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イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常

yomiDr.記事アーカイブ

いろいろな患者さんと接する日々…「生きる」ことの意味を考える

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患者Bさんとの会話

Bさん「先生、うちの父親を一日でも長く生かしてください」

僕「僕の母は、点滴もしないで、 胃瘻(いろう) 造設も行わないで、枯れるように、そして 菩薩(ぼさつ) さんのようになって旅立ちました。お父さんも自分のことはまったくわからない状態で、寝たきりで、戦争にも行って一生懸命生き抜いて、そして、そろそろ潔く旅立つときとも思えるのですが…」

Bさん「先生、実は 親父(おやじ) の年金で家族は生きているのです。だから一日でも長く生かしてください。家族思いの親父でした。親父もそれを望んでいると思います」

僕「お父さんは、まったくの寝たきりで、意識もないけれども、家族に奉仕しているのですね。かしこまりました。できるかぎり頑張りましょう。そのかわり、家族もお見舞いにできる限り来て下さいね!」

 この家族に会うまで僕はこんな事情があるとは知りませんでした。生きているだけでも家族の役に立っているのです。それが医療行政の観点から良いか悪いかは、僕が関わる問題ではありません。せめてお見舞いに来て、ただ年金のために生きている父親に感謝してもらえればそれでいいのです。

 

往診での光景

 大学生だった娘さんがアルバイトの帰りに追突事故に遭い、意識不明となっています。彼女に過失はまったくありません。寝たきりです。胃にチューブが入れてあり、そこから栄養をとっています。脳に重い障害が残り、動くことも、話すこともできません。自分が自分であることもわからないのです。でも、家族は懸命に介護しています。そんな光景を見ると 奇蹟(きせき) が起こらないかと願うのです。医療は進歩しています。家族が希望を持っている間は、こちらも精いっぱいに応援したいのです。そして今、潔く旅立つことには家族の納得も得られないでしょう。サイエンスが進歩して、せめて家族と話せるようになってもらいたいと願うばかりです。

 

事件を風化させず、考え続けることが必要

 さて、今回の相模原事件。いろいろな思いが交錯しているでしょう。警察の発表も十分でないので尚更です。僕たちは想像力を働かせる必要があります。そして人を殺してはいけないのは絶対的なルールです。そこに理屈はありません。今回、彼は自分なりのルールで人を殺したのかもしれません。そんな彼に同情する余地はまったくありません。

 僕が知りたいのは、亡くなった方々の病状と、どのぐらいの頻度で家族がお見舞いに来ていたかの記録です。裁判で明らかになるでしょう。そして、みんながこの事件を風化させずに、考え続けることが必要だと思っています。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

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知りたい!_20131107イグ・ノベーベル賞 新見正則さん(1)写真01

新見正則(にいみ まさのり)

 帝京大医学部准教授

 1959年、京都生まれ。85年、慶応義塾大医学部卒業。93年から英国オックスフォード大に留学し、98年から帝京大医学部外科。専門は血管外科、移植免疫学、東洋医学、スポーツ医学など幅広い。2013年9月に、マウスにオペラ「椿姫」を聴かせると移植した心臓が長持ちする研究でイグ・ノーベル賞受賞。主な著書に「死ぬならボケずにガンがいい」 (新潮社)、「患者必読 医者の僕がやっとわかったこと」 (朝日新聞出版社)、「誰でもぴんぴん生きられる―健康のカギを握る『レジリエンス』とは何か?」 (サンマーク出版)、「西洋医がすすめる漢方」 (新潮選書)など。トライアスロンに挑むスポーツマンでもある。

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