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筋ジストロフィーの詩人 岩崎航の航海日誌

yomiDr.記事アーカイブ

緊急寄稿:つなげたい 社会のなかでともに生きる灯火

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【ヨミドクター編集部より】 相模原の障害者施設殺傷事件を受けて、岩崎航さんが、既に用意していた原稿とは別に、この事件についての思いを緊急に送ってくださいました。更新日の本日17日にはこの緊急寄稿を掲載し、本来の連載2回目は1週間後の24日に掲載します。

 7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で暮らす重度の障害を持つ入所者19人が、残忍な凶行により命を奪われ、入所者と職員をあわせ27人が負傷する事件が起こりました。

 亡くなられた方のご冥福を祈るとともに、心身に深い傷を負われた方の一日も早いご回復を祈ります。

この事件に心を痛め、自身も体調を崩しながら寄稿してくれた岩崎さん

この事件に心を痛め、自身も体調を崩しながら寄稿してくれた岩崎さん

 身動きできず、逃げることも抵抗することもままならないなか、命を奪われ、傷つけられた方の痛みと恐怖はいかばかりだったでしょうか。思いを寄せるたびに身が震えます。ご家族、園で暮らしの時間をともにしていた他の入所者、ケアにあたっていた職員、身近な関係者の悲しみと心痛を思うといたたまれません。

 報道によれば、容疑者は障害者への強い差別感情があり、「障害者は不幸しか作れない。社会からいなくなればいい」と著しく偏った考えに突き動かされ、犯行に及んだと伝えられています。

 私はとてつもない恐怖を感じました。障害者が生きること自体を、真っ向から否定されたのと同じだからです。目の前が深い闇に閉ざされるような気持ちになりました。

人間の幸不幸は、障害の有無だけでは決まらない

 だいぶ以前から感じていたことで、詩に書いたこともありますが、広く人びとの間に、「管をつけてまで、寝たきりになってまで、そこまで重い病気や障害を持ってまで、生きていてもしかたがない」という貧しい社会通念があるのではないでしょうか。容疑者が「障害者はいないほうがいい」と考えて暴走したこと、事件後、その考え方に一理あると共感してしまう人たちがいることも、その通念の根深さがあらわれていると思います。

 自分の命を全うし、その人固有の人生を生きることは、一定の基準のもとに個人や社会から、条件つきで認めてもらうものではありません。寝たきりかどうか。判断能力やコミュニケーション能力がどれくらいあるか。そんなことで人の生き死にを先取りして、勝手に決めつけられてはならないと思います。

 考えてみれば自然のことですが、生きていれば、人はどこかで必ず病気になったり、障害を持ったりします。不慮の事故などで突然に亡くなったりしないかぎり、誰もが経験します。

 健常者の生と、障害者の生とを切り分けて見ようとせず、人が生きるなかで障害があったりなかったりすると捉えれば、我がこととして、病気や障害を持って生きることを考えられるのではないでしょうか。

 私は若い頃の一時期、「病気を持ち障害のある状態で生きていても自分の幸せはない」と絶望して、自殺願望を抱いていたことがありました。命をないがしろに扱う点では、自分自身を生きていても仕方ない人間だと位置づけるのと、他人のことを生きていても仕方ないと決めつけるのとは、この事件のもとになった発想に重なる危うさがあります。

 「死んでしまったほうがましだ」と思い込んでいたその頃より更に病状が進み、障害は重度化している40歳の今、自分を不幸だとは思っていません。生活の中、人と人との関わり合いの中で、幸せを感じる瞬間もたびたびあります。早まって死なずにいて良かったと思います。人間の幸不幸は、心身の障害の有無だけで決まってしまうほど、単純な話ではないというのが私の実感です。

自分の命と人生を他者とともに生きる

 病気や障害を持って生きるためには、生活を支えるための介護と医療の手助けと、血の通った人と人との日常的な関わり合いが必要です。もしそれがほとんど得られない状況に置かれ続けていたのなら、おそらく、私は生きたいと思えないでいたでしょう。

