンソン病に対する音楽療法やダンス療法の効果、血流や感覚刺激の影響の演題があります。

武道もスポーツもある面で、ダンスであり、筋トレですから、本文の主張は正しいと思います。

また、パーキンソン病や類縁疾患は精神症状もよく知られており、そういう観点でロールプレイングや運動による感覚刺激や血流増加などによる認知症予防も考えられます。

問題は誰にとって、どういう形式で、どの程度の厳密さで、どの強度の武道やスポーツが適切かということではないかと思います。

薬物やその他の治療とともに、運動リハビリや予防運動の在り方も問われてくるのではないかと思います。

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