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佐々木栄記者のスポーツと健康のツボ

健康・ダイエット

スポーツ経験のない女性でも、一歩踏み出す気持ちがあれば…

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スポーツ経験のない女性でも、一歩踏み出す気持ちがあれば…

友と私。イラストは岩沢由子さん作

 スポーツの祭典、リオデジャネイロ五輪が連日、盛り上がりを見せています。日本勢のメダルラッシュもあり、寝不足の読者の方も多いのではないでしょうか。スポーツ選手は、いつの時代も子どもたちの憧れの的。部活や地域のクラブチームで競技に取り組んだことがある人は、最高峰の戦いを見て、身をもってそのすごさが感じられるでしょう。本格的に競技をしたことがなくても、ひいきのチームや選手をテレビや試合会場で応援し、熱くなった経験がないという人は、いないのではないでしょうか。超高齢社会の今、運動習慣を身につけておくことは健康寿命を延ばすカギになるとも言われています。

 スポーツは様々な形でいつも私たちのそばにあり、感動を与え、仲間の輪を広げ、健康づくりを後押ししてくれるものです。しかし、こうした環境は決して当たり前のように享受できるものではありません。

 会社の研修でカナダに留学していた3年前。ある留学生の友人の一言に衝撃を受けました。

 「私は今までスポーツを一度もしたことがない。体育の授業も受けたことがないのよ」

 20歳代前半の彼女はサウジアラビア出身。イスラム諸国の中でも特に戒律が厳しく、社会生活の中で女性には多くの制約があります。人目に触れる場所では、わずかでも肌や髪が出ているのはご法度。真夏でも全身をすっぽり覆う民族衣装「アバヤ」を身につけ、スカーフで髪を隠していました。外出時は原則、夫や親、兄弟など、後見人となる男性のエスコートが必須で、女性は車の運転を禁じられています。

 そうした国情から、大半の女性に対して体育の授業は行われず、スポーツに参加する機会もほとんどないというのです。「本当なのか」と思い、同国出身のほかの女性にも聞いてみましたが、やはり状況は同じ。別の女性は「体を動かすと言えば、少しウォーキングするぐらい。でも気温が高い日が多くて、歩くこともままならない」と話していました。

 世界保健機関(WHO)の統計でBMI(体格指数)が25以上の「過体重」(Overweight)の成人女性の割合をみると、日本が19・7%(男性29%)に対し、友人の出身国のサウジアラビアは71・9%(男性68%)となっています。運動習慣がないこととも無縁ではないだろうと感じます。国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、同国で女性がスポーツに親しむ機会がない状況を、明確に「差別」と指摘し、健康増進のためにも解消すべき課題だとしています。近年、同国では私立学校を中心に体育を導入する動きが少しずつ出ているようですが、実践されているのはほんの一握りのようです。

 肥満が心臓病や糖尿病、がんなど生活習慣病のリスクを高めることはもはや常識で、WHOのホームページにも明記してあります。肥満の予防・改善には、適度な運動とカロリーを抑えた食事が有効なことも、日本にいれば誰もが知るところです。運動する機会が与えられないということは、健康づくりのための大きな柱の一つを最初から与えられていないに等しいとも言えます。

 実はその友人は、肥満であることを気にしていました。そしてある日、悲痛なメールが送られてきます。

 「今のままなら、自分はさらに太って動けなくなってしまうかもしれない。そうなるのが怖い。状況を改善する方法を教えてほしい」

 出産を経験していた彼女は当時、身長155センチに対し、体重約80キロ。授業で「肥満」が題材になり、その悪影響について調べているうちに将来が怖くなり、助けを求めてきたとのことでした。クラスメートには他に何人も日本人留学生がいて、みなおおむね標準的な体形で、「日本人はなぜ、みんなそんなに細いの?」と驚いていました。レクリエーションとして、サッカーやバレーボール、アイススケートなどに親しむ日本人学生を見て、「理由や秘訣(ひけつ)を知りたい」と言ってきたのです。

 健康的に減量するには、どうすればいいか――。シンプルですが、体を動かして脂肪を燃やすこと、カロリーを抑えた適切な食事に変えることが先決だと思い、「運動を始め、食事を見直してはどうか」と勧めました。

 まず、女性限定のスペースや時間帯のあるフィットネスジムを一緒に探し、スポーツ用品店でジョギングシューズを購入。彼女は翌日からジム通いを始め、ほぼ毎日、勉学や育児の合間に1時間、マシンでウォーキングやランニングに取り組みました。

 日々の食事は、肉や野菜を米と炊き込んだ伝統料理の「カブサ」。1回の量がかなり多く、調理用油をたっぷり使っていたのが気になったので、量を減らすこと、油を抑えて調理すること、さらに間食しないこと、足りないと感じたらスープやサラダ、果物で代替してはどうか、などと提案しました。日本人がどんなものをどのくらい食べているのかを感じてもらえるよう、薄味でヘルシーな日本食をふるまったりもしました。

 ジムに行き始めた当初は筋肉痛に苦しんでいましたが、成果は徐々に表れ、「体を動かすのが楽しい」という言葉が出るようになりました。地道な取り組みが奏功し、1年間で25キロの減量に成功。食事のしかたも大きく変わり、幼い娘が甘いお菓子を食べ過ぎないよう気を配るようになっていました。同じジムでは、様々な国のムスリム女性たちが女性限定の空間でエクササイズを楽しんでいたそうです。「汗をかくことがこんなに気持ちいいなんて。人生観が大きく変わったわ」。うれしそうに語る姿が、今も心に残っています。

 国際オリンピック委員会(IOC)が採択した「オリンピック憲章」には、「スポーツをすることは人権のひとつである。すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない」と書かれています。リオ五輪の開会式では、難民選手団が入場行進し、大きな歓声が上がりました。サウジアラビアからは女性選手の参加もあり、スポーツによって得られる恩恵を1人でも多くの人たちが受けられるように、と願いました。

 肥満はスポーツ大国・アメリカでも大きな社会問題になっていて、同国ではBMI25以上の過体重の成人の割合は男性が72.1%、女性は62.6%に上ります。日本では、学校生活で部活に真剣に取り組んでも、その後、スポーツから遠ざかってしまう人も多いのが現実です。働き始めると忙しくなり、食生活の乱れと運動不足から短期間で増量してしまう人も珍しくありません。文部科学省の運動能力調査などによると、運動習慣のある45歳と習慣のない20歳が同程度、運動習慣のある75歳と運動をしない65歳が同程度なのだそうです。運動すれば体をより若く、元気に保てるのだとすれば、やらない手はありません。

 リオ五輪の白熱する戦いを見て、「またスポーツするぞ!」という意気込みがわいてきた人もたくさんいることでしょう。スポーツの素地がなくても、一歩踏み出す気持ちさえあれば、いつでも始められる。それを実践してみせてくれた友人のことを思い起こしつつ、多忙を理由にしばらくサボっているジョギングをいつ再開しようかと思いを巡らせる日々です。

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yomidr 佐々木イラスト

佐々木栄(ささき・さかえ)

 1978年、兵庫県生まれ。2002年、読売新聞社入社。福山支局、大阪社会部などを経て、13年から医療部。大阪社会部では連載「約束~若年性乳がんを生きて」「性暴力を問う」などを担当。医療部では、がん、臓器移植などを取材している。小学~高校は陸上競技に熱中した。右肩に脱臼癖がある。

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