1日中ベッドにいる岩崎さんに、庭に咲いた花の写真を母の博子さんが見せて談笑する

1日中ベッドにいる岩崎さんに、庭に咲いた花の写真を母の博子さんが見せて談笑する

 庭に咲いた小さな花をスマホで写し、笑顔で見せてくれる母がいます。息子の活動を喜んでくれる父がいます。同じ病を生き、いつも力づけてくれる兄がいます。常に気にかけ応援してくれる姉夫婦がいます。どんなことでも話し合える親しい人や、珈琲コーヒーを飲みながら何となく雑談できる人がいます。的確な介助で毎日を支えるヘルパーさん。連携したチームで在宅医療を提供する医師、看護師、理学療法士、薬剤師、人工呼吸器の担当者。介護ベッドや車いすなど福祉用具の担当者、相談支援のワーカーなど、多くの人との関わりがあってこそ、私は社会の中で生きていけるのです。

介護ベッドの上で毎日を生きる人に
絶えずもっとも必要なのは
「やあ こんにちは」って
訪ねてくる
医師であり看護師であり
療法士であり
ヘルパーであり
友だちであり、恋人であり、家族であり
暮らしの時間をともにする人だ

 事件を知って間もない頃、恐怖と悲しみに暗い気持ちを抱えていた時、親しい友人が私の気持ちに耳を傾けながら、話してくれた言葉が心に残っています。

 「私の母や姉も『岩崎さんがこの事件を知って、とてもつらい思いをしているのではないかな』と心配していたよ」というのです。

 友人を通して間接的に知っているだけで、会ったことも話したこともないお二人です。それなのにこうして心を寄せて気遣ってくれる。その事実に触れたとき、私は心強い気持ちが湧いてきました。おそらく少なくない人が、友人の親子が私を思ってくれていたように、血縁の有無も、遠いつながり近いつながりも問うことなく、重い障害を持って生きる身近な人たちに思いをせて心配する光景が、それこそ無数にあったに違いないと直感したからです。

 私はサン=テグジュペリのエッセイ集 『人間の土地』の序文が胸に浮かびました。童話『星の王子さま』の作者でもあるサン=テグジュペリは、ナチズムと闘った作家、パイロットとしても知られています。序文は、初めての夜間飛行中に眺めた街の光景から感じとった、人と人とが心を通わせて生きる営みの素晴らしさを書いたものです。一部、引用します。

 それは、星かげのように、平野のそこそこに、ともしびばかりが輝く暗夜だった。
 あのともしびの一つ一つは、見わたすかぎり一面の闇の大海原の中にも、なお人間の心という奇蹟きせきが存在することを示していた。(中略)努めなければならないのは、自分を完成することだ。試みなければならないのは、山野のあいだに、ぽつりぽつりと光っているあのともしびたちと、心を通じあうことだ。

サン=テグジュペリ(堀口大學 訳)『人間の土地』/新潮文庫

 ここでいう「自分を完成すること」「ともしびたちと、心を通じあうこと」とは、ひとりひとりが自分の命と人生を他者とともに生きることです。目の前を闇に包まれて、暗澹あんたんたる思いに打ちひしがれても、目と耳は塞がずにいようと思います。心を閉ざさずにいようと思います。障害がある人もない人も、社会のなかでともに生きる光は世界中にともっている。私もその灯火をつなげていく一人でありたいと願っています。

大気を呼吸すること
体に栄養を取り入れること
トイレに行くこと
自宅に住まうこと
おしゃべりすること
珈琲を飲み、酒を飲むこと
外に出かけること
ああだこうだと仕事すること
愛すること
つながりあって
人々の中で生きて死ぬこと
それを人間らしく望んでいるだけだ

写真:冨田大介

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yomidr_iwasaki

岩崎 航(いわさき・わたる)

 1976年、仙台市生まれ。本名は岩崎稔。3歳ごろ、筋ジストロフィーを発症する。現在は胃瘻と人工呼吸器を使用し、仙台市内の自宅で両親と暮らす。25歳から詩作を始め、2013年、詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、15年、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』(共にナナロク社)を出版。16年、創作の日々がNHKのETV特集で全国放送され、話題を集める。公式ブログ「航のSKY NOTE」で新作を発表中。

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