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私のマラソン道

医療・健康・介護のコラム

マラソンのどこが楽しいのか

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東京本社メディア局企画開発部 西嶌 徹

苦しさは走り始めから続く

5000メートルのトラック競技に出場する筆者(今年3月)

5000メートルのトラック競技に出場する筆者(今年3月)

 マラソンのどこが楽しいのですか、と時々聞かれる。聞き方によっては失礼にあたりそうなだけに、口に出さない人もいることを考えると、同じ疑問を抱く人はかなり多そうだ。

 42キロ強の距離を、私の場合だいたい3時間で走り抜ける。マラソンに取り組む人の中でも、シリアスに競技に向かう部類だと思う。では競技中に楽しいかといえば、走り始めからゴールまでずっと苦しさばかりだ。

 最初はコースに突っ込んで、攻めていく気持ちがある。しかしそれも徐々になくなり、30キロあたりを過ぎると、落ちていくペースを必死に食い止める闘いの始まりだ。終盤は腕を上げるのもつらくなり、時計を見てペースを確認することすらできなくなる。

 ほかのランナーもつらいのはいっしょで、だんだんペースが落ちてくる。その流れに巻き込まれないためには、彼らを抜いていかなければならない。

 上り坂に差し掛かった時は、平地よりもスピードを上げる気持ちで進む。苦しさの火にみずから油を注ぐようなものだ。向かい風が吹いた時は、体を前傾させ、風を押し返すようにグイグイと、地面に映るランナーたちの影をかわしていく。

 渇きをいやす給水も、つらさを増すものとなる。その原因は、水を飲む時にほんの少し息を止めなければならないからだ。ただでさえつらさに耐えて走っているのに、息を止める苦しさときたら。レースが進むほど、給水所が見えると気が重くなる。それでも熱中症や脱水症状を防ぐには飲むしかない。

 いよいよ最後の1キロくらいになると、スパートをかける。ほとんど余力は残っていなくても、「とにかく脚さえ速く動かせばなんとかなる」と思い込んで、つらさと動きの分断を図ったり、「今トップでオリンピックスタジアムに入ろうとしています」と架空のナレーションを思い浮かべたりして、自分を奮い立たせる。もし今、後ろからライオンに追いかけられたらもっと速く走るのだろうかと考えたりする。

 マラソンのどこが楽しいのですか。その問いに多少トゲが含まれていても、無理はない。問う方の想像通り、ほぼつらさしかないのだから。

 

ゴールの歓喜 包まれる幸福感

 さて、いよいよゴールである。ゴールラインを越えると感じるのは、ようやく立ち止まることが許されるという解放感、きょうも走り切れたという満足感、自己ベストを出せればその達成感だ。ゴールの歓喜というやつだ。とはいえ喜びにむせぶわけではなく、川内優輝選手のように失神直前まで追い込まれるわけでもなく、その中間あたりで静かな幸福感に包まれている。

 その幸福感は何日間か続く。記憶として残るのはこの幸福感の方で、上に記したようなつらさの思い出は急速に薄れていく。こうしてつらさを振り返っていても、夢の中の出来事のようだ。人間の脳は、つらいことは早く忘れ、よかったことを覚えるようにできているという説を実感する。

 ゴールの歓喜を持ち出すと、「マラソンの楽しさ」をなんとか納得してもらえる。ところが一つ重要な事実を伝え忘れている。本番を走るまでに毎月300キロ近く、時には400キロもの距離を走っていることだ。もっと長い距離を走る市民ランナーもいる。

 レースはゴールの歓喜があるのに対し、練習はただひたすら苦しい。あまり走り過ぎると、場合によっては貧血になる。私も数年前に健康診断で引っかかり、医師から1週間走るのを休むよう指示され、再検査したら正常値に戻ったことがあった。今も下限界をフラフラしている。

 

自分の体は、練習の実験台

 それでもマラソンをやめないのはなぜか。こと私に関して言えば、自分の体を実験台にいろいろな練習方法を試し、成績が向上するのを観察するのが面白いからだ。 

 練習の目的はつまるところ、42キロ強を狙ったペースで走れるようにすることだ。練習方法を求めてネットをあさり、見つけた書籍を国内外から取り寄せ、さまざまな資料を入手した。目指すは最少の練習で最大の効果を上げることだ。

練習方法の研究のために買い集めた書籍

 興味の対象は疲労回復のための栄養学、練習が人体に与える影響を解明する運動生理学に及ぶ。知れば知るほど次の興味が湧き、それを自分に試すというサイクルが今も続いている。練習の一環として、トラック競技にも出場し、登山道を走るトレイルランニングにも取り組んでいる。

 ここ最近は、さすがに加齢による体力低下の影響を感じるようになった。今のやり方だと成績が伸びていけば楽しい反面、伸びなくなってきた時に果たして意欲を保てるのかという心配がある。その分かれ目に差し掛かっている。

 マラソンのスタート地点に立ち、大勢の市民ランナーがギッシリ並んでいるのを見ていると胸が熱くなってくる。雨でも走り、炎天下でも走り、黙々と距離を積み重ね、疲労を早く抜く工夫をし、走った後のビールを楽しみにする。そんなことに明け暮れる人たちがこんなにたくさんいるのだ。また、あの場に戻って行きたい。

西嶌 徹(にしじま・とおる)
【略歴】1988年入社。盛岡支局、科学部などを経て2005年よりメディア局。2008年11月の湘南国際マラソン(神奈川県)で初マラソンを完走し、2013年12月の防府読売マラソン(山口県)で2時間50分55秒(スタートラインからゴールまでの参考タイム)の自己ベストを達成。モットーは“科学的練習で最大効果を引き出す”。

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 マラソンやランニングが、ライフスタイルとして定着しつつあります。週末、各地の大会に出かける人も多い中、あなたのオフィスの隣の人がランナーかも? 読売新聞社内のマラソンランナーが、国内外の大会に参加した体験記、トレーニング法、仕事との両立など、マラソンへの思いを語ります。

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