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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

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英雄の告白、葛藤…ドーピングに思いを深めた週末

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ドーピングに染まっていく姿、心の動き描く

 そこで僕が読んだ本が、「シークレット・レース」という本で、ランス・アームストロングと同じチームで活躍したタイラー・ハミルトンが書いたものです。

 今回もロシアの国家ぐるみのドーピングが話題になりました。そして冷戦時代の東欧諸国のドーピングもいろいろとメディアで取り上げられています。また最近でもドーピングでメダルを剥奪される選手は少なからずいます。しかし、ドーピングに手を染めている選手の心の動きが実際に手にとるようにわかる物語は少ないのです。この「シークレット・レース」も、ランス・アームストロングが自身のドーピングを告白しなければ、ツールドフランスで活躍しアテネオリンピックで金メダルを獲得したがドーピングを認めてそれらを剥奪されたタイラー・ハミルトンの売名行為の一冊で終わってしまいます。ところが、彼が書いていること、つまり自分とランス・アームストロングのドーピング行為が実際に行われていたということが、ランス・アームストロングの立場からも明白になりました。

  (うそ) をついてはいけないと厳格に育てられた少年時代、でも自転車レースの世界ではトップ選手の多くがドーピングをやっているという事実。そして過酷なまでに鍛えてもドーピングをやらなければ勝利できないという現実。そんななかで彼がドーピングに染まっていく姿が、そして心の動きが描かれています。

 なんでドーピングなどという愚かな悪行を行うのだと糾弾することは簡単です。なんで人殺しなどと言う人の道から外れたことをやってしまったのだと糾弾することも簡単です。そしてそこに至った理由に目をつむることも簡単です。しかし、タイラー・ハミルトンの本には、本人の葛藤が描かれています。興味がある方はぜひ読んで下さい。

 そして本にはあまり興味がない方は、映画「疑惑のチャンピオン」をお勧めします。こちらは、今年のツールドフランスが始まった日、7月2日にロードショーが始まりました。ランス・アームストロングを主人公にドーピングの実際が描かれています。心の動きを理解するには本の方が優れていますが、映像は迫力があり魅力的な内容です。

運動能力が簡単に向上

 なぜツールドフランスがドーピングの舞台になりやすいかというと、それは長距離の競技が3週間も続くからです。連日の長時間にわたる筋肉の酷使は血液中のヘモグロビンの値を下げます。徐々に貧血状態になるのです。そこで、貧血を改善するホルモンであるエリスロポイエチンを投与することで貧血が解消されるからです。もっと直接的で効果的な方法は血液ドーピングです。あらかじめ自分の血液を抜いておいて、そしてツールドフランス中にそれを自分に輸血すればヘモグロビン値は上昇したくさんの酸素を運ぶことが可能になります。つまり運動能力が簡単に向上するということです。そんなドーピングをどうやって見つからないように組織的に行ったかが本や映画では克明に描かれています。

 先週の火曜日にドーピングの記事を書こうと思い立ち「シークレット・レース」を読み直しました。そして「疑惑のチャンピオン」を見たくなり、土曜日に川越の映画館に行きました。川越スカラ座という昭和風なレトロな映画館で、その雰囲気と興行映画のリストに感動しました。今風な映画館とはまったく異なる素晴らしい場所でした。そんな映画館で「疑惑のチャンピオン」を見て、ドーピングについて思いを深めた週末でした。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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