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原記者の「医療・福祉のツボ」

コラム

貧困と生活保護(36) 権力を背負ってケースワークができるか

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否定・強制されたら、人間は気持ちが落ち込む

 まだ若いんだから働きなさい、もっと仕事を探す努力をしなさい、酒をやめなさい、きちんと金銭管理をしなさい……。生活保護の申請者や利用者に、そういう趣旨の発言をするケースワーカーがけっこういます。そう言いたくなる状況は、あるのかもしれません。

 信頼関係を築いたうえで、親身になって、ていねいにアドバイスするなら、まだいいのですが、上から目線で言ってしまうケースワーカーがいます。すると、心理的に弱い状態にある申請者や利用者の場合、命令されたように、あるいは責められているように感じます。同じ「働けませんか?」という疑問文でも、口調や態度によって、受ける印象はずいぶん違います。

 人間は、自分を否定されたら嫌だし、指図や強制をされても嫌になります。「おまえはダメだな」「勉強しろ」と言われて喜ぶ子どもはいません。大人もそうです。

 日本社会には、厳しい態度で接するほうが本人のためだ、そうすれば本人が発奮する、人を甘やかしてはいけない、という思想が強く残っています。昔の軍隊がそうでした。今でも、運動クラブのしごきや職場のパワハラの底流に、そういう発想があると思います。

 けれどもふつう、厳しく言われた側は、気持ちが落ち込み、自己評価が下がります。そう簡単に前向きの意欲には結びつきません。生活の再建、生活の自立をめざすには、何よりも本人の気持ちが大切です。「どうせ自分なんて」と感じていては、前へ進めません。説教する、指図する、尻をたたく、責めるといったやり方は、心理的に逆効果になるのです。

肯定のアプローチで自尊感情、自己効力感を高める

 先にバイステックの原則を挙げましたが、その後も社会福祉の理論は、いろいろ発展してきました。たとえば、その人の短所やできない点ではなく、長所(ストレングス)を見つけ、そこに着目して生かしていくという考え方が出てきました。その人が本来持っている力を引き出す(エンパワメント)という考え方も登場しました。

 肯定のアプローチで、自尊感情(自分を大切にする気持ち)や自己効力感(自分も何かやれるという気持ち)を高めることが、現代的なケースワークの基本と言えるでしょう。

 単純に何でもかんでもやさしくしろ、と言っているわけではありません。不当な要求や悪質な不正には、 毅然(きぜん) とした態度が必要です。

 しかし一般的には、その人のよい点を見つける、親身になって自覚を促す、前向きの方向へ勇気づけるという接し方こそ、有効だということです。アルコールなどの依存症の場合も、そうです。否定されて自己評価が下がり、無力感が強まると、かえってアルコールなどに逃げたくなります。

 環境との関係も重要です。ここで環境というのは、その人を取り巻くすべてのこと。生活の場、仕事の場、人間関係、制度や事業の実情、社会のあり方などが含まれます。生活上の問題は、個人の内部だけでなく、周りの状況との関係で生じていることが多い。個人のありようと周りの状況には、相互作用がある。だから、その人が置かれた環境をよく検討して問題を理解する。よりよい生活にするためには周囲を変え、環境を変え、社会を変えることも大切だ。そのように考えます。周囲や社会にも働きかける活動をするから、ケースワークではなく、ソーシャルワークと呼ぶのが社会福祉では一般的になっています。

 生活保護のメインの課題である貧困には、社会的な要因があります。そのことを踏まえれば、個人の生活態度ばかりを問題にして上から指導する、というスタンスにはならないはずです。

権力性に悩みながら仕事をしてほしい

 生活保護法で、福祉事務所は保護の利用者に対して必要な指導・指示をする権限、保護の停止・廃止をする権限、給付すべきでなかった費用の返還を決める権限を持っています。重要な決定は組織として行うもので、幹部と関係職員によるケース診断会議にはかる必要がありますが、担当ケースワーカーは、権限の一端を実質的に握っています。

 そういう権力を背負い、対等とは言えない関係の下で、本当の意味でのケースワークができるのでしょうか。生殺与奪とも言える権力を持った相手に、制度利用者がどこまで本音を語れるのか、納得できないけれど、しぶしぶ従っているだけではないのか、自己決定という形を取っていても実際は半強制になっていないか、根本的に疑問があります。

とはいえ、保護の要件の審査や、不正への対処は必要です。生活保護の基本が経済的給付である以上、権力性を伴う仕事はどこかに残ります。

 法的権限を持っていても、きちんとした姿勢で臨み、経験を積めば適切なケースワークができる、と言うベテランもいます。一方、筆者は、対人援助としてのソーシャルワークの業務を、経済的給付の権限を持つ者から分離すべきではないかと考えています(制度設計は簡単ではありません)。

 どのように解決するかは難しい問題ですが、少なくともケースワーカーは、自分の持つ権力性が、福祉的な援助の妨げになるものだという自覚を持ち、悩みながら仕事をしてもらいたいと思います。

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原昌平20140903_300

原昌平(はら・しょうへい)

読売新聞大阪本社編集委員。
1982年、京都大学理学部卒、読売新聞大阪本社に入社。京都支局、社会部、 科学部デスクを経て2010年から編集委員。1996年以降、医療と社会保障を中心に取材。精神保健福祉士。社会福祉学修士。大阪府立大学大学院客員研究員。大阪に生まれ、ずっと関西に住んでいる。好きなものは山歩き、温泉、料理、SFなど。編集した本に「大事典 これでわかる!医療のしくみ」(中公新書ラクレ)など。

